M05《1》「ごめんなさい、席譲ってもらえますか!?」
《もう一回、話せないか》
はれものみたいに既読をつけられない、そのメッセージを見ながら、寧子はため息をついた。
「やめやめ」
考えることをやめて、スマホを鞄にいれて家を出た。
相変わらず隣人との交流は続いている。基本は配信とその客、たまにマンションで顔をあわせればしょうもない会話をして、相変わらず寧子は隣人が「なにする人」なのか知らないし、隣人は寧子のどうでもいい配信を本当に楽しみにしてくれているらしく、常連となりつつあった。
それなりに上手くやっているつもりだった。「どうなることかと思ったけど、そんなこともあるんだねぇ」と友人のチリもあまり興味がなさげに見守っている。
電車に乗りこんだところで、チリから連絡が入った。
《速報~!今日の二限臨時休講でっす!》
「げ」
思わず声が出た。なんだよも~、電車に乗る前だったら、あと二時間は遅く出られた。
突如として空いた時間にチリを誘ってランチにでも出ようか、それとも途中下車して買い物でもしてからいくか……と考えていたところで。
電車の中に、見知った横顔を見つけた。
寧子が動きをとめる。
(バンリくんじゃん)
大きなヘッドホンを頭につけて、俯いているけれどその横顔は見慣れたものだった。
ただ、新鮮に感じたのは、彼がグレイのブレザーを着ていたからだった。
(制服?)
通信制というのがどういう学校か寧子は知らなかったが、登校日があるのかもしれない。
萬里と電車で会うのははじめてだった。
いや、萬里の方からは前に大声の会話を咎められたことはあるし、はじめてではないのだろうが、寧子の認識では、はじめて、だ。
通勤のラッシュを終えた車内は空席こそないが、立っている人間もそう多くはなかった。
マンションで声をかける調子で考えもなく近づきながら、寧子は眉をひそめた。
(ちょっと、顔色、悪くない?)
猫背の背中を丸めているのはいつものことだ、けれどつり革に体重をかけるみたいにして、なにかに耐えるように必死にスマホを覗いている。
「バンリ──」
そう、寧子が声をかけようとした時だった。
俯く萬里が、耐えきれないようにつり革を手放し、その場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと!?」
慌てて寧子がその肩をつかむ。「バンリくん!?」声をかけるけれど、一瞬萬里の目が、前髪の下で丸くなった気がした。手が、ヘッドホンをとる。
けれど、ぜ、と短い息を吐くだけで、萬里は返事らしい返事をしなかった。
「ごめんなさい、席譲ってもらえますか!?」
前の席に座っていたサラリーマンに寧子が言うと、サラリーマンは驚いたように立ち上がって譲ってくれた。寧子は御礼を言って、座席に萬里を座らせた。
「大丈夫ですか? 駅員さん呼びましょうか」
隣の席の若い女性が声をかけてくれる。
一瞬寧子も迷うけれど、触れた肩の振動から、小さく萬里が首を振るのがわかった。
口元をおさえている、顔色はやはり青い。その時、電車が次の駅に到着して、すぐそばのドアが開いた。
「降りれる?」
今度は頷き。なんにせよ、マンションに戻る時は逆方向の電車に乗らねばならないし、病院に行くにもタクシーなどをつかった方がいいだろう。
寧子は、細い身体を抱えるようにして電車から降りた。
少し短めですが、更新週末にはやめに!




