M10《2》「………………あの~、その、《ウラオモテヤマネコ》が、……アンチラブカだってことは」
「気分を害さず聞いて欲しいんだが、あんたはなにより、炎上に慣れてる。だから、なんつうか……炎上の『気配』がした段階で、つまり、『焦げ臭い』段階で、報告としてあげてもらいたい、ってこっちの希望だ。取り返しがつかなくなる前に、においをかぎわけられるだろ。……ってのは、買いかぶりすぎか?」
「──すぎですね。ただの、炎上女ですよ、わたし」
髪をかきあげて寧子がため息をつく。自分がただの、炎上体質であることは、なにより寧子は自分でわかっていた。その上で、まあ、人よりちょっとだけ、心がない。それも、認めてもいい。そのどれもが、褒められたり、買いかぶられたりすることではないけれど。
「でも、さすがにこれ見ちゃったら、隣人のことは心配に思っちゃうかも。全然、お金もらわなくても相談くらいのるんだけど、やっぱそれは具合が悪い、ってことですよね?」
「少なくとも、秘密保持の契約は結んでもらいたい」
やっぱりそうか、とため息をつく。
「……これ、わたしが受けなかったら、どうなるんですか?」
「社内のスタッフで適任を探す。でも、萬里にそれもストレスになるようだったら、インターネットから引き離すことになるか」
「いや、できるわけないですよね」
ラブカのことは詳しくないが、多分、少なからず、インターネットに接続されることで、自己をつくった。よくもわるくも、だ。寧子もそうだからわかる。今後、『波涛萬里』がミュージシャンとして大成した時に、主戦場をインターネットから移すことがあったとしても、「炎上を恐れて」今断ち切ることが、彼にも彼の周りにも、いい効果をもたらすとは思えなかった。
「……詳しい活動予定を教えて下さい。わたしも、まだ学生ですし、必要なら、配信は辞められますけど……」
なにかがあった時のため、ゲーム配信を並行して続けるのは悪手だろうと寧子は自覚していた。
けれど猶人は首を横に振る。
「いや、それはだめだ。それはくれぐれも避けてもらってくれって萬里から言われてる」
「それ?」
「配信の休止。《ウラオモテヤマネコ》のファンだから」
「………………あの~、その、《ウラオモテヤマネコ》が、……アンチラブカだってことは」
「知ってる」
「ですよね~~!!」
だと思った~~! うわ~~気まず! と寧子は天井を仰ぎ、
「でも、バンリくんが、それがいいって言ったんですね」
わたしが。《ウラオモテヤマネコ》がいい。
「ああ」
「…………」
「信じられなかったら、今から萬里をここに呼んでもいい。逆に、あんたがどうしてもやりたくないって時に、それをあいつに伝えるのも俺の役目だから……」
「いえ」
寧子は資料として出されたきらきらアーティスト写真を見ながら、独り言のように言った。
「そうじゃなくて……。言いたく、なかっただろうなぁって、バンリくんも」
寧子と萬里は、「お隣さん」で「配信者とリスナー」だった。
偶然の、気の良い、悪くない関係で。
寧子が心地よかった、のだから、萬里もそうであったと、信じたい。そのまま、萬里も手の内を明かさずに済むなら、言わないでいたかったんじゃないかと、勝手な想像だけど、寧子は思ったのだ。
(でも、手が欲しかったんだ)
(「いいな……欲しいな、ネネさん、うちに来てくれないかな……」)
そう、冷たい手で、寧子の手を握った、萬里のことが、思い出されて。
渋い顔で、寧子は思ってしまう。
こんなんちょっと、断れないよなぁ。
ひとまず「試用期間」を設けて、仕事を行ってみることになった。
その話をつけて、部屋に戻った寧子は、隣の部屋に連絡をする気にも、配信をはじめる気にもなれず、PCデスクに座って、デビューの発表と一緒に公開された、「波涛萬里」のデビュー曲の動画の、再生ボタンを押す。
どこかで見たような油絵の動画とともに、カットインする、萬里の姿。
加工までされてしまうと、やっぱり別人のようにも見えるけれど。
声、は、確かに。
少しくぐもった、低い、甘いような萬里の声で。
でも、やっぱり、少し笑ってしまった。
「……暗いうたじゃんねぇ……」
──四角く暗い部屋の中で
いつまでひとり ぼっちでいたの
君に出会うまで 孤独に 気づきもせず
M10《ウラオモテヤマネコ》、巨大案件を受ける
おしまい!
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