M11《1》「ね、ねろーーーーー!!! っていっただろーー!!!」
ゲーム配信者・ウラオモテヤマネコの配信は、最近少々低速気味だ。
大学も長い夏休みに入ったというのに、まとまった配信がなく、それを怪しむ声もある。
その日も、短時間の雑談配信が、夏の夜中、ゆるゆるとはじまった。
「こんばんは。いや久しぶり? 三日ぶりか……」
ふわ、とあくびの声がマスク越しに入る。目元は綺麗にメイクしているけれど、少し疲れをうかがわせる。
うつっている膝の上には、「メリーさんちゃん」のぬいぐるみ。最近もっぱらの、ネコの安寧だ。
「いやほんと、最近ちょっと忙しくてぇ……。違う違う、ゲームじゃなくってぇ。ゲームだったらよっぽどよかったんだけど。
ちょっと、バイトをはじめてて……あーうん、夏だから。リゾートバイト、ともちょっと違うけど。
おい誰だ、水じゃないし闇でもないわ」
ウラオモテヤマネコは、最近バイトをはじめたらしい。
水商売でもなければ、闇バイトでもないけれど……いや、ある意味闇なのかも。
この、最近はじめたバイト、について、寧子はリスナーにも、リアルの親にも友達にも誰にも言っていなかった。
言えるわけあるか、と思っている。
《ついに男か?》とコメントが走って行く。
「彼氏でもない~~!! もちろんラウンジでもパパでもないわ~!!! あのね、彼氏がいたらわざわざあなたたちリスナーを寝かしつけてないからね???」
《フラれネコだから……》
《ラブカめっちゃ売れてんね。ネコから一言ください》
「ラブカぁ……??」
顔を歪めて嫌そうにしたあと、寧子は天井を見上げる。
昔の炎上もあってか、コメントしづらそうに、言った。
「あー、もちろんあたしも知ってるよ。
メジャーデビューして、相変わらず暗い歌うたってんでしょ? でも、顔だして本名さらして出てきたのは、覚悟あってすごいと思うよ。
あたしは全然わかんないけど、今もう別にアンチじゃないです。応援してます」
《おっ手のひらクルーですか?》《忖度!》《上から~》《ネコから目線》
寧子の額に青筋が浮かぶ。
「なにに忖度すんのよ……。いや、あたしだって変わりたいなーって思うことは結構、あるって話……」
どうやら人間って、変わったりもするらしい、し。ね~メリーさんちゃん~。
そんなことを言いながら、最近気になってるゲームやコンテンツについて話していた寧子だったが、ちらりと時計を見て、言う。
「そろそろじゃあおしまいにするかね。みんな最近暑いからね~ちゃんとクーラーかけて腹しまって寝なよ~おやすみ~」
《おやすみ》《おやす~~》《乙~》
流れていくコメントの中で、ぽん、と少額の課金が投げられた。
《おやすみなさい》
そのコメントを視界の端に目にして、ぴきっと、寧子の顔がひきつった。配信にはもう、のってない。
ぱっとスマホを握るとためらわず《通話》を押す。
「ね、ねろーーーーー!!! っていっただろーー!!!」
電話の向こうから、もそもそとしたこもった声がかえってくる
『ねています……配信を聞きながら……今まさに……寝落ち……』
ぶち、と寧子が本格的にキレた。
「寝落ち配信して欲しいっていうから!! 寝かしつけにしてやったんでしょうが! 昨日も一昨日も、ぜんっぜん寝てないの知ってんだからね!? 投げ銭なんてしないで寝なってわたしは言ったよねぇ!? 猶人さんに来てもらって添い寝してもらう!!?」
『それはやだ……猶さん俺のうちで延々飲むし……』
ぐずぐずと言い訳を抜かすのは、「配信バレをした隣人」であり、「投げ銭をしてくるファンリスナー」であり……「メジャーデビューしたラブソングの神様」だった。
通話ボタンのひとつで挨拶なしに会話が出来る、萬里との関係は、「隣人」から少しだけ、進展、した。
友達、でも、恋人、でもなく──「仕事関係者」に。
(「波涛萬里、です。よろしく、お願いします」)
猶人の隣で、手を差し出してきた、萬里の気まずそうな顔を、寧子はよく覚えている。
握った手は冷たくて、少し汗をかいていた。
多分、ちょっと緊張してた。
(「志島寧子です。力になれるよう、がんばります。よろしくお願いします」)
寧子は、しっかりした力でその手を掴んだ。
