M07《2》「うん、デート」
すっかり夏が近づいてくる。夜を泳ぐようにふたりでコンビニに向かう。
「ねえねえバンリくん、いつも家でなにたべてるの。料理とかする?」
「しない。なんだろう……サラダと……パン……ベースなんとか」
「OLか!!??? いや今時OLでももっとマトモなもん食べてるかんね!?」
おねえちゃんが買ってあげようか? とコンビニの中、冗談めいた口調で寧子が言ってみせると、長い前髪の向こうからじっ……と睨んできた。
「そういうネネさんはなにを食べてるんですか」
はて、なに? とカゴの中をみれば、新作チョコミントのスイーツに朝飲むフルーツヨーグルト。加えてアイス。
「健康食かな?」
「冗談。ひとにどうこう言える食生活じゃないよ」
甘いものばっかり、と言ってパンとエナドリをセルフレジに通す萬里。
「そんなことないも~ん。わたしは学食結構、食べるし。親からご飯送られてくることも多いよ。これからの時期は果物が多いかも。桃とか梨、バンリくん好き?」
「食べ物に、好き嫌いはないです」
「じゃあ届いたらわけてあげる。いつもお世話になってるから」
「してないですよ。お世話」
「いいお客さんじゃん」
いや、と萬里が口元をまごつかせる。
「どっちかっていうと……お世話になってるのは、俺の方で……」
言いながら萬里は寧子のカゴからアイスを一袋とりあげた。やっぱりチョコミント味の、モナカのやつ。
「あ、それわたしの!」
「だから。買ってあげます。投げ銭。課金」
「またそうやってお金を使う! じゃあわたしも買ってあげるね。アイスなんでもいい?」
「え、チョコミント以外でお願いします」
お互いに購入しあったアイスを、コンビニの前に出て食べる。
「あのさ~バンリくん、さんざん投げてもらってる配信者として言うことじゃないけど、もうちょっと自分のお金大事にした方がいいと思うよ」
「ほんとだ。びっくりするほど説得力ないですね」
憎まれ口に寧子が言い返そうとしたところで、若い男性グループが、コンビニに寄ってきた。
一団は酔っ払っているのか、大きな声で喋りながら自動ドアから入っていこうとしたところで、ひとりが電子煙草を取り出し、店外端の喫煙エリアに向かう。
その時寧子の、サンダルの足下から短いパンツを見て、小さく口笛を吹いた、ように感じた。
(感じ悪)
寧子は思うが、もちろん顔に出しはしない。目も合わせない。都会に生きる若い女として、危機管理の能力は人並みあるので。
キャップのつばを深めにかぶりなおして、なにごともなかった顔でアイスを食べていると、のし、と肩に重さを感じた。
「なによ?」
ひとを肘置きみたいにしてきた萬里を睨みつける寧子に、顔を近づけて萬里が言った。
「やっぱりネネさん、それ一口ちょうだい」
えっいらないって言ったじゃん!? と思いながら、チョコミントモナカのアイスの、かじっていない部分をぱきりと割って口にいれてやる。
「美味しいでしょ~」
「……口なおす」
「喧嘩売ってんの!?」
「冗談だよ。ネネさんも、一口食べる?」
そうして萬里が差し出してきたのは、ザクザクしたチョコアイスだった。少し考えたけれど、ここでいらないというのもなんだか負けたような気がして、かじっていない端に、小さく歯を立てた。
「あ、おいしい」
「気づいてしまいましたか。緑の草は食い物ではないと」
「だからうるさいっていってんのよ。ミントに失礼でしょ」
ばし、と背中を叩いている間に、声の大きな男達はさっさと出ていってしまった。
寧子と萬里は帰路につく。
「よし、帰ってスイーツ写真上げよ~」
「真夜中ですね」
「食べるのは明日の朝にするからいいの!」
来た時よりも軽やかな足取りで、マンションへ帰る。その道、
「ネネさん」
言われて寧子が振り返る。
大きな月が、萬里の後ろに浮かんでいく。逆光で、顔がよく見えない。
「やっぱり危ないから、夜中にコンビニとか、控えた方がいいと思います。俺、なんならウーバーするし」
「えー置き配で?」
冗談めいた口調で寧子も聞き返してみる。
「そう、もしくはベランダ越しで」
それならお金も支払える。
その返事に、想像したら面白かったから笑ってしまった。ベランダから手渡し。
偶然からはじまった隣人との関係だけど、それでも。
……悪くないって、寧子は思い始めていた。
この関係も。奇妙な隣人も。
そうして一緒にマンションのエントランスを通り、エレベーターに乗り込んで、萬里が⑩のボタンを押した。
「あと、ネネさん」
『開』のボタンから指を離さず、萬里が言った。
「今度の休み、つきあってくれませんか?」
「え、どこ?」
「どこ……渋谷」
「何に? ん? デート?」
ドアが閉まる。エレベーターが動き出す。続く無言。1/2/……
エレベーターのドアがあく。
「うん、デート」
それだけを言って。
じゃあまた連絡するから、おやすみなさい、と萬里が歩いていった。
は……? とエレベーター前に立ち尽くしたままの、寧子はかたまっている。
なんだあいつ。デートっていった?
なんで? ……チョコミントも食えないくせに?
そんな、我ながら脈絡のないことを思いながら、少し時間差をつけて、わざとゆっくり寧子は自分の住む部屋に帰っていった。
チョコミントのロールケーキを、冷蔵庫に押し込んで、うなだれながら。
少しだけ赤くなった顔は、暑さのせいだということにした。
その隣の部屋でパソコン前まで戻ってきた萬里は、電気もつけず、まだ少し甘いような気がする自分の指先を舐めながら、青白く光るディスプレイを眺めていた。
──教えてあげる夜はQUEEN
君が歯を立てた月の端
どこまでも甘いグリーンハーブ
次回!来週、デート回です!!
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