21話
私達の長子・長男となる玄が生まれて数日。
事前に子育てというものが大変であるという事を理解し、準備していた事も有って、それなりには順調だと言える。
──とは言え、やはり夜泣きは心身共に堪える。
正直、三日が限界だった。
元々、しっかりと睡眠を取る方だった事も有るのだが。
寝て、起きてを繰り返すのは大変だった。
何故、権力者や金持ちが乳母を用意するのか。
頭ではなく、経験して、漸く理解出来た様に思う。
市井の民──農民等とは生活の形、特に仕事の責任という面での違いが私達は大きいのだと気付いた。
言い方は悪いが、私達は一個人や一家庭の話では済まない仕事を担っているのだから。
「だからと言って、早々に二人目は困るわよ?」
「善処します」
「はぁ~……まあ、大丈夫そうで安心したわ」
夜、乳母に玄を預けたら、どうなるのか。
勿論、しっかりと睡眠を取る事は間違い無い。
だが、快眠の為には適度な疲労感や充足感も大事だ。
うむ、久し振りの奏太の全力は甘美だった。
三回程で休むつもりだったのだがなぁ……ははっ。
つい、昂り猛ってしまったな。
この感じなら二ヶ月後には二人目が出来るだろう。
奏太は今朝も逞しかったからな。
「それで? 奏太と他の者とは少しは進展したの?」
「……いいえ、今は寧ろ、私と玄に傾いているかと」
「仕方無いと言えば、仕方無いのでしょうけど……
やはり、私が躊躇わせているのかしら?」
「…………正直、無いとは言えないかと」
華琳様が奏太を愛しておられる事は周知の事。
奏太も華琳様の事を想っている。
前日の風呂での反応から見ても、華琳様を抱きたいという欲は有る様だし、意識もしている。
華琳様が相手なら、奏太は一線を越えるだろう。
はっきり言えば、姉者よりは可能性が圧倒的に有る。
星に流琉に凪に稟、天和達も候補者だ。
ただ、皆、華琳様に遠慮している事は否めない。
星には「以前の威勢はどうした?」と言いたい。
奏太の前では乙女になりおってからに……
「……桂花が動いてくれれば話が早そうだけれど……」
「無理でしょうね
未だに自覚もしていませんし、したらしたで姉者と同様に不審者になる気がします」
「其方等は真っ直ぐな娘だものね」
よく知っておられる華琳様は苦笑される。
普段、アレだけ攻撃的な桂花だが、閨では受け身。
尽くそうとする意思は有るのだが……虐めたくなる。
だから、自然と……という訳だ。
奏太はアレで攻めっ気が強い。
特に、此方等が攻めていくと必ず遣り返してくる。
それがまた刺激的で良いのだがな。
……いや、そういう話ではないか。
「そう言えば、既に玄に婚約の話が来ているそうね」
「華琳様の御耳にも入りましたか……」
「侍女達の間で一気に広まったみたいよ
まあ、貴方達の後継ぎなのだから注目される事自体は当然だとは思うけれど……」
「私の惚気と奏太の善行が原因です」
「繋いだ縁が多いというのも困りものね」
そう揶揄う様な軽い口調で仰有る華琳様。
私の場合は私の責任でしかないのだが。
奏太の方は、困っている者を助けた結果だ。
まあ、奏太自身に娘や孫娘や妹を嫁がせたかったのだが、私の惚気話を耳にして止めた。
──が、玄が生まれた事で、狙う的を変えた。
私の懐妊を──いや、私と奏太の関係を知った時点で既に動いていたのだろうな。
見事なまでに釣り合う娘を用意したのだから。
ただまあ、玄も生まれたばかりだ。
幸いな事に、断れない相手からの縁談ではない。
だから、当面は保留とした。
奏太と私の様に、奏太と華琳様達の様に。
その縁がどうなるのかは本人達次第だ。
故に、私達が縁を断つ訳にはいかない。
そういった事も含めて、縁の先の可能性を残す。
奏太らしい考えだと思う。
……聞いて、感動して、ムラッとしたがな。
出産を終え、秋蘭が職務に復帰する。
文官働きは継続していたから、実質的には武官としてね。
奏太の氣による治療と産後補助に、秋蘭自身の氣の力量が有って可能になる早期復帰。
出産の翌々日には春蘭と手合わせしていたけれど……
奏太が「真似はしないで下さい」と言うのも納得。
奏太が自身の経験と研鑽を積む為も有り、多くの女性達の出産に携わっていたけれど、秋蘭は特別。
まあ、実戦に用いれるだけの技量・練度で氣を扱える者で妊娠・出産する者は秋蘭が初めて。
