M01《1》「言ったってどうせわかんないだろ。ネネに、人の気持ちはさ」
志島寧子。21歳。大学三年生。
花も盛りのこの春──二年付き合った、彼氏に振られました。
「ごめん、俺達、別れよう」
そう言われた時、ああやっぱり、とは思った、のは、正直なところ。
振られるような、気はしてた。そういうのあるじゃん。予感っていうの?
今、相手から好かれてるなーって思うことあれば、もう好かれてないな、って思うことも、ある。
でも。
「えっなんで!?」
思わず、聞いてしまった。
最近相手してくれるのもおざなりになって、なんか、ヤバいなって、気はしてたけど、そんなのまだ「気がする」ってだけで。
正直なところ、心当たりが、ない。
つまり、フラれる、理由が、わかんなくて。
聞いてしまった。直球に。
「だって……」
と彼氏改め元彼氏、は言って、笑った。
馬鹿にするように、諦めたように。
「言ったってどうせわかんないだろ。ネネに、人の気持ちはさ」
・・・・・・・・・・・
「──……いや。そこは、言えよ!!」
マンションの自室。
機材がタワーとなったデスクはリビング兼ダイニング、の壁際に配置されていた。
ウェーブの髪をほどいてセルフレームの眼鏡をかけて、いつもはつけっぱなしのマスクは興奮しすぎて顎まで下げてしまった。ゲーミングチェアで片足を抱えて、細いストローでビタミンドリンク飲みながらゲーム配信と一緒に吐露する放言が、むしろ視聴者に「ウケ」て、いくつもコメントが下から上に駆け上がる。
志島寧子。ゲーム配信者としては《ウラオモテヤマネコ》という名前の方が、知るひとは多い。同時接続は数百から数千を越える時もある。なんの後ろ盾もない野良配信者としては、十分な数字だ。
最初こそ若くて小綺麗な容姿が人を呼び、セクハラ客にも晒されたが、今はリスナーも大人しいもので、人気、とも違う。『不人気』がウリの配信者だった。
《今来ました》
《ネコがフラれたと聞いて》
「言ってないわ~~~~! 誰誰誰、この雑談枠フラれで拡散してるヤツあたしに喧嘩売ってる~~!?」
昔から、コントローラーを握ると口が悪くなるタチだった。
最近は、コントローラーを握らなくてもカメラの前だと口が悪くなる。
『ネネはさ、ゲーム中のコメント面白いから、ゲーム配信とか向いてんじゃね?』
と機材を整えてくれたのは大学でつきあいはじめた恋人だった。でも、今ならちょっとわかる。
あいつはきっと、自分の得意な分野で、マウントをとりたかっただけ。
そういう男だった。悪いことに寧子もそれが、おつきあいのコミュニケーションの一種だと思っていた。マウントをとられること。わーすごーい、ありがとーっということで、お互いの好感度を満たしていた、のだとおもう。
シンプルな上下関係が、初期値のままなら、なんの問題もなかったことだろう。
しかしながら、どちらかといえば不幸なことに、寧子の配信は、ウケた。
彼氏氏のそれよりも素早くランキングを駆け上がった。
ていうか、面白いほど、燃えた。
若くかわいい女配信者だと、ちやほやされたのも最初だけ。あっという間に火あぶりになった。
「ヤマネコ」の配信は燃えに燃えたが、寧子はショックを受けなかった。
粘着は日ごとに過激になり、性的ないやがらせコメント、悪意のある切り取りも多発する中で。
は? だから?
と、寧子は思っていた。これが、強がりや頑なな反発ではなく、ましてや我慢でもなく、本当に、シンプルに、「知らんがな」と思っていたのだ。
寧子は生まれつき(そうとしか言い様がない)ネット上の炎上、誹謗中傷に、「心が動かない」タイプだった。
嫌がらせに凍結をうければ粛々とアカウントをかえ、規約違反にあたる嫌がらせは即無言での通報。ついて来られるやつだけついて来い、のストロングスタイル。
『炎上キツいだろ? 辞めてもいいじゃないか?』
という彼氏の言葉も聞かず。
『こっちは別に悪いことしてないんで……?』
そう言いながら配信を続けた。
これもまた妙な話だが、炎上の度に視聴者が増え、いつの間にか中堅配信者になってしまった。
こうなってみれば、インターネット素人の世界では、すでにちょっとした成功者だ。
インフルエンサーを名乗るには小さなファンコミュニティではあったが、まとまった額の広告料、投げ銭も入るし、最近では企業からの「案件」がくるまでになった。
周囲の友達の誰よりも高い家賃で都内の一人暮らしを出来る程度には、「割のいいアルバイト」だと寧子も思っていた。
もちろんいいことばかりではない。
毎年の確定申告はしんどいし、高価なマンションも結局、中途半端な顔出しをしていたため、危機管理の一環で必要に迫られて、だった。
有名税というほど稼いでいるわけでなし。
人がうらやむようなことはなにもない。
恋人にもフラれたしな!!!!
そしてフラれたことを、配信で言ってしまう。厚顔無恥の配信者だから。
「うう~~もうね、言えよ、言いなよ、何ぶってんのよ、被害者ヅラ、ヅラじゃなくて被害者だってんならちゃんと言いなさいよ! あたしのなにが悪かったかって~!! 言わないくせに、“わかんないと思うよ”すんのカッコワライ、ぶる前に、フル前に言えってば! 報・連・相! そんなんで社会に出られると思うなよ~!!」
配信映像の横では、コメントが駆け上がっていく。
《吠えてる》《ゴリラ吠え》《フラれ実況ウケる》《涙拭けよ》《ほらラブカでも聞いて……》《やっぱネコに足らんのラブカ成分ちゃう?》《新曲聞いてく?》
「ラブカ貼るのやめんかい~~!」
寧子が配信で燃えた発言は多々あり、もうすでに「何を言っても燃える」「燃えるのが日常」のまとめサイトの常連になっているが、その中でもあとを引いているネタがある。
配信初期に雑談でなにげなく言った、
『ラブカ、ぜんっぜん響かない』
という一言だった。
『いや歌がお上手なのわかるけど、なんか、眠くならん!? 何が言いたいかいまいちわからんくない!? え、ラブソングって今みんなあんな感じ!?』
ラブカ。
令和のインターネットにおいて「ラブソングの神様」と呼ばれる、人気のシンガーであり動画クリエイター。
どこの事務所にも所属していない素人だが、その名前は興味のない寧子でも公私ともに何度も耳にし、音楽を聴く機会もたくさんある。
しかしそのたびに寧子は「暗い曲で、よくわかんないな……」と思っていた。
ネット世界ではカルト的な人気があるために、若い女性である寧子が不用意に口にした「ラブカわからん」という発言は、いっとうよく燃えた。
けれど、寧子は発言を撤回するつもりはなかった。わからない、は、素直な感想だったし。
『動画もなんか……暗くて怖くない……? 宗教ぽくて……』
ラブカはマルチクリエイターで、作詞作曲から、動画まで完全に個人で制作しているのだという。動画に使われるのはいつも自作の油絵で、行われた原画展は長蛇の列がつくほどの人気、らしい。アマチュアなのに?
寧子にはよくわからない。
新シリーズです! 1.2話同時更新です。




