M09《番外》『ラブカ、ぜんっぜん響かない』
ラブソングの神様、と言われた。
俺にとっては音楽っていうのは、四角いブラックボックスに鳴っているものでさ、そこに、神様を感じたことはない、し、あんまり信じてもいない。音楽は天から降って、なんてこないし、これ、は、無様にあがく、人間の、ものだと思う。
四角くて黒い箱。そこには、なにもなくて自分もなくて、からっぽで、だから鳴るんだろう。空間がないと鳴らないんだ。音楽。楽器って、そういう風に出来てる。
人間も結局そうなんじゃないかって俺は思ってる。虚と実。イメージと実体。
言葉も音楽のひとつ。俺にとっては、あんまり変わりのないもので、だから、鳴っているものを拾ってどうにか、組み立ててみてるだけ。
つくった曲がラブソングだなんて、思ったこともなかった。
ただやっぱり……美しかったり、ひかっていたり、あたたかかったり。充足、みたいなもの、からっぽの空間を満たす感情が、ひとに……そっぽをむいた、苦しいものじゃないといいなと思っていた。
小さい頃からたまに、呼吸が下手くそになることがあって、親はいつも、俺のそれを面倒そうに見下ろしていた。あんまり……家庭とか、生活、とか、かえりみない両親だったから、俺が狭い部屋に引きこもって音楽しかつくらなくなっても、「手がかからなくていい」と思っていたようだった。
壊れて数音が落ちている電子キーボードと、ジャンクみたいなパソコンでつくりはじめた音楽に、最初のうちは動画をつくる力もなくて。
小学校の時の絵の具でスケッチブックに絵を描いて、写真をつなぎあわせたようなお粗末なもの。それが俺の、初めての発表曲。
最初はマシンボイスを使っていたけど、そのピッチとキーで、やりたい歌が表現しきれなくなったら、自分の声を加工した方がはやいなってなった。
ネットにアップロードした俺の歌、は、たくさんの人が回してくれた。ハムスターの回し車みたい。
ブラックボックスでくるくる回る数字、それはそのまま、喝采でよかったんだろう。
評価ってのはわかんなかったんだけど、響いてるんだろうなって思った。俺のブラックボックスと、他の人間の、ブラックボックス。
それならいいって思ってた。からっぽのほうがよく鳴るって。
でも、神様って呼ばれはじめたのにはびっくりした。
ラブソング、だった?
聞いた誰かが愛だったというならそうなんだと思う。
そういう、実体のない、形も証明もできないもので、響いた場所のことを愛だって言うなら、それも自由で。
ただ、「自分のことを歌っている」というコメントは、よくわからなかった。
まるで、自分のことを、歌っているみたい。そういう共鳴と共振、だったらそう。やっぱり自由だと思ったけど、「これは自分のことを歌ってる」ってコメントが毎回書き込まれて、その時にはすごく、人ごみみたいに息苦しくなってしまった。
誰のことも歌ってない。
俺のことでさえない。
神様なんかじゃないよ。ここには誰もいない。
そんな時に、俺を狭い部屋から連れ出してくれたのは、猶さんだった。
黒磐猶人といういかつい名前の猶さんは、ある日突然俺の家に電話をかけてくれた。すごく丁寧に、自分の身分(大きな音楽レーベルの関連会社だった)を説明して、俺の家まで来て、俺の、音楽と、音楽活動を助けたい、と言った。
俺はその時呆然と思ったんだ。
俺の音楽は誰の助けも必要としていません、って。
裸の王様みたいに。いや、裸だから自由な王様だったんだと思う。
これまでもそういう人間をはねのけてきたけれど、猶さんは、猶さんだけはそこを乗り越えてやってきた。
猶さんはまず、俺の環境とか、扱われ方、みたいなものに、たくさん怒ってくれた。
俺は「もっと怒れよ!」と何度も言われた。
いや、でも。
俺は思う。
怒るのって、あんまり音楽的じゃない。激情に身をまかす、みたいなことをすると、耳がよく、音を拾わない。
俺は自分が怒ることよりも、それで死ぬ音楽の方が不自由に感じられるから。
猶さんは、俺の言葉に、難しい顔をして、
「じゃあ、おれが怒る」
と言った。お前が、ちゃんと、お前のために怒れるようになるまで、おれが、代わりに怒るから、って。
俺はでも、その時正直、まだ思ってた。
俺の音楽は、誰の助けも、必要としていません。
それから猶さんは俺のいろんな代理人になって、俺に作曲が出来る環境と部屋を与えてくれて、契約や金銭の面倒をみてくれることになった。
「でもなぁ、萬里」
俺の新しいブラックボックス、作りかけの根城にあぐらをかいて、缶ビールを飲みながら、猶さんは言う。
「おれはお前の音楽は扱えても、お前自身は守ってやれねー気がすんだわ。お前に不利な契約もしねーし、ちゃんとお前の口座に金もいれるし、代わりにお前をちゃんと世の中に知らしめることもしてやる。あんな自分勝手な親なんか一切頼らなくていいように。でも……お前のことを、本当の意味じゃ守ってやれねーの」
響く、言葉が少し、違う気がした。守って、じゃなくて……救って?