今の奏太、そして私達にとっては。
だから、この前例を当然にして欲しくはない。
そう思うのは何も可笑しくはないわ。
ただね、「これが普通とは思わないで下さい」とも言える状況で、奏太はああ言ったのよ。
意識的にではないのでしょうけど。
それはつまり、私も妊娠するという前提が有っての発言と受け取れる訳よ。
ええ、誰が相手なのかは言うまでもないわ。
だから、秋蘭ではないけれど……ムラムラしたわ。
ドキドキではない辺り、私も既に其処まで来ている。
黄巾党の件が片付いたら……フフッ、愉しみだわ。
「──華琳様?」
「取り敢えず、問題は無いのね、稟?」
「はい、大丈夫です
元々、秋蘭も奏太殿も騒動中の復帰を前提にしての行動をしていましたから」
「信頼していない訳ではないのでしょうけど……」
「もう少し忘れてもいいのではないかとは思いますね
まあ、逆の立場なら同じ様に思うのでしょうが」
「ええ、そうでしょうね」
何だかんだで私達は自分達の仕事を投げ出せない。
完全に離職──引退・隠居でもしない限りは。
少しでも関わっている限り、気にするでしょう。
それが、私達が背負うと決めた責任なのだから。
奏太殿が御子息の玄殿を抱いている。
言葉にすれば、ただそれだけの事なのですが……
思わず見入ってしまいます。
嗚呼っ、何と絵になるのですかっ!
己が腕の中で安心して眠っている玄殿を見詰める眼差しの何と穏やかで優し気な事か。
細められているが故に、一際際立ちます。
その微笑みを私にも向けて頂きたい!
いやまあ、向けて頂いたら、それはそれで困るのですが。
気持ちとしては!
そうっ、気持ちとしてはなので!
──ああでも、やはり、私も早く奏太殿の子を産みたい。
私の産んだ子を抱いている奏太殿。
…………物凄く見たい。
しかし、それには先ずは奏太殿に抱いて頂かなければ。
何もせずに子は出来ませんからな。
流石に、一緒に寝れば子が出来るとはいません。
……昔の事は忘れましたとも。
「そう思うんなら、さっさと抱かれちまえよ」
「これ、宝慧、酷な事を言うものでは有りませんよー
内弁慶な星ちゃんには無理な事ですからー」
「全く……あの頃の趙子龍は何処に言ったのかねぇ……」
「……風よ、自覚が有っても傷付くのだが?」
「そう思うのでしたら結果を出して下さいー」
「口先だけなら誰にでも言えるってぇの」
──くっ、正論を……
──と言うか、何気に宝慧と同時に話していないか?
誰か、協力者が居るのか?
……居ない? 一人時間差の腹話術?
またそんな無駄に器用な事を…………なっ?!
奏太殿に習ったのかっ?!
風っ、いつの間に奏太殿と仲良く──
奏太殿と一緒に華琳様と出ていた時にか。
仕方が無いと言えば仕方が無いのだが……羨ましい!
…………いや、冷静になれ、私。
風に「腹話術と認めているが?」とツッコミを入れる事も出来無い程、動揺していのだからな。
……………………如何な、無理な気がする。
──と言うか、私も玄殿を抱かせて貰った。
まだまだ小さく儚く感じる温もり。
しかし、それが尊い事を感じずには居られなかった。
言葉で、声で、文字で、理解する事ではない。
自分の五感で理解する事なのだと判る。
言い方は悪いが、他の子供達とは違う。
奏太殿の子供だから、私にとっては特別なのだと。
判るから、判ってしまったから。
私の女としての本能が強く求めている。
私も奏太殿の子を産みたい!
秋蘭ばかり狡いぞっ!
「そう思うのなら行動しろ」
「出来ていたら苦労はしておらぬ!」
「開き直るな」
呆れた様に溜め息を吐くのは秋蘭。
玄殿に授乳し、ささっと服装を直し、曖気させる。
……出産して僅か数日だが、随分と手慣れているな。
「ああ、これか……
妊娠中から授乳のし方や服装の直し方、曖気のさせ方等、一通りは身に付けたからな
生まれてからでは拙いだろう?」
「むぅ……そういう事か……」
確かに、秋蘭の言う通りだな。
いざとなって出来無いよりは事前に学んで置くべきか。
流石は秋蘭、用意周到だな。
「まあ、奏太の助言だがな」
「私の尊敬を返して貰おうか」
「早合点したのは御前だろうに……
因みに、この服も奏太が考えた意匠の物だ
見ていたから判るだろうが、脇の下が開いている為、楽に授乳させる事が出来る
しかし、パッと見では気付かぬだろう?
