22話
黄巾党に再起の兆しが窺える中、此方等は暫しの平穏を味わっている。
華琳様の領内には黄巾党は入って来なくなった。
領境際で釣り出そうとする動きは有ったが、無視する内に姿を消していた。
諦めたという訳ではない。
使える戦力には指示が出た為だ。
再起に向けた集結と合流のな。
そういう意味では、私の出産した日の一件が最後だった。
勿論、今も警戒はしているが、動かなくて済むという事は人にも経済的にも優しい。
隊を一つ動かすだけでも金も物資も要るからな。
──と、如何な、つい、愚痴が出てしまう。
しっかりと切り替えなくては。
今日は仕事の事は忘れると決めたのだからな。
「へぇ……面白い造りね」
「音の反響を考えた構造になります
歌と演奏が最初という事も有り、其方等を重視しましたが結果的に演劇の方にも良い効果が出ます
ただ、それなりに複雑な構造の為、時間が掛かります」
「全てで同じには出来無い、という事ね」
「はい」
舞台から客席を見ながら、全体を見回すと内壁の形状等に自然と目が行ってしまう。
華琳様が仰有った様に、見慣れない造りだからだ。
こうして舞台上に立ち、声を発している側からすると、綺麗に抜けている様に感じる。
だが、客席からだと何処でも同じ様に聞こえる。
反響が強いと耳障りになり、不快に感じる事も有るのだが此処では、そういった事は無い。
流石だな、奏太。
良い仕事をしている。
季衣と沙和と姉者が子供の様にはしゃぐのも判るな。
だから、桂花も流琉も凪も多少の事は見逃して遣れ。
何かを壊したりしたら厳しく罰すればいい。
建設に携わった真桜は自慢気で誇らしそうだ。
星達に質問されると嬉しそうに答えている。
「ですが、その違いも上手く売りに出来ます
規模が小さい場所は敢えて客数を減らし、独占感を
舞台が小さい場所は客席と近付ける事で臨場感を
変わった所では、中央に道を作り、客席に挟まれる舞台にする事による差別化もしています」
「成る程ね、その“演芸館”毎の色を出す
それによって出演者側にも観客側にも違いを意識させて、同じではなくす様に仕向けている訳ね」
完成したばかりの陳留の演芸館である“楽宝座”。
領内では最大となる物であり、象徴的な建物。
勿論、奏太が言っていた様に他には他の良さが有る。
有る様にしている。
ただ、それでも、此処は特別だ。
全ての演芸館が曹家の直営であってもだ。
何しろ、華琳様の御膝元であり、御観覧されるからな。
他の演芸館とは格が違う。
そして、今日は完成した最初の公演──柿落としだ。
当然ながら、その名誉有る大役を担うのが張三姉妹。
建設中の此処で最初の公演を行い、他の演芸館を巡る。
宣伝と集客を兼ねた巡業は噂と評判となる。
その成果として今日の公演は完売──満席となっている。
奏太の手腕は勿論だが、彼女達の実力が有ればこそ。
其処は素直に称賛したい。
私は人前で歌うというのは、どうにも苦手だからな。
奏太の上でなら、踊って歌えるのだが。
舞台を見たら、裏の楽屋──出演者の控え室に行く。
此方等で準備をしているのだが……
運営側の関係者は忙しそうだ。
三姉妹に付いて回っていた者達だけでなく、新顔も多いと奏太からは聞いてはいたが……
皆から遣る気と緊張感が伝わってくる。
やはり、それだけ今日の公演は特別なのだな。
これは終わりであり、始まりでもある。
ある種の節目、大きな一区切りとなる。
だから、邪魔はするなよ、姉者。
「──あ~、華琳様~、いらっしゃ~い」
「皆様、本日は御越し頂き有難う御座います」
「見てなさい! ちー達が夢中にさせてあげるから!」
のほほんと笑顔で手を振る天和。
礼儀正しく頭を下げて挨拶する人和。
挑発的・挑戦的に強気に言ってくる地和。
三者三様の反応を見せるが……大丈夫そうだな。
緊張はしているだろうが、それ以上の高揚感。
「楽しみで仕方が無い!」というのが伝わってくる。
「ええ、今日は楽しませて貰うわ」
華琳様も私達も慣れている為、口煩くは言わない。
まあ、身仕度を整えている最中に立ち上がった地和の肩を笑顔の女性が掴んで座らせているが。
地和も逆らいはしない。
笑顔だが、笑ってはいないからな。
忙しいというのが嫌でも判る。
姉者達が気圧されて静かだからな。
既に準備の終わった天和と人和が玄を抱く。
天和は妹が二人も居る為か、自然と出来ている。
人和は緊張しているが、天和が上手く緩める。
微笑ましい光景だ。
……姉というのは、本来はこうなのだろうな。
そう思い、チラッと姉者を見てしまった事は内緒だ。
始まりは他愛の無い事だったと思う。
亡くなった御母さんが歌っていた歌詞の無い鼻歌。
それを人和をあやしながら歌っていたのを地和が聞いて、とても喜んでくれた。
そんな何処にでも有る様な光景が、この道の原点。
まあ、まさか、ちーちゃんの一言で旅芸人になるだなんて思ってもみなかったんだけどね~。
御父さんも亡くなって、姉妹三人で生きていくには色々と世の中は難しいし厳しいから、一緒に居られるのなら。
「それも悪くないかな~」って軽く思って賛成した。
うん、今考えると無謀だよね~。
中々人気は出ないし、稼げない。
だけど、変な男の人は寄ってくる。
「もう無理かな~……」って思ってた時に。
あの、た……たた……大変幼児の書?
