M12《2》「俺とは、デートしないのに」
レコードショップの裏手で、ファンとの遭遇。さてこれを、どう切り抜けようか……と寧子が思っていると。
「おい萬里、いつまで便所いってんだテメー!!!」
近く、「スタッフオンリー」と書かれた扉から、猶人がとびきりデカい声と一緒に出てきた。
その声と強面に、女子は慌てて逃げていく。猶人はその女子ではなく、寧子に目をとめた。
「あ? 志島だよな? なんでここにいるんだ?」
「猶人さんチース……。いや、偶然です。ほんと、ほんとなんで信じてください……」
「はぁ? ま、ちょうどいいや、これから追加でコメント撮り入りそうで、暇なら一緒に……」
「猶人さん」
萬里が猶人の腕をつかんだ。
「……いいです。ネネさん、お休みらしいから」
そのまま猶人を引っ張って、スタッフオンリーの扉に、入っていってしまう。
おやあ? と寧子が思う。
はとうさんちのばんりくん。なんだか、ご機嫌斜め?
その日はデートらしく、チリとオシャレ飯を食べて帰宅した。
チリは結局、ストアめぐりをしていた萬里には遭遇できず、「なんか、握手したって子もいたのに~~!」と悔しがっていた。
食べてる最中も、ヤバ男こと元カレ氏から《今日の花火大会、行かね?》と連絡がきて、《友達とでかけてるからパス~》とチリとの写真をおくってやった。
カクテルも薄くて、ほとんど酔わずにマンションに帰る。
花火大会、ねー……。
確かに、近くでは行われているらしい。といっても、音も光も届くような近場ではなく、電車にのって出かけるような距離だ。
都会の花火は人でごった返しているだけだろう。
いや、そもそも、つきあっていた頃だって、花火大会なんてろくに行った覚えもないのに、ほんと今更なに? と思いながら。
寧子はベランダのドアをあけ、避難壁からひょいと顔を出す。カーテンの向こう、小さく光がもれていた。
帰っている、らしい。
部屋に戻って、冷凍庫をあけながら、メールを打つ。隣に。
《今日花火大会、知ってる?》
既読と返信は、はやい。
《知らない。ネネさん、いくの?》
《一緒にみようぜ、ベランダで》
がたん、と音がして、カラカラと掃き出し窓の開くおと。
ストア巡りをして、そのまま作業をしていたようで、まだ少し、キラキラの残る萬里が出てきた。
「……花火、ここから見れるの?」
「見れないよ~ほらこれ!」
スマホを振る。そこには、今日の花火大会の中継配信がうつっていた。
萬里はしばし眉をあげてかたまっていたけれど、諦めたように息をついて、近くにあった椅子を、引き寄せる。
いつの間にか、双方のベランダには折りたたみのパイプチェアが置かれるようになっていた。ちょっとハイチェア気味の、スリムなやつ。
「はいこれも」
パピコ。コーヒー味。二人でわけあうにはあまりにぴったりなそれを、萬里は大人しく受け取った。
二人、ベランダの避難壁越しに、アイスをすする間だけ、花火を見る。
小さな画面の中で、大きな花火がきらめく。
「今日はちゃんと猶人さんにご飯食べさせてもらった?」
こくん、と萬里が頷いた。まともなものを食べているなら、安心だ。
「……ネネさんも」
「ん?」
顔を上げる。避難壁で隔てた隣、萬里の顔がある。
「ご飯、たべてきた?」
「たべてきたよ~え、見る?」
ぱっとスマホの画面を切り替えた。寧子は今時の女子なので、オシャレカフェ飯をきちんと撮ってあった。
自分で聞いたくせに、萬里は「別にいらない」と言ってから、
「…………………デートって聞いた」
と小さい声で言った。「んん??????」と寧子が宇宙めいた顔になる。
なに? デート? いったか? あ、いった! そういえば、猶人さんに言ったわ。
寧子は、食べ物の写真ではなく、チリとのツーショを出して萬里の顔の前に無理矢理押しつけた。
「お休みもらってデートでした~! これは友達のチリ。あんたの強火だから、内緒にさせてね?」
「……………」
目を細める萬里は、ふいっと視線を外して言った。
「俺とは、デートしないのに」
ああ? と寧子はすごい顔をした。なにいってんだオメー。
レコードショップにいただけで、「彼女さんですか?」なんて聞かれちゃうというのに。
そりゃ、一回デートしたけど。楽しかったけど。でもそこから、こんなことになってしまって……。
もしかしたら、これか? と寧子は思う。
今日、なんか、機嫌悪かったの。
寧子が、デートにいった、のと、「彼女さんですか?」に、いいえって答えて。いや、どこが直接の原因なのかは、わからないけれど。
萬里の、子供のような、ちょっと拗ねたような横顔を見ていると、あんまり言い返してもしょうがないような気がして。
「……でも、パピコ食べながら、花火は見るよ」
元カレの誘いだって断って、とは、わざわざ言わなかった。
横目で、ちらりと萬里がこちらを見た。黒い目がまだ、きらきらしてる。
「……特権?」
「そうね、特権」
小さな画面の中で、花火が、上がる。
渋谷でデートはもう出来ないかもしれないけど、花火会場にも行かないけど、これはこれで、と、寧子は思った。
悪くない、夜じゃない?
萬里の方がどう思ったかは、わからない。
そのまま少し、沈黙が流れていたけれど、花火中継で、アナウンサーが聞き慣れた名前を口にした。
「んんん??? ねえなんか今! ラブカとか言わなかった!? これ、うしろにかかってる曲、あんたのじゃない!?」
配信動画で流れているBGMに、寧子が声を上げる。
リクエストだろうか、萬里の「ラブカ」時代の曲が花火会場にかかっているらしく。
「そうかも……」
相変わらずネネさん、俺の曲、知らないんだね、という萬里に、寧子は知らん顔をしたけれど。
萬里の機嫌はいつの間にか、なおっていたようだった。
──時計の針に指をさして
全部 先延ばしておくから
いそがなくていいよ ここにいてもいいよ
M12 《ウラオモテヤマネコ》、デートを発見されてしまうでした!
次章、「アンチコメント・ラブソング」ファーストシーズン、ラストです。
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