M05《2》「いいな……欲しいな、ネネさん、うちに来てくれないかな……」
腕を掴むようにして、寧子は萬里を連れ出すと、ひとまずホームの椅子に座らせた。
「大丈夫? ほんとに誰か呼ばなくていいの?」
電車をおりて安心したのか、萬里は少しだけ呼吸を深くして、目を強くつむったままで言った。
「……過呼吸。人ごみちょっと、苦手……」
でも、しなないから。大丈夫、と萬里が言う。
まあなんて、信用のおけない「大丈夫」だろうと寧子は思いながら、首を回すと近くの自販機で水を買ってきた。
「はい。飲めたら」
萬里の頬につけるとその冷たさが気持ちよかったのか、水をあてたままで、少しだけ笑った、ような気がした。寝言のようにかすれた声で、言う。
「ネネさんって、かっこいーね」
「は?」
「強くて……番犬みたいだ……」
「いや、ひとのこと犬にしないでくれる!?」
思わず、急病人相手なのにつっこんでしまった。
萬里は斜めになっていた身体を起こすと、ひっぱるように寧子の手首を引いて、隣に座らせた。
「!」
突然のことに寧子は驚きこそしたが、それより冷たい指先が気になった。水に冷やされた、というだけでもないのだろう。
萬里はまだ目を閉じたままで、まだかすれた声で言った。
「ネネさん、なんか喋って……」
「え、なんかってなに? 名前とか呼んだらいいの? 年齢とか聞く!?」
「そんなに切羽詰まってない……雑談配信、聞きたい」
「はあ? お題もないのに話せないよ。なんかないの、そっちが」
「お題、お題か……」
「うん。ちゃんと、コメントで投げてきて」
寧子の命令にくつくつと喉の奥で笑うようにして、目を閉じたまま、お悩み相談の口調で萬里が喋り始める。
十七才、高校三年生です。
人混みが苦手です。
中学校の時に、そのせいで学校いけなくなっちゃって。
今は通信、たまに登校すればいいから、なんとかなってんだけど。
疲れてたり、寝てないとまだ、たまに発作が出ちゃって、全然ダメです。
「は? 寝な!?」
つらつらと離す萬里に、寧子は思わず強い口調で言っていた。
「まず寝なよ! それからだよ、あとちゃんと食べな!」
ぐ、と萬里の手首をつかむ。節ばったそれは、骨と皮だけとは言わないが、片手でぐるりとまわせてしまうくらい細い。
「若者、こんな細くてどーすんの、全然食べてないんじゃない!? エナドリもほどほどにしないと心臓によくないって言うよ!」
思わずオカンになってしまった。
ふふ、とまた萬里が笑った。
手の中で、脈がうつ。
冷たい手が、ゆっくりと熱を戻していく。
「いいな……欲しいな、ネネさん、うちに来てくれないかな……」
「あのね、もういるから! 隣に!」
含み笑いが重ねて聞こえる。
「いるかー……隣に……」
お得だね……と言いながら、萬里が寧子に、肩を借りた。黒い頭が、肩に軽く体重をかけてくる。
野良猫がなついてくるような、変にいじらしい仕草が、嫌ではなかった。
されるがままに寧子がなっていると、萬里の口元が小さく声をあげる。
「?」
なにかを伝えようとしているのかと寧子が思って耳を澄ますが、どうやらそうではないらしく。
口ずさんでいる、のは。
「なんの歌?」
寧子が聞く。メロディ、だと思った。ラ、ともタ、ともつかない、言葉にならない歌の。
「なんの歌かなあ……」
萬里が答える。でも、まるで寝言みたいに、うやむやとして。
「わかんない」
「わかんないの」
うん、と小さな子供みたいに萬里が言う。
「ごめんね、ネネさん。もうちょっとだけ、こうしてて……」
別にいいけど。
萬里の口元が、何度も、何度も同じメロディをなぞる。
いい、曲だな、と、あまり思ったことのないことを、寧子は思っていた。
言わなかったけれど。
──♪
♪♪
M05 炎上ゲーム配信者、電車で急病人を助ける
でした!
ブクマ・評価・反応ありがとうございます!
少しずつ近づいていくふたりのきょり……というやつです。




