M03《1》「ばんり……さんって……………いくつ?」
翌日、ウラオモテヤマネコのゲーム配信は、過去最高レベルのビジターを稼いだ。
前日の『隣人バレ神展開切り抜き動画』がおバズり申し上げ、フォロワーが固唾を飲んで見守る中、《なんやかんやあって、得ました(隣人から)》とゲーム機の画像をSNSにアップした寧子は、大いに、大いにインターネット社会を沸かせることになってしまったのだ。
《ほんとにあるーーー!!》《譲渡!?》《転売!?》《殺してでも奪い取ったのか!?》
「だからぁ、その……なんていうの……提供?」
《提供!!???》と沸くリスナーに、
「まあ、よくわかんないよね……あたしもよく説明出来ないんだけど……」
煮え切らない言葉でいうので、コメント欄は輪を掛けてざわめいた。
ぞわっと、こういう時、本当に感覚的だけれど、匿名のコメント欄というのは、芋虫みたいな動きをするのだ。
《盗難?》《やっぱ転売じゃね》《通報?》《転売って保証外じゃなかったっけ》《見損なったわ》
(うーん、やっぱそうなる……)
と寧子はため息をつく。
そもそも【S2】はとにかく人気のハードで、公式からの強い転売対策がとられている。公式から購入したものは、ゲームアカウントと紐付いているから他人のアカウントでゲームをはじめることはできないし、代理購入も禁止されている。
正当な【当選メール】を開示しなければ、炎上することは目に見えていた。
寧子はそういう小火のにおいに、鼻がきくのだ。ため息まじりに、できるだけ落ち着いた声で言った。
「いや、転売ではないです。てか、定価でさえない。お金払ってないもん」
買っていれば、値段の証明も出来ないからそれは転売と言われても仕方がない。日本語の用法として。
「そのね、隣人氏も知り合いからもらったそうなんだけど、使わないから……うちの配信につかってくれって……」
《そんなことある?!》《嘘松乙》《見損ないました》《いや通報だろこれ》《盗難品では?》《そもそも隣人の盗ったんだっけ?》《証明しろ》
「逸るな逸るな……」
寧子は言いながら、まあそう、信じられないよねぇと寧子も思うのだ。
ここに至るまでには、一応、あらすじがある。
昨日。隣人宅。
よかれば配信に使って、と簡単に言う隣人氏に、寧子も最初はもちろん「お金は払うよ!?」と言った。
しかし隣人氏も態度は頑なだった。
「俺ももらいものだから、お金はもらえない」
の一点張り。
「俺はお金もらっても領収書も出せないし。ただ、これからも世話になる人がくれたから、壊れたら言ってくれれば、修理にもちゃんと出せると思うし」
そう、このゲーム機は製品の箱の中に保証書がない、というのがひとつの特徴で……。修理保障も手厚いが、それをうけるためには実際の購入履歴が必要なのだった。
「必要ならいつでも言って?」と隣人は、椅子で丸く片膝を抱えたままで小首を傾げるようにして言った。
「うう~~」
そうなると、《なにかあった時のため》、連絡先を交換するしかなくなる。
寧子の頭の中を、いろいろな個人情報流失リスク管理の天秤が頭をよぎったが、最終的には、(ここでいらない子になるなら、このゲーム機はうちの子です!!)という気持ちが勝利する形で、連絡先を交換した。
波涛萬里という名前は、ハトウバンリ、とよむらしかった。
寧子も名前を名乗った。一応、礼儀として。
「寧子と書いて、ネネです」
「ネコさんじゃなく、ネネさん」
確かめるように口に出してみる隣人。どうにも居心地の悪さを感じる。
寧子は炎上体質ということもあり、オンラインの付き合いをオフにもちこむことがほとんどなかった。
それから、寧子が「うちの子」となったS2を引き取る前に、隣人宅の機材で、「音まわりの確認」をするのを待つことになった。
機材と画材以外はほとんどものがない、まっさらなリビングルームに寧子は膝を抱えながら座って言った。
「あの、聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「は……はとうさんって」
「バンリでいいです」
配線をいじる間、背をむけたまま萬里。その背中に、寧子は聞いた。
「ばんり……さんって……………いくつ?」
一瞬の、沈黙。のち。
「17っすね」
「わかっっっっっっっっっっっ」
寧子がひっくりかえった。
わかってた、わかってたけど、実際目の前につきつけられるとまぶしい。まぶしすぎる。
振り返った萬里は前髪の下で微妙な顔をした。
「え、高……2!?」
「いや。高3。ネネさんとそんな変わんなくないですか?」
「かわるよ! かわる! ハタチと17はさぁ、ていうか、えっ、高校生!?」
「一応、まぁ……」
「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
「なんですかその、かーって。威嚇?」
「魂の叫び。気にしないで。ええ、やっぱり高校生なの!? ってこんな安くもない部屋に一人暮らしなんて、できるもん!?」
「……それは、まあ、金さえ払えば。出来る時は、出来るんじゃないすか……」
テンションの低い返事。
寧子は少し、踏み込みすぎたことに反省をした。
「ごめんね。込み入ったこと聞いたわね。赤の他人が踏み込んじゃって……え、でも学校は?」
「いや全然踏み込んでると思いますけど……ネネさんって話の速度が配信と一緒で面白いな……え、なんでしたっけ、学校、は、通信制を、一応、通って」
「ふーん」
通信制、というものがなんなのかは、寧子はよく知らない、が、あまり追及しようとも思わなかった。
「寧子さんは、二ツ橋大学ですよね」
「は、なんで知ってんの!?」
「いや、たまに……電車で見るんで……」
あんまり車内でも大きい声で、学校の話をしない方がいいですよ、と言われて、寧子はかーっと顔を赤くした。
前も同じようなこと、言われた気がする。
いい大人が、と恥ずかしかったので、話をかえる。
「う~~てか、今このS2って、めっっっちゃプレミアついてんじゃん。そういうのポンポン、もらえちゃう立場なんですかねぇ~~。バンリくんは」
相手が17と聞いて、結構イキった。正直それはある。
ほらだって、高校生と大学生だし。
年上のおねーさんだから、こっちは。
そんな気持ちでいたら、でかいディスプレイのひとつにゲーム機の接続をしながら、萬里が言う。
「いやなんか……仕事相手、ダブらせたからもらってくれって」
「仕事してるの!?」
高校生なのに!? と思わず大きな声が出てしまった。いつも声は大きいけど。
「…………………」
奇妙な、沈黙。
はっ、と寧子が重ねて気づいた。
「いや、なんか。してんだよね。自宅にこんな高そーな機材揃えてるんだもん。なにしてんの? いや聞かれても言えないっか! あーごめんほんと、わたしデリカシーなくって……」
「いや、どっちかっていうと寧子さんにないのはデリカシーっていうか……考えなしっていうか……」
「あん?」
「なんでも」
ないです、とぼそぼそ萬里は言った。なんだよ……と寧子は思うが、こっちもお譲りをうける手前、というものがある。
それ以上は、強くは言わないことにした。