…………アレを貰って、私達の運命が変わった。
人気が出て──でも、大問題になって。
そして、奏太さんに助けられた。
勿論、華琳様や皆にも感謝してるけどね~。
奏太さんと出逢わなかったら……あはは……
うん、考えたくないかな~。
奏太さんの御陰で危険な旅をしなくて済むようになったし安心して生活が出来る様になった。
勿論、大陸一の歌い手になるという夢も忘れてない。
寧ろ、以前よりも練習や体調管理とかに時間を使えるから自分達でも良くなっているのが判る。
……まあ、奏太さんって指導は厳しいんだけどね~。
それ以上に優しいから。
だから、惹かれちゃうのは仕方無いよね~。
「漸くであり、此処からが本当に難しい道程だ
それでも、歩んでいく覚悟は有るか?」
「当然! ちー達が歌で大陸を取るんだからっ!」
「またそんな微妙に誤解されそうな事を……」
「──いいっ、痛い痛い痛い痛いっ!
人和っ、耳っ、耳ぃいーっ!」
「抓ってるんだから痛くて当然よ」
いつも通り、明るく賑やかで騒がしい。
でも、私はこんな雰囲気が大好き。
ずっと、こんな毎日が続けばいいと思ってた。
でも──ちょっぴり欲張りで、我が儘になろう。
「──っと、天和?」
急に抱き付いた──と言うか、胸に飛び込んだ私を優しく受け止めながら奏太さんが声を掛けてくれる。
心配してくれている事が嬉しい。
だけど、今から困らせてしまう。
意地悪がしたい訳じゃないけど……後悔はしたくない。
「奏太さんが秋蘭様を愛してるのは知ってるし、玄くんが生まれたばかりだから仕方無いけど……
私は奏太さんが好き
だから、奏太さんの赤ちゃんを私も産みたい
勿論、今直ぐにじゃなくてもいいから……
だから、傍に居させて……」
「天和……っと──」
奏太さんと見詰め合っていたら、反対側から手が伸びた。
この手は人和ちゃん。
む~……此処は譲って欲しかったな~……
まあ、目の前で遣ってたら無理だろうけどね~。
奏太さんを二人で挟んで抱き締める。
奏太さん、逃がさないよ~。
「……姉さんだけじゃないですよ?
私だって、奏太さんの赤ちゃんが欲しいです」
「人和……」
「ま、まあ、ちーも産んであげてもいいわよ」
「あ、間に合ってます」
「ちーの時だけ何でそんな反応なのよっ?!」
「「「「…………──ぷっ、あははははっ!!」」」」
出逢ってから、何度繰り返したか判らない遣り取り。
だけど、心地好くて、楽しくて、飽きる事なんて無くて。
だから──これからも、ずっと一緒に居たい。
「──うん、今はコレで我慢するね~」
腕を離し──奏太さんの頬に両手を伸ばして口付けする。
人和ちゃんが抱き付いているから逃げられない。
場の雰囲気も弛緩して、一瞬の隙が出来た。
不意を突かれて驚く奏太さん。
珍しい顔も見られて満足~。
ふふ~ん、女は恋の狩人なんだからね~。
──で、二人も負けじと迫り、強請る。
私としたから、奏太さんも拒み切れずに押し切られる。
うんうん、秋蘭様の言った通りだったね~。
そう、ちゃんと許可を貰ってるから。
だから、早く続きをしようね~。
彼女達の管理責任者でもある奏太を残して一足先に席に着いていた私達の所に奏太が合流した。
着くなり秋蘭を恨めしそうに見る奏太。
……ああ、天和達から告白されたのね。
秋蘭から聞いていたから直ぐに察せたわ。
ただ、口には出さない。
言えば、他の娘達にも刺激になるでしょうけど。
その一歩が大事なのよ。
自分の意志で踏み出せるのか、がね。
因みに、私は奏太に気持ちは示しているわ。
……まあ、明確に口にした事は無いけれど。
だって、面と向かって言うのは恥ずかしいじゃない。
さて、それはそれとして。
天和達の公演を見るのは今回が初めての事。
練習は勿論だけれど、最初の公演も見ていない。
その時は秋蘭が妊娠中だった事も有ったから。
私達の中では季衣・流琉、凪・真桜・沙和は奏太に色々と協力していた関係で知っている。
その感想を聞く限りでも期待が出来そうなのよね。
──とは言え、奏太が絡んでいる事だもの。
どんな驚きが有るのか楽しみだわ。
そう思っていると、全体が暗転する。
真っ暗な訳ではなく、出入口を全て閉め、客席側の灯りを落とした事によって一気に暗くなった様に感じるだけ。
その証拠に、客席は静まり返っているだけ。
話には聞いていたけれど、浸透しているのね。