だから、普段着が出来るという点が意外と高評価だ
既に意匠や色味が簡素な安価品が販売されている
意匠等を凝った物を特注する女性客も出ているそうだ」
「流石は奏太殿」
改めて、奏太殿を尊敬する。
尚、秋蘭から「だからな、知っていると此処から手を入れ胸を揉む事も出来る」という補足をされた。
…………くっ、奏太殿の手が秋蘭の胸をっ……
羨ましいっ!!
秋蘭に生産・販売している店を教えて貰った。
私の普段着に似た物と凝った物を発注した。
……私は何をしているのだろうか?
まだ子作りすら出来ていないと言うのに……
よくよく考えると、既に関係が有るから、そういった展開にもなるのだろうし、盛り上がりもする。
では、それ以前の関係の場合では?
それは最早、只の恥女ではないのか?
…………如何、泣きそうだ。
別に悪い事をした訳でも、誰かに迷惑を掛けたといった訳でもないのだが、胸を突き刺されたかの様に心が痛む。
実際に突き刺された事は無い為、肉体的な痛みではなく、精神的な痛みになるのだが……これは辛いな。
──というか、本当に何をしているのだろうな。
いやまあ、我ながら意図が無い訳ではないし、判らない事という訳でもない。
要は、奏太殿を誘惑しようと考えての事。
或いは、そういう雰囲気や流れとなった時に意外性として際立つと考えてだ。
……まあ、都合の良い妄想が有った事は否めないがな。
だが、それは私に限った事ではない。
私が店に行った時には既に稟が居たからな。
理由や目的は聞くまでも無い。
ただ、まさか稟も奏太殿をとはな……
「気付く者は気付いていますよ」と。
苦笑されながら言われて、気付いた。
如何に自分が回りが見えていないのかを。
いやはや、“恋は盲目”とは上手く言ったものだ。
…………ふぅ……少し落ち着いて考えるか。
はっきり言えば、私から告白すればいいだけの話だ。
だが、それが出来るのなら、疾うに遣っている。
秋蘭に遅れを取ったとしても、今頃は妊娠していた筈だ。
秋蘭ではないが、その自信は有る。
だがしかし、現実には出来てはいない。
風に「星ちゃんのヘタレー」と言われたが言い返せない。
ただ、言い訳をするなら、ヘタレなのではない。
自分でも驚く程、初だっただけだ!
他人事なら「乙女な事よな」と揶揄えるのだがな。
……今後は言えなくなるな。
奏太殿を前にすると軍将として接しなければ耐えられぬ。
「今は仕事中だ」と意識する事で平静を保つ。
ある意味、自分自身を騙す訳だ。
そうしなければ正面に会話も出来無くなるからな。
勿論、実際には、そんな姿を奏太殿に見せてはいない。
その前に、奏太殿に話し掛けようとした時点で気付いた。
「──あ、これは不味い」と。
だからこそ、奏太殿の前では仮面を被った様なものだ。
……素顔を見せられれば楽になるのだろうな。
一度、晒してしまえば吹っ切れるのだとは思う。
しかし、もしもそれで奏太殿に幻滅されたり嫌われたなら私は生きていく事が出来無い。
拒絶されようものなら、その場で自害するだろう。
……フッ……我ながら笑えぬ位に重い女だな。
だが、それが私だ。
飄々として、はぐらかす様な態度は弱さの裏返しだ。
武芸に自信が有っても女の身で旅をする事は難しい。
その不安を拭う為に最初に着けた仮面が始まりだ。
勿論、実際に役に立っていた。
昔、幼い頃に見た役者の立ち振る舞いを参考にしたのだが思った以上に己の武と合わさると様に成り、活きた。
それを楽しんでいた自分が居た事も否めない。
稟や風と出逢ってからも、それは意味が有った。
二人を騙したり、弱さを隠す為ではない。
大切な友を守る為にだ。
然り気無く、牽制・威嚇する事が出来たのだから。
それが今になって自分の首を絞めるとは……
想像しても見なかった。
……まあ、今の自分も想像出来無かったがな。
まさか、こんなにも好きになる人が出来ようとは。
昔の自分からは想像すらも出来無かったな。
昔の私が今の私を見たら、物凄い顔をするだろうな。
だが、言って遣りたい。
「そんな風に思えるのは知らぬ内だけだ」と。
この懊悩は切なく、苦しく、もどかしくも楽しい。
だから、手離す事など出来はしないのだから。




