表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思し召し  作者: もい
16/19

居酒屋は混んでいて予約なしでは入れなかった。ポーチだけ受け取って店の外に出る。


外は静かだった。

夜が一段、深まったように感じて空を見る。

黄色い、欠けのある月が夜空に煌々と浮かぶ。


居酒屋と隣の店の間の狭い路地に気づく。あれ?こんな道あったっけ。


見ると、そこに子供が二人立っていた。

小さな男の子と、ようやく歩くような年頃の赤ちゃん。男の子の手にはクマのぬいぐるみ。

子供がこんな夜にどうしてここにいるんだろう?迷子かな。とあたりを見ても、親の姿は見えない。

…ほっとけないよね。

優美ちゃんが私の腕に腕を絡めたように感じた。

優美ちゃんの姿が目に入らない。


私は小さな二人と目線を合わせるようにしてしゃがんだ。

「こんばんは。僕たちどうしたの?」

お兄ちゃんの方が私を見る。幼児特有のぷくぷくのほっぺが可愛い。指でつつきたくなるなあ。しないけど。

「あのね、ママがいないの」

ああ、やっぱりはぐれたのか。

「はぐれちゃったんだ、困ったね」

「うん、赤ちゃんも泣いちゃうの。僕も」

男の子の目にぷくりと涙が浮かぶ。よく見ると、赤ちゃんの頬にも男の子の頬にも涙のあとがあった。ひとしきり泣いて落ち着いていた時らしい。

「そっか、不安だったね。でも、ちゃんと赤ちゃんを見てたんだね、えらいね、お兄ちゃん」

頭を撫でると、男の子は撫でる手に頭をグリグリ押し付けてきた。

きっと不安だったのに、お兄ちゃんだからと我慢してたんだろう。かわいい。

「うんうん、頑張ったね、えらいね」

私はたまらなくなってその子を抱きしめてしまった。よその子に勝手にさわって通報されないかしら、世の中世知辛いし。でも衝動を抑えられなかったんだ。可愛すぎて。

小さな男の子は、抱きしめるとびっくりするほど小さくて。

抱きしめられたことに驚いて体を硬くする様子も可愛くて。

ゆっくりと背中を撫でると、だんだんと体の力が抜けて、身を預けてくるのが愛おしかった。


赤ちゃんが、「自分も」というように、しゃがむ私の膝に手を置く。

「あー」と催促するようにお話する赤ちゃんの頭を撫でる。うわ、赤ちゃんの頭ってこんなに柔らかいの?フワフワだわ。髪もやわいけど頭自体もやわい。

「あう」

赤ちゃんが膝によじ登ろうとする。頭が大きいから、後ろに倒れそう怖い。

「あのね、赤ちゃん転んじゃいそう。一回ちゃんと立てる?」

男の子が、しょんぼりと視線を伏せて渋々立ち上がる。わあ可愛いなぁ。お兄ちゃんだから我慢するんだ。ごめんね。

私は赤ちゃんを抱っこすると片手を男の子に広げた。

「おいで」

男の子が腕に入ってきて、きゅう、と抱きついた。

両手に花!

「ママはどこでいなくなったの?お姉ちゃんが一緒に探すよ」

「わかんない。寒いな、って思ったらもう暗かったの。ママはいなかったの」

「そっか。パパは?」

「パパ?わかんない」

「そっかぁ、じゃあ、二人で頑張ってママを探してたのね」

「うん。でもママいないの。くまちゃんが、ママを作ればいいっていうけど、僕たち、ママがいい」

くまちゃん?

私はクマのぬいぐるみをみた。

うわー、正直可愛くない。しかも汚い。これ、一回洗濯して綺麗にしてから抱っこしてほしいわ。病気になりそう。

「くまちゃん、ずっと一緒にいたの?」

「うん、でも、だんだん、違うの」

ああ、持っているうちに汚くなってきたのね。

「そうか、そろそろくまちゃんもお風呂に入れてあげないと、病気になっちゃうねぇ」

「くまちゃん、汚いから病気なの?」

「そうだねぇ、汚いと病気になっちゃうね」

アレルギーとか怖いよね。ダニもいそう。

ブルっと気持ち悪さに体が震えた。赤ちゃんがむずがるように顔を肩にグリグリと押し付ける。眠いのかな。

「汚いのは、お姉ちゃん、いや?」

「嫌だね」

「じゃあ、もういらない」

男の子はなんの躊躇もなく、クマのぬいぐるみを放り投げた。

「ええ?いいの?大事なんじゃないの?」

「一緒にいてくれたから、抱っこしてあげただけ。くまちゃんはうるさい」

「そうなの?」


くまちゃんはかなり遠くに投げ飛ばされたのか、なくなっていた。

しゃがむ体勢がキツくなり、私は膝を地面につけて、赤ちゃんを抱き上げ、男の子を抱き抱えた。赤ちゃんは私の服の肩のあたりを口に含み吸い始める。なんか、ごめん。

男の子は、私のささやかな胸にぺたりと頬をくっつけている。


柔らかい赤ちゃんの感触と、ぺたりと甘える子供の重み。両方が愛おしい。


急にいままで姿の見えなかった優美ちゃんの気配を感じた。肩に優美ちゃんのほっそりした手の感触が戻ってくる。

「紀久ちゃん、ありがとう。やりやすくなったわ」

声だけが耳元で聞こえて。

優美ちゃんの、美しい声が聞こえた。

ひょーともほーとも聞こえる、美しいロングトーン。一音一音色が違うその音は、人の声とは思えない音色を含んでいて。


ほわりとあたりが明るく暖かくなってくる。

優美ちゃんの美しい声が響くたび、あたりが明るくなっていく。夜とは思えない明るさを不思議に感じて空を見ると、夜空に燦々と太陽のような光が広がっていた。気持ちがいい。

男の子も赤ちゃんも、私の視線を追うように空を見上げた。

「あったかいねぇ」というと、二人は顔を見合わせて首をかしげた。

「あったかくって、気持ちがいい」

気持ちが溢れて言葉になった。

「あったかいの?」

男の子が私に聞く。

「うん、ポカポカして気持ちいいね」

「気持ちがいいの?」

「うん。暖かくて、明るくてしあわせだねえ」

赤ちゃんが私の顔をじっと見ていた。可愛くて可愛くてつい微笑んでしまう。黒目がちの大きな目がうるうるとして、綺麗だった。

キュンとして赤ちゃんの柔らかな髪に頬擦りをする。くすぐったいのか赤ちゃんがむずかるように顔を肩に擦り付ける。

「可愛いねえ。眠くなっちゃったかな?暖かくて気持ちいいものね」

紅葉の手が、光の方へ伸ばされる。

そうだよ、明るい方へ。

「あう」

赤ちゃんがフッと腕の中から消えた。

ああ、行ったね、と思った。不思議には思わなかった。

「赤ちゃん、行っちゃったの?」

男の子が驚いたように私に聞いた。

「行ったねえ。ママを探して疲れて眠くなったから、行ったんだね。君は?」

「りくはね、りくはママを