仕事として、受けたからには! と意気込んでいたけれど。
……正直なところ、ラクな仕事では、ない。
『ラブカ』こと波涛萬里の音楽はデビューからこちら、日常のあらゆるシチュエーションで、聞こうとしなくても耳にする。
デビュー曲は夏のドラマのタイアップとして流れ、まだLIVEや音楽番組には出ていないが、配信曲としてテレビのカウントダウン番組などで流れているのを見たことは、一度や二度ではない。
あらゆる雑誌に、WEB媒体、告知業務はない日がなく、全然リリースを出していないニュースが流れてくることもある。
本人、本体、が、テレビ、に出たら次の波がくる、とはマネージャーである猶人も言っていた。
まだ波があるってわけ!? と寧子は思う。
まあ、そうなのかも。
萬里をとりまく世界がもっと変わってしまうことだろう。
それを、彼自身がどう思っているのかは、寧子はわからないけれど。
正直──怖すぎる、というのが正直な気持ちだった。
実感として、SNS炎上監視スタッフである寧子の仕事は、多忙を極めていた。
(とにかく、重いファンが、多すぎるんだけど……!!)
寧子の仕事は公式SNSに、指定された写真、動画をアップロードすること。
加えて隣人本人からおくられてくる動画やイラスト、「本人のお言葉」を確認して投下するのも彼女の仕事だった。
ひとつひとつは重い作業ではないが、【波涛万里Official】のSNSアカウントはすでに、二桁万のフォロワー数を軽く飛び越え、スタッフの運営であることが明記されているにも関わらず、あらゆる投稿に対して、突撃してくるファンが多すぎる。
元々アマチュアの出身だったことも大きく起因しているのだろう。
とにかく、フォロワーの距離が、近い。親のように親戚のように、旧知の友達のように馴れ馴れしく時に攻撃的、または……かなりマイルドな言い方でいえば、情熱的だ。
飛び交うハートマーク。日記のごとき自分語り、会話をしてる「てい」の愛の言葉……。
いや、それはいい。度を超すとよくないけど。
その一方で、ウラオモテヤマネコなんか目じゃないくらい、口汚いアンチの発言も多く届いた。
《メジャー曲イマイチ》《顔キモ》《なんか神秘性きえた感じ》《飽きてきた》
ウラオモテヤマネコが「暗くてわからん!」と言った時にはあんなに燃えたのに!?!??!?!?
大衆って、ほんとうに勝手だ。
まあ、気持ちがわからなくもない。
メディアに大きくとりあげられることで、『わたしたちのラブカが取られた』と思ったのだろう。
《ラブカ、変わっちゃった》
それらの発言を、「SNS資料」として印刷して束にしながら、寧子はベランダ越しに、萬里に聞いたことがある。
「実際のところ、変わったわけ?」と。
これは寧子が……人の心がない、ノンデリといわれるゆえんなのかもしれなかった。
冷えピタを頭にあてて、ハンディファンで自分に風をおくりながら、
「さぁ……」
と興味がなさそうに、眠そうに呟いた。
「変わったのかも、でも……」
冷えピタを外しながら、萬里は髪をかきあげて。
「いい風にだよ。そう思うことにしてる」
と言った。
へぇ……と寧子は思って。
よくわからないけど、仕事、ちゃんとしよう、って、やる気が出たのだった。
というわけで寧子は毎日、結構真面目に働いている。
毎日パブリックにサーチをして、波涛萬里やラブカの曲の評判をウォッチし、猶人の会社に報告を上げる。
この作業自体は、胸焼けがすることもあるが、勉強にもなった。
これからの、インターネットを使った広告宣伝について、今学んだ知識がいつまで使えるかはわからないが、きっと有用に違いない。
というわけで、ざっと夜の作業を行っていると、
『ネネさん……』
電話口から、まだ寝言のような萬里の声がした。
まだ寝てなかったんかい、と寧子は思う。静かになったから切れたのかと思えば、まだつながっていたらしい。
『明日も……よろしくね……』
半分以上眠っているのか、小さく、笑っているような気配までして。いいから寝ろ、と電話口に小声で怒鳴った。
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