M12《1》「あ、あの……彼女さん、ですか……?」
前章M11、全面的に改稿させていただきましたが、展開変更はございません♪
「それはヤバよ。ヤバ町ヤバ男くんだよ!!」
新宿の駅ビルで、スタバを飲み飲み大声を上げたのは寧子の大学の友達のチリだった。
大学の夏休み、基本はバイトで忙しい、と伝えていたが、もちろん息抜きも必要だった。ちょうど今日は萬里は都内のレコード会社を回るスケジュールで、猶人に聞いたところ一日同行出来るのだという。
《そいじゃ、おやすみもらってデートしてきま~す》
と気軽に送った。萬里ではなく猶人に。最近「仕事」でなにかと変装めいた服が必要なので、知識の多いチリにいくつかみつくろって貰った。なお、店頭では買わない。試着をしてサイズを見て、あとはネットで購入の予定だ。ただしくウィンドウショッピング。
普段は着ないモードな服に、いくつかパンツスーツも選んだ。これから就活にもつかえるやつ。
もう就活はじめちゃうの~? 寧子は自由人でいてくれると思ったのに~! というチリをあしらって、スタバで休憩。
バイトの話などはそれとなく避けつつ、話題は主に……最近困っている、LINEの連絡について。
「明らかに未練タラタラじゃん、復縁狙いじゃん! 自分でフっておいてからに、お前はオレがいなきゃダメなんだろ? が透けて見える!!! マジの害・悪!」
チリの怒りは激しい。寧子は苦笑よりももう困り顔で、フラペチーノを回した。
「それはちょっと言いすぎだけど……まあ、ダルいのは本音かな……。特に今……真面目に晢と会いたい気持ちがゼロで……」
「ブーロック! ブーロック!」
「でもさ~配信も見てるぽいし、それっぽい名前見えないから、多分見る専のアカウントとってんだよね……ネットで粘着されても嫌だし……」
なにがいやって、チリも知らない寧子の家を知っているのだ。ダルすぎる……。
「大学はじまったらなんかそれとなく知り合い相談してみよ! 仲良い人多分、ゼミとかにいるはずだしさ!」
「ありがと……」
ほろり、とする寧子。「だってさ!」ぐい、とチリが顔を覗き込んだ。
「隣人くんとはどうなったわけ!?」
……一番触れられたくない話題、きた。特に、ラブカの信者のチリであるからして。
「別に……どうもなってないよ……顔みたら挨拶くらいはするけど……」
苦しい言い訳だった。すでにオカン状態で世話をやいてて少なくないバイト代をもらってるなんて言えない。
「夏だしさ~遊びにでも誘ったらいいのに~!」
「なんでだよ。突然隣人から誘われるの怖いでしょうが。それに、きっと忙しいよ。高校三年生、受験生だろうし」
言いながら、そういえば萬里は進路をどうするんだろう、と寧子は思う。
高校は……なんとしてでも卒業させる、と猶人は言っていたけれど。それもまた、彼の夏休みに仕事をつめこむ原因のひとつだ。
「まあね~受験ね~高校生、そっか~」
言いながら、SNSを見ていたチリが、ガタン! と音を立てて立ち上がった。
「な、なに?」
「ちょっと、今から、ついてきて!!!!!」
はぁ???? と寧子が言った。
なによどこに行くの、と言う寧子をひっぱるようにして、チリがずんずん向かったのは、駅ビルの上階。そこにあったのは、大きめのレコードショップだった。
(…………)
嫌な予感がする、と寧子は思う。もう、きっと、絶対あたっているような……。
「どしたの、チリ……」
「目撃情報!!! 今日他の店舗でも、ラブカがポスターにサインいれに来てるってSNSで流れてたの! それで今、こっちの店入るの見た人がいるって!!」
店内とスマホを交互に見ながら目を光らせるチリ。帰りたい、と寧子は思う。そりゃもう、めちゃくちゃに、帰りたい。今日のストア回りは寧子が同行しないこともあってSNSアップは後日だと聞いていたのに。目撃情報で、ひとを、追いかけるな……!
こうなったら見つけても見つからなくても気まずいので、寧子は早々に逃げ出すことにした。
「わたし、トイレいって外で待ってるね……?」
「ええ、ラブカ見たくないの!? って、寧子は別に見たくないか……」
「そゆこと。気が済むまでごゆっくり~」
店内のボードの裏にあるお手洗いの表示を見て、そっちに行こうとした、その時だった。
並んだ男性用の方から、出てきた、姿。
「えっ!?」
「えっ……」
ばったり。
「……なにしてるの? ネネさん」
そこにいたのは、SNSで目撃情報まで流される男、波涛萬里、その人で……。
「それは~~こっちのセリフだけど!! まあ違うね! あなたは仕事をしてるんだもんね~!!!」
わたしは、偶然! ほんま偶然だから! これは、あなたのスケジュール知ってて情報漏洩とかじゃないから! と寧子は必死で言い訳をする。
けれど萬里は、スタイリストをつけてないからだろう。いつもよりもおさえめの、でもキラキラした顔を、ちょっと難しくさせて。
「……なにしてるの、ってきいた」
「え?」
「今日、休んだのに」
「いや、猶人さん来てくれてるでしょ!? 猶人さんの許可はとってるもーん!」
「そうだけど……」
レコードショップ、店舗裏、ぐい、と壁に、追い込んで。
「……俺と一緒にくるの、やだった?」
「んあ?」
ぽかん、と口を開けて寧子が聞き返す。
「……同行とか、忙しいし、つまんないから……」
「えっ、全然やじゃないよ! こんな金のいいバイト、なかなかないじゃん!?」
思わず言ってしまった。萬里は一瞬目を丸くしたあと、肩を落とし、壁から離れて。
「ネネさんって、ほんとにさ……」
呆れたような顔を見せた時だった。
「あ、あの……!!」
店の方から、押し殺したような、緊張した声がかかった。
「波涛、萬里さんですよね!?」
びく、と寧子が振り返る。そこにいたのは、若い女性だった。私服だからわからないが、まだ高校生かもしれない。鞄にいろんなチャームをつけている。
「あの、あ、あの、ラブカの時代からめっちゃファンで、めっちゃ聞いてて、アルバムも買ったんです、動画もみんな見てて……すみません! 今新しいアルバム買ってくるので、サインしてもらえませんか!」
泣きそうになっている。
ああ~と思う寧子。
対する萬里はといえば……。
「……」
まだ、そっぽを向いてる。オイ!!!!! と寧子が背中をひっぱたいた。パアン! といい音がなる。
その音に、びくっとした女子は、それまで萬里の方しか見ていなかったのに、寧子の方に目を向けて。心なしか青ざめた顔で、聞いた。
「あ、あの……彼女さん、ですか……?」
なわけねーーーーーーーーーーーーだろ。
ニコ、と白々しい営業スマイルで。「いいえ」と言った。
「波涛さんの事務所スタッフです。すみませんが、個別のサインはご遠慮いただいております。こちらの店舗では、オリジナルグッズがあたるキャンペーンもしていますから、そちらにご応募ください」
「じゃあ、写真、握手だけでも……!」
「写真も、ごめんなさい。握手は……」
す、っと萬里が、無表情で手を出してきた。女子はすでに泣きだしながら、その手を握った。萬里の方は……握られるまま、握り返すことはしないようだった。
感極まった女子、泣いちゃってるな~と思いながら、なんとなく、自分との握手の違いを、寧子は考えたり、考えなかったり。
好きなものがあるって、すごくいいことだけど。
心があるって、結構、大変そう。