「なんでかっていうと、お前の音楽が一番だから」
わかるか? と猶さんが言う。
わかるか。おれは、お前の音楽を一番に守るから、お前は、お前を一番にしてくれるやつを、自分で探してくれよ。
猶さんはずっとそんなことを言ってくれたけど、俺はずっとぴんときていなかった。
音楽、が、一番、なの、それでいいって思う。
俺は、俺がいるのが邪魔で。息苦しくなりたくなくて、身体も頭も心、も、なくなってしまったらいいって、思ってたことが何度もあった。音楽を作り続けてなお、いや、人からコメントを投げかけられるたびに、呼吸が乱れて。
くるしくなる。
そんな時だった。インターネットから、その声が流れてきたの。
『ラブカ、ぜんっぜん響かない』
流行りの、実況動画の、切り抜きだった。はっきりとした響きが、ビームみたいに俺の頭を貫いた。
『いや歌がお上手なのわかるけど、なんか、眠くならん!? 何が言いたいかいまいちわからんくない!? え、ラブソングって今みんなあんな感じ!?』
ピカピカの声で、言う。
『暗いじゃん!?』
俺は……思わず笑ってしまった。
ブラックボックスの、その暗さ。こんな風に、斬鉄剣みたいに一刀両断して、スイカみたいに割ってくれる声があると思わなかった。
そう、暗いんだよね。
それは当然のこと。
『それでね、言われたわけよ、お前は人の心がないってね! 知らんわ、失礼がすぎる』
それから……俺はすっかり、その、《ウラオモテヤマネコ》さんの、実況動画のファンになってしまった。
ほんと、いいなって思ってた声が、まさかベランダの隣から、聞こえた時は驚いたけど。
そのまま、ひっそり聞いていられたらいいと思ってた。一番近くで。あの夜、めちゃくちゃに配信が、荒れていたあの夜に。
「…………コンバンハ」
対極みたいに、俺の作品と、全く向こう側にいる、明るい声。
ピカピカだ、と思いながら。
「──今夜はもうしないんですか。配信」
一回言葉を交わしたら、わくわくした。
響かなくて、揺れない、その姿を自分の音楽に重ねた。だって空っぽのブラックボックスがそういう風に鳴るんだ。呼吸が楽になるのがわかった。それは、俺のうた、にとっても、マイナスではどうやらなかったようで。
『最近の新曲、ずっといいよな』
とスマホの向こうで猶さんが言う。
『でかいタイアップの案件も来てる。そろそろ腹をくくるか』
来たるべき時がきたら、お前をメジャーの舞台につれていくと、猶さんはことあるごとに言っていた。
好きにしたらいいと、俺は思ってた。
書いた曲は俺のものだけど、売る曲は猶さんのものでもあるので。
猶さんに全部を任せてるから、俺はこうして余計なことを考えずに曲作りに没頭できるわけだし。
ただ、猶さんはずっと、こうも主張していた。
「メジャーデビューは“ラブカ”じゃなく、お前の名前でしてもらう」
“ラブカ”じゃなくて、“波涛萬里”として前に出ろと、猶さんは言う。それによって、問題が生じるのかどうかはわからない。親戚との付き合いもほとんどなかったし、学生時代の知り合いだって、暗くて印象の薄いヤツ、ぐらいの認識だろう。
でも、猶さんは心配しているみたいだった。
ラブカは深海の魚だ。
明るいところに出たら、窒息して死んでしまうかもしれないって。
「バンリくんは、スタッフが美味しくいただきました、のスタッフだからさ」
息苦しいブラックボックスに、ピカピカの声が響いてる。
暖かい手のひらと、隙だらけの大雑把な生き方と。
傷つく心がなくたって、人には優しく出来ると信じてる。
「猶さん、俺……欲しいスタッフ、が、いるんだけど」
番犬みたいな。
かっこいい、正義の味方みたいなひと。
これから俺は、どうやら嘘つきばかりの、針千本の世界にいかなきゃいけないらしい。
音楽ひとつが、好きじゃだめな、槍だらけの外の世界に。そこで俺が、俺を守ってくれる人を見つけなきゃいけないって、猶さんが言ってたからさ。
なんでもいっこ、欲しいものを、くれるんだって。
欲しいもの、いっこだけある。お願いしてもいい?
俺、ネネさんが欲しい。
神様なんか、いらないからさ。
──正義の味方を知ってるかい?
それは勇気のないライオンを
救いに来たブリキみたい
次話より、新章突入です!
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