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アンチコメント・ラブソング  作者: 瀧ことは
M09《番外》ラブソングの神様、恋に落ちる

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19/23

M09《番外》『ラブカ、ぜんっぜん響かない』

 ラブソングの神様、と言われた。


 俺にとっては音楽っていうのは、四角いブラックボックスに鳴っているものでさ、そこに、神様を感じたことはない、し、あんまり信じてもいない。音楽は天から降って、なんてこないし、これ、は、無様にあがく、人間の、ものだと思う。

 四角くて黒い箱。そこには、なにもなくて自分もなくて、からっぽで、だから鳴るんだろう。空間がないと鳴らないんだ。音楽。楽器って、そういう風に出来てる。

 人間も結局そうなんじゃないかって俺は思ってる。虚と実。イメージと実体。

 言葉も音楽のひとつ。俺にとっては、あんまり変わりのないもので、だから、鳴っているものを拾ってどうにか、組み立ててみてるだけ。


 つくった曲がラブソングだなんて、思ったこともなかった。


 ただやっぱり……美しかったり、ひかっていたり、あたたかかったり。充足、みたいなもの、からっぽの空間を満たす感情が、ひとに……そっぽをむいた、苦しいものじゃないといいなと思っていた。

 小さい頃からたまに、呼吸が下手くそになることがあって、親はいつも、俺のそれを面倒そうに見下ろしていた。あんまり……家庭とか、生活、とか、かえりみない両親だったから、俺が狭い部屋に引きこもって音楽しかつくらなくなっても、「手がかからなくていい」と思っていたようだった。

 壊れて数音が落ちている電子キーボードと、ジャンクみたいなパソコンでつくりはじめた音楽に、最初のうちは動画をつくる力もなくて。

 小学校の時の絵の具でスケッチブックに絵を描いて、写真をつなぎあわせたようなお粗末なもの。それが俺の、初めての発表曲。

 最初はマシンボイスを使っていたけど、そのピッチとキーで、やりたい歌が表現しきれなくなったら、自分の声を加工した方がはやいなってなった。

 ネットにアップロードした俺の歌、は、たくさんの人が回してくれた。ハムスターの回し車みたい。

 ブラックボックスでくるくる回る数字、それはそのまま、喝采でよかったんだろう。

 評価ってのはわかんなかったんだけど、響いてるんだろうなって思った。俺のブラックボックスと、他の人間の、ブラックボックス。


 それならいいって思ってた。からっぽのほうがよく鳴るって。


 でも、神様って呼ばれはじめたのにはびっくりした。

 ラブソング、だった?

 聞いた誰かが愛だったというならそうなんだと思う。

 そういう、実体のない、形も証明もできないもので、響いた場所のことを愛だって言うなら、それも自由で。

 ただ、「自分のことを歌っている」というコメントは、よくわからなかった。

 まるで、自分のことを、歌っているみたい。そういう共鳴と共振、だったらそう。やっぱり自由だと思ったけど、「これは自分のことを歌ってる」ってコメントが毎回書き込まれて、その時にはすごく、人ごみみたいに息苦しくなってしまった。

 誰のことも歌ってない。

 俺のことでさえない。

 神様なんかじゃないよ。ここには誰もいない。



 そんな時に、俺を狭い部屋から連れ出してくれたのは、猶さんだった。

 黒磐猶人といういかつい名前の猶さんは、ある日突然俺の家に電話をかけてくれた。すごく丁寧に、自分の身分(大きな音楽レーベルの関連会社だった)を説明して、俺の家まで来て、俺の、音楽と、音楽活動を助けたい、と言った。

 俺はその時呆然と思ったんだ。

 俺の音楽は誰の助けも必要としていません、って。

 裸の王様みたいに。いや、裸だから自由な王様だったんだと思う。


 これまでもそういう人間をはねのけてきたけれど、猶さんは、猶さんだけはそこを乗り越えてやってきた。

 猶さんはまず、俺の環境とか、扱われ方、みたいなものに、たくさん怒ってくれた。

 俺は「もっと怒れよ!」と何度も言われた。

 いや、でも。

 俺は思う。


 怒るのって、あんまり音楽的じゃない。激情に身をまかす、みたいなことをすると、耳がよく、音を拾わない。

 俺は自分が怒ることよりも、それで死ぬ音楽の方が不自由に感じられるから。


 猶さんは、俺の言葉に、難しい顔をして、


「じゃあ、おれが怒る」


 と言った。お前が、ちゃんと、お前のために怒れるようになるまで、おれが、代わりに怒るから、って。


 俺はでも、その時正直、まだ思ってた。


 俺の音楽は、誰の助けも、必要としていません。


 それから猶さんは俺のいろんな代理人になって、俺に作曲が出来る環境と部屋を与えてくれて、契約や金銭の面倒をみてくれることになった。


「でもなぁ、萬里」 


 俺の新しいブラックボックス、作りかけの根城にあぐらをかいて、缶ビールを飲みながら、猶さんは言う。


「おれはお前の音楽は扱えても、お前自身は守ってやれねー気がすんだわ。お前に不利な契約もしねーし、ちゃんとお前の口座に金もいれるし、代わりにお前をちゃんと世の中に知らしめることもしてやる。あんな自分勝手な親なんか一切頼らなくていいように。でも……お前のことを、本当の意味じゃ守ってやれねーの」


 響く、言葉が少し、違う気がした。守って、じゃなくて……救って?


