M03《2》「今はネネさんには言いたくない、かも」
なりゆき、隣人の部屋で、ゲーム機の接続を眺めながら、寧子は沈黙が気まずくならないように、話を変えてみる。
「えー……そもそも、よくうちの配信きいてたね。えっ、もしかして、特定して引っ越してきたりしてないよね!?」
「いや……それはさすがに、偶然」
接続をかえたためか、自分はゲーミングチェアに戻って、ヘッドホンを軽く首にひっかけながら萬里は言った。
「ヤマネコさんの配信は前から聞いてた、けど。隣の声とイヤホンがサラウンドで聞こえた時にはびびった。ネネさん、窓開けてやるのはほんと、まずいんじゃないですか。防音の意味ないんで」
「うあーーー」
やっぱそれか〜まずいのはわかってんだよ〜〜と寧子は頭を抱える。
萬里はふい、と顔を背けながら、低い声で言った。
「ネネさん、かなり脇が甘い。でもそこがウケてもいるんだと思う。不本意なウケ方だろうなと思ってたけど……もしかして、不本意じゃ、なさそう」
んですかね、と萬里が椅子から、寧子を覗き込んできた。
うっと寧子が身を反らす。
「な、なに……不本意って? どういう意味?」
本当にわからなくて、聞き返していた。
炎上しがちな配信者だけれど、不本意だったこと、あんまり心当たりがない。
「……………………つよ」
小さく萬里はそう呟いて、自分はまた接続のいくつかを確認するために背をむけた。そんなに接続が難しい機械ではないはずだが、音響の配線の方は調節がいるらしい。
巨大なディスプレイ画面では、S2の起動がはじまっている。
寧子はワクワクとその起動を眺めた。下手くそゲーム配信者だが、ゲームは好きだから血が騒ぐのだ。
起動だけして、萬里はコントローラーを渡してきた。
「俺はアカウントないから、どうぞ」
「う、うん」
ほんとにゲームしないんだな、と寧子は思いながら、自分のアカウントでログインした。
「ふわ~画面でっか~~! やば!!」
寧子は普段配信用の画面接続をしているため、こんなに解像度の高い液晶で見たことはなかった。加えて最新機の性能の良さだけでは説明がつかなかったのはオーディオだった。
「なにこれ、めっちゃ音響よくない!?」
隣に言ってみれば、萬里はゲーミングチェアに膝を立てて座りながら、空中を見つめている。
「だいぶ低音まで拾えるんだな……。もうちょっと、ピコピコ系の音が出るゲームってある?」
「オッケー」
言われるまま、寧子はソフトをかえてみせた。それから隣人のリクエストにこたえる形で、寧子も最新ゲーム機を心底楽しんでしまった。
あっという間に深夜もまわり、はっと気づいた寧子は時計を見て、慌ててゲーム機を箱に戻す用意をした。いつの間にか、ゲームに熱中する寧子を放置して、萬里は背中を向けて、PCで作業を進めているようだった。
「バンリくん!」
心持ち大きい声で叫んだら、萬里が背筋を正して振り返る。びっくりした顔をさせてしまった。
「ごめん、長居しちゃった。帰るね。配線このままで大丈夫?」
「あ、そのまま置いておいてください。大丈夫です。触らないで」
そして、サンダルをひっかける玄関先で、寧子は聞いた。
「バンリくんてさ~、なんか、つくってるんだよ、ね?」
ほとんど、確信に近い問いかけだった。寧子はアマチュアだけど、なんとなく、そういう人間の空気みたいなのが、わかるのだ。
そもそもなんにもつくらない人間は、こんな機材を抱えてひとりぐらしをしない、というか……。
「その……アカウント名とかって、聞いてもいいやつ?」
これは、ただの寧子の、長年の「インターネット勘」だったけれど、寧子の配信に話しかけてる、あのアカウントが創作者としての名前ではない、ような気がしたのだ。これは本当に、インターネットの勘で。
その言葉に、見送りにきていた萬里が一瞬、真顔のままかたまった。
しばらくの、沈黙ののち。
「隠すつもり、ないんだけど……」
それから一拍おいて、言った。
「今はネネさんには言いたくない、かも」
言いたくない。
ことはそれ以上聞けないだろう。
すみやかに隣の部屋をあとにして、そのまま寧子は、配信生活に戻っていったのだった。
で、配信は今にいたる。
コメント欄はいまだに荒れ気味だ。
《てか隣人なにもの?》《自演?》《枕じゃねえの》《ネコ寝た?》
「あのね……」
匿名のコメントはいつだって、とびきり民度が低い。
呆れ気味に寧子は言った。
「誰や枕っていったの。いや、あなたたちが下品なことを言うのはいいけどね、あたしひとりのことなら好きに想像したらいいけど。あ、抜いたらちゃんと金投げなさいよ」
丁寧に、フラットな、一定の音階。
ポイントは、半分諦めて喋ること。伝わらないひとは絶対伝わらないし、伝わらなくたっていいって。信頼半分、諦め半分で。半分諦めても、半分を、リスナーの信頼を、諦めない。
「でも、今回はちゃんと相手がいるからね。あたしじゃない人間いるから。失礼なことあんまり言わないように」
こんなゆるい言葉でコメントがおさまるとは思っていない。
炎上にはいつだって、流れがある。この際正義はあんまり関係がない。人は、叩きたいものを叩くだけだ。
言いたいリスナーには、言わせておいてやる。それもひとつのファンサービスだと寧子は思っているので、動じることなかった。
「あと、当の隣人も見てるかもしれないし、コメントしにくくなっちゃうじゃない?」
この言い方はちょっと、ズルい。ひとをまきこむことをいうのは、よくない、という自覚はもっていたものの。
これも寧子の長いインターネット勘というやつで。
ちゃりん、と小銭の投げ込みとともにコメントが上がった。
《隣人です。私が提供しました✌》
わ、とコメント欄が盛り上がる。コメントはくると思っていたけれど、投げ銭つきなことに寧子は心中、引く。
(すぐ投げよるじゃん)
なお、アカウント名は前と一緒だが、ご丁寧に尻に(隣人)とついている。
《!!!!!》
その、たったひとことで、コメントの流れがかわった。
寧子はほっとする。人の心がなくても、気持ちが動く時は、たくさんある。
荒れてしまった流れを断ち切るのに、どんな消火も意味がないことを寧子はもうよく知っているのだ。
対処として、一番いいのは、叩くことより面白いものを差し出すこと。
《本物?》《自演じゃなければ》《え、嘘松ちゃうの?》《アカウント一緒》
騒然とするコメント欄の話を打ち切るように、
「信じるか信じないかはあなた次第です~~」
そう宣言をする。あとはもう、コメント欄は好きに遊ばせるとして。
「S2起動配信はじめまーす。音楽良いから、聞いていってね~」
一方その頃、隣の部屋では。
「♪」
カチカチと、マウスを動かす萬里が、ヘッドホンで寧子の配信を聞きながら、動画の編集をしていた。
──生存確認通知音
気ままに弾丸を躱す君は
どこまでも走る 光のはやさで
M03でした!
評価・ブクマ・コメントありがとうございます。大変励みになります。
次回、
M04 炎上ゲーム配信者、ほろ酔いで絡む
楽しんでいただけたら幸いです♪




