M08《2》「ネネさんに、お願いがあるんだ」
お、まだデートらしきイベントを進める気はあったんだなぁと思いながら、寧子は萬里についていった。
コンパスが大きくて、女の子と歩き慣れていないのがちょっと可愛げ。足長いもんな~と思いながら、ブランドもののリュックをかつぎなおし、ステップみたいに早足で、隣に立って話かける。
「ねえねえ、さっきいたの、友達?」
「いや、世話になってる人……」
「電車も一緒にのってくれる?」
寧子の問いかけに、萬里はぴたりと足を止めて、少し俯きがちに「……うん」と言った。
「よかった」と寧子は笑う。
それは本当に、心からの気持ちだった。
「渋谷停まる電車ってみんな混んでるから心配だったんだよね~。あの人ならでも、バンリくんが倒れても担げるね。ヨシヨシ」
「寧子さんそれ、なに目線?」
ちょっと笑って、歩みを再開しながら萬里が尋ねた。寧子は笑う。
「よき隣人目線だよ」
「よき隣人か……」
それが萬里にとって本意なのか不本意なのかはわからなかったが、駅前のビルに迷いなく入っていく萬里についていったら、到着したのは思いも寄らぬ場所だった。
「え、えーー!!!」
それは、渋谷では本当に、なんのへんてつもない、よくあるポップアップカフェ、だったけれど。
「メリーさんちゃんじゃん~~!!!!!」
寧子が先日ランダムとも戦いを繰り広げた(結局執念でゲットした)女児向けキャラクターグッズのポップアップショップとカフェだった。
メリーさんちゃんは昔から根強いファンがいる。グッズ売り場にもたくさんの女性達の姿があり、カフェは時間制で予約がいるようだった。
「え、うそ、これ絶対激戦だったよね!?」
興奮する寧子に萬里は無言でVサインを送ってくる。ば、爆イケ~! と寧子はうっかり萬里に惚れそうになった。チョロいので。
いつもよりもずっとかっこよく見えるのは、もしかしてこのせいかも! と現金なことを思いながら、案内された座席について、片っ端からメニューを頼む。
特にラテアートの黒メリーさんちゃんを激写した。
こんなことならネイルもつくってもらってくればよかった~! と寧子は心底後悔をした。ネイルショップ、今日行ってきたばかりなのに。
「もーバンリくん、なんで、なんでこんなよくしてくれんの!? なんだよ~なんか下心あるわけ!?」
感極まった寧子が叫ぶ。
ふ、とそこで萬里が、ジャケットから指先だけだして口元をおさえるように肘をつきながら言った。
「ある、って言ったらどうする?」
「え?」
「ネネさんそれ、はやく撮らないと、アイス崩れる」
間髪入れずに言われて「あー!」と寧子がスマホを構え直す。
下心がある、と萬里は言った。
寧子の好みにシンデレラフィットの、渾身のデートコースを用意して。
それで、下心。
寧子はアイスを食べながら、ちらりと萬里の顔を伺って見る。
綺麗な顔をした男の子は、黙ってテーブルの上にいるメリーさんちゃんの頭を撫でていた。
◉
「あ~楽しかった~!」
結局カフェを満喫したあとは、ゲームセンターでひとしきり遊んで、夕方二人は駅に向かうために繁華街の坂をおりていた。
夕暮れ時の渋谷は、かわらず若者の群ればかり。
特にスクランブル前は、なにかの発表でもあるのか、女子集団でごった返していた。みな、スマホを握りしめて大型ビジョンを見つめている。
「ありがとね~! バンリくん!」
先を行く寧子が、ゲーセンで自分で取った、大きなぬいぐるみを抱きしめて振り返り、言った。
「もう悪いな~~めーちゃ楽しませてもらっちゃって!」
萬里は自分の腕時計を見ている。電車の時間でも確認しているのかもしれない。
「ねぇ、バンリくんさぁ」
スクランブル交差点の、人ごみにまぎれる前に、寧子が立ち止まって、目を細めながら言った。
「なんか、あったんじゃないの?」
「なんか、って?」
萬里が聞き返す。
寧子はとかく、ひとの心がわからない、方だけれど。
それでもわかる時だってあるのだ、と思いながら、目を細めて、言った。
「わたしに、なにか、言いたいこと」
「……うん」
と萬里がまだ、自分の手首を見ていたけれど、時計が十八時を示すその時、顔を上げて、言った。
「ネネさんに、お願いがあるんだ」
お願い? と寧子が思いも寄らない言葉に目を丸くする。
どうやら、愛の、告白ではな、ないらしい。じゃあ、なに?
「うちにきてよ、ネネさん。──俺の、番犬をして欲しいんだ」
は? と寧子が困惑した顔をする。その後ろでは。
大型ビジョンに、浮かび上がる、カウントダウン。
3、
2、
──1。
女性達の、歓声。
そうして流れ出す、音楽は。
──夜が かすれた暗闇なら
君の 声だけ光だった エヌ
ためらうこともなく 駆けだして未来から
その時。
その場所で。
耳に届く、美しい曲調の新曲は。
かつて、寧子の耳に触れたことがあるものだった。通学路線の駅のホームで、倒れ込む萬里の口元から、流れ出たものだ、ということを。
「…………はい?」
やはり、寧子は、まっったく思いあたらなかった。し。
なんなら、かけらも響くことはなかった。
大型ディスプレイに映し出される、目元を隠した男は、その日の、萬里と同じ──ジャケットを着ていた。
ロングピアスが、夕日に照らされる。
そして、堂々たる文字が、大型ディスプレイに映し出されていた。
ラブソングの神様『ラブカ』
波涛萬里
メジャーデビューシングル
ENNE
発 売 決 定
M08 配信者 ウラオモテヤマネコ は、渋谷スクランブル交差点で
完!でし!た!
Xにて、コミカライズ連載中!
「アンラブ」で、検索してみてください♪
https://x.com/ant_loves_x