「なんでかっていうと、お前の音楽が一番だから」


 わかるか? と猶さんが言う。

 わかるか。おれは、お前の音楽を一番に守るから、お前は、お前を一番にしてくれるやつを、自分で探してくれよ。



 猶さんはずっとそんなことを言ってくれたけど、俺はずっとぴんときていなかった。

 音楽、が、一番、なの、それでいいって思う。

 俺は、俺がいるのが邪魔で。息苦しくなりたくなくて、身体も頭も心、も、なくなってしまったらいいって、思ってたことが何度もあった。音楽を作り続けてなお、いや、人からコメントを投げかけられるたびに、呼吸が乱れて。

 くるしくなる。

 そんな時だった。インターネットから、その声が流れてきたの。


『ラブカ、ぜんっぜん響かない』


 流行りの、実況動画の、切り抜きだった。はっきりとした響きが、ビームみたいに俺の頭を貫いた。


『いや歌がお上手なのわかるけど、なんか、眠くならん!? 何が言いたいかいまいちわからんくない!? え、ラブソングって今みんなあんな感じ!?』

 

 ピカピカの声で、言う。


『暗いじゃん!?』


 俺は……思わず笑ってしまった。


 ブラックボックスの、その暗さ。こんな風に、斬鉄剣みたいに一刀両断して、スイカみたいに割ってくれる声があると思わなかった。

 そう、暗いんだよね。

 それは当然のこと。


『それでね、言われたわけよ、お前は人の心がないってね! 知らんわ、失礼がすぎる』


 それから……俺はすっかり、その、《ウラオモテヤマネコ》さんの、実況動画のファンになってしまった。

 ほんと、いいなって思ってた声が、まさかベランダの隣から、聞こえた時は驚いたけど。

 そのまま、ひっそり聞いていられたらいいと思ってた。一番近くで。あの夜、めちゃくちゃに配信が、荒れていたあの夜に。


「…………コンバンハ」


 対極みたいに、俺の作品と、全く向こう側にいる、明るい声。

 ピカピカだ、と思いながら。


「──今夜はもうしないんですか。配信」


 一回言葉を交わしたら、わくわくした。

 響かなくて、揺れない、その姿を自分の音楽に重ねた。だって空っぽのブラックボックスがそういう風に鳴るんだ。呼吸が楽になるのがわかった。それは、俺のうた、にとっても、マイナスではどうやらなかったようで。


『最近の新曲、ずっといいよな』


 とスマホの向こうで猶さんが言う。


『でかいタイアップの案件も来てる。そろそろ腹をくくるか』


 来たるべき時がきたら、お前をメジャーの舞台につれていくと、猶さんはことあるごとに言っていた。

 好きにしたらいいと、俺は思ってた。

 書いた曲は俺のものだけど、売る曲は猶さんのものでもあるので。

 猶さんに全部を任せてるから、俺はこうして余計なことを考えずに曲作りに没頭できるわけだし。

 ただ、猶さんはずっと、こうも主張していた。


「メジャーデビューは“ラブカ”じゃなく、お前の名前でしてもらう」


“ラブカ”じゃなくて、“波涛萬里”として前に出ろと、猶さんは言う。それによって、問題が生じるのかどうかはわからない。親戚との付き合いもほとんどなかったし、学生時代の知り合いだって、暗くて印象の薄いヤツ、ぐらいの認識だろう。

 でも、猶さんは心配しているみたいだった。


 ラブカは深海の魚だ。


 明るいところに出たら、窒息して死んでしまうかもしれないって。


「バンリくんは、スタッフが美味しくいただきました、のスタッフだからさ」


 息苦しいブラックボックスに、ピカピカの声が響いてる。

 暖かい手のひらと、隙だらけの大雑把な生き方と。

 傷つく心がなくたって、人には優しく出来ると信じてる。


「猶さん、俺……欲しいスタッフ、が、いるんだけど」


 番犬みたいな。

 かっこいい、正義の味方みたいなひと。



 これから俺は、どうやら嘘つきばかりの、針千本の世界にいかなきゃいけないらしい。

 音楽ひとつが、好きじゃだめな、槍だらけの外の世界に。そこで俺が、俺を守ってくれる人を見つけなきゃいけないって、猶さんが言ってたからさ。

 なんでもいっこ、欲しいものを、くれるんだって。

 欲しいもの、いっこだけある。お願いしてもいい?


 俺、ネネさんが欲しい。


 神様なんか、いらないからさ。




──正義の味方を知ってるかい?

  それは勇気のないライオンを

  救いに来たブリキみたい

次話より、新章突入です!


Xにて、コミカライズ連載中!

「アンラブ」で、検索してみてください♪

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