すると、舞台の中央を照らす様に明かりが灯る。
赤い幕が左右に割れながら捲れ上がり、扉が現れる。
その扉を開いて、天和達が舞台へと駆け出して手を振る。
「は~い! 今日も元気一杯、皆のお姉ちゃんは~?」
『天和ちゃぁーーんっっ!!!!!!』
「可愛く溌剌! 眩しく激しく輝く皆の一番星はっ!?」
『地和ちゃぁーーんっっ!!!!!!』
「準備は出来てる? 静かに燃えて萌える皆の妹は?」
『人和ちゃぁーーんっっ!!!!!!』
「私達ーっ!」
「「「宝々娘々っっっ!!!」」」
『フォウッフォウッフォウッフォオォォーーーッッ!!!!』
三人の声に、客席から揃った掛け声が返る。
驚く私達を他所に、季衣達は揃って声を出している。
そして、三人が名乗り終えたのに合わせて曲が始まる。
……成る程、これは確かに上手い演出ね。
私達にとっては戦の前口上や檄を飛ばす事に近いかしら。
士気を高め、その勢いのままに攻める。
それを演者と観客の遣り取りを使って一体感を生んでから始める事で一気に盛り上がる。
ある程度の定番化も出来る為、知れば参加もし易い。
何しろ、赤ん坊の玄ですら音に合わせている位だもの。
奏太もだけれど、天和達も大したものだわ。
場所も有るんだろうけど、今までで一番の盛り上がり。
も~最っ高に楽し過ぎるよ~!
でも、始まりが有れば、終わりが有る。
この公演も次が最後。
だけど、悲しみや寂しさなんて全く無い。
寧ろ、早く歌いたくて仕方が無い。
だって、この一曲は特別だから。
御母さんの鼻歌に奏太さんが歌詞を付けてくれた物。
私達にとっては他の何れよりも大切な一曲だから。
この終わりは新しい始まり。
私達の未来に続く一歩なんだから。
静寂の中に澄んだ弦が紡ぐ音色が流れる。
ゆったりとした、優しくて暖かな調べ。
それは幼い日の記憶を呼び起こす。
御母さんの声と温もりを感じられる。
「目蓋の向こうに感じる日溜まり
優しく触れている貴方の掌
微睡みに融けてしまう様に
この温もりに包まれていたい」
「ねぇ……あの風の音は何を語るの?
遠くの空を旅をして来て、どんな景色を見てきたの?」
「そうね、それはきっと、大切な旅路
喜びも悲しみも沢山有ったでしょう
だけど、今、笑えていられるのなら……」
「きっと、それが答えになる」
『茜色に染まる雲と空
じっと見詰め、強く手を握る
握り返してくれる、その手が、私の心を包み込む
それだけで、どんな暗闇でも怖くない
貴方の手が私に勇気をくれるから』
天和達──宝々娘々の公演は大盛況に終わった。
初めて見たのだが……素晴らしかった。
正直、黄巾党に繋がる騒動の起因という事も有った為か、心の何処かに穿った見方をする私が居た事は否めない。
だが、それさえも容易く吹き飛ばした。
奏太殿の演出や助言等も加わってはいるのだろうが。
何より、「私達は歌が好き! だから歌いたい!」と。
普段の雑念の混ざった会話とは違う。
ただただ純粋に全身全霊で楽しんでいる姿が。
彼女達の真っ直ぐな想いが。
五感を通して伝わってくるのだから。
盛り上がらない訳が無い。
そう実感せずには居られなかった。
そして、公演後の全力を尽くした姿には嫉妬を覚えた。
奏太殿に心配されたり、介抱されたり、沢山誉められて、甘やかされている事がではない。
……いや、それはそれで羨ましかったが。
其処まで、絞り出し尽くせる、という事がだ。
勿論、私自身、手を抜いたりはしていない。
しかし、武というのは死ぬ為の物ではない。
生きる為、生き残る為の物だ。
そうなると、死力を尽くして、というのは最終手段。
基本としては、常に余力を残し、事後にも備える。
そういう考え方や在り方が染み着いてしまう。
だから、実際には其処までは出来無い。
そして──その原動力の一つは奏太殿だ。
あの最後の一曲。
様々な相手を、関係を想像させ、心に響く一曲だった。
だが、アレは聞く者が聞けば直ぐに判る。
あの曲は“愛の歌”だ。
天和達の奏太殿への様々な想いが籠った歌。
──だからなのだろうな。
「…………あの、奏太殿」
「星さん? どうしました?」
華琳様達は先に戻られ、天和達を送った後。
私は奏太殿と二人きり。
今、この時しかないと強く思い、足を止め、声を出す。
不思議と頭の中で、あの歌が響いている。
臆病な私に一握りの勇気をくれる。
「私は……初めて逢った時から貴男を愛しています!」




