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アンチコメント・ラブソング~どうしようもない炎上配信者の私に恋をしたのは 隣の部屋に住む、ラブソングの神様でした。  作者: 瀧ことは
M01 炎上ゲーム配信者、隣人バレする

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M01《2》「──今夜はもうしないんですか。配信」

 ネコには、人の心がない、とたびたびインターネットで書かれる。

 それは本当のことなのかもしれない。

 知らない人間が書き込む言葉で不眠になったり、百万人が一緒にひとつの恋の歌に涙するのが「人の心」なら、それはきっと持っていないのだろう。


 数多のアンチコメントになにひとつ傷つかないように、百万人が涙するラブソングにも、心が動かない。

 それが事実だとして、改めるべきだとは、寧子は思えなかった。

 正しく、人に優しく生きていきたいと思っているし、そのように努めている。

 ラブカの歌だって、響かないけれど下手だとは思わない。音楽全般が効かないだけで、好きだという人間にも批判はない。


 ラブソングにしたって、アンチコメントにしたって、そう。

 自由にしたらいいじゃない?


 他人の言葉だ、アンチコメントにいたっては、自分に言及してくれるだけで、ひとつの数字だと寧子は思っている。

 どうしてみんな、知らない人間の言葉にそんなに心を寄せてしまうんだろう。


 その日も、フラれ配信こと、ウラオモテヤマネコの「雑談枠」は深夜に行われていた。


 寧子の住むマンションは防犯もしっかりしたシンプルな1LDKだが、リビングに簡易的な「防音設備」が備わっているのがウリだった。

 だから、深夜まで騒音を気にせず配信が出来る、はずだったけれど……。


 ふと、配信に緊急車両の音が乗った。


「あれ」


 コメント欄も軽く騒ぐ。


《お迎え来てんぞ》《ウラオモテ入院》


「だよね聞こえてるよね!? しまった、窓開いたままだったわ」


 いかに防音の設備があっても、ベランダの窓が開いたままでは意味がない。

 機密性の高い部屋は、空気もこもりがちだから、時々こうして、窓をあけたままで配信をしてしまう。

 寧子は「いい時間だから一旦切ります。また明日~」と言いながら、配信を切り、ベランダに向かった。


 裸足で人口芝生をひいたベランダに出ると、柵からを乗り出すようにして、緊急車両を探した。ずいぶん近くに停まったようだが、車両自体は見えない。

 ゴミゴミとした、狭苦しい夜景を見ながら、寧子はため息をついた。


 東京の夜空は、明るくて星がない。


 短くない期間付き合っていた恋人を失ったというのに、確かに傷ついていたはずなのに、配信をしているうちにどうでもよくなってしまった。


 自分に人の心があるのかはわからないが、そして《ウラオモテヤマネコ》の配信を誰が喜んでいるのかもわからないが。

 どうでもいいって、けっこう強い心だ。

 どんな心ないアンチコメントにも負けない強い言葉は、寧子自身を強くもしてくれるのだった。

 けれどこうして、ひとりになると考える。


 本当に、人の心がわからないとしたら、知らない間に誰かを傷つけて、嫌われても、それさえ気づかずに────


 その時、ふと、寧子の鼻先を、特徴的な香りがかすめた。

 都会の排ガスの中だ。顎に置いたマスクをつけたままだったら、香りは拾わなかったかもしれない。


「?」


 軽い刺激臭。薬品系の匂いだ。


(隣……?)


 その時、特別深く考えたわけでもない。身を乗り出していた、その方向を変えて、【非常の際にはここを破って隣戸へ避難出来ます】と書かれた避難壁ごしに、隣の部屋の、ベランダを、覗いた。

 隣人のことは、よくは知らない。数ヶ月前、寧子の少しあとに引っ越してきたようだったが、挨拶には来なかった。一、二回出入りを見たことがあるが、後ろ姿で、制服だった。若い男子学生。

 制服を着るような学生が下宿とするには高い部屋のように思えたが、きっと金持ちの家の子供なのだろう。興味もなかった。


 その、隣人、が、ベランダにいた。


 若すぎるほど、若い男。何をしにベランダに出ていたのかはわからないが、油絵のキャンバスが、細長いシルエットの向こうに見えた。

 緊急車両の音を聞いて、同じように出てきたという風ではなかった。なにか作業をしていたのだろう。分厚そうな、汚れたエプロンをつけていた。ベランダ用の履き物を履いて、棒立ちになって、寧子の方を見ていた。

 長い前髪の隙間から、寧子と目が合う。

 寧子は驚き、硬直した。会うつもりではない時に、会うつもりでない人間と会って、目が合うと、こういう風に硬直してしまうのだと思った。


「……コンバンハ」


 隣人が、低く、小さな声でそう言った。

 硬直がとけず、声が出ない。


「………………」


 寧子は目を丸くしたままで、ぶん、と一回、大げさな会釈をした。

 声も、言葉も、とにかく挨拶の用意がなかった。自分がどんな姿をしているのかも、思いを巡らせられなかった。部屋着、とはいえデート帰りだし配信もしてたから見せられないような格好ではないけれど。配信。いや、配信!?


(聞かれた、か?)


 一瞬頭をよぎる。窓があいていて、ベランダに。いやでも、電話してたぐらいで、ほら。


(いいや、考えるな!)


 なかったことにして、引っ込もう、とそのままフェードアウトしようとした、次の瞬間だった。

 隣人が、決して大きくはない、耳さわりのいい低い声で言った。


「──今夜はもうしないんですか。配信」


 次の瞬間、寧子は飛び上がるようにして、部屋に飛び込んでいた。デスクの鏡に映った自分の顔は、真っ青だった。


(え、マズい)


 これは、絶対にマズい。そう確信した。

次エピソードは3.4話、本日夜更新です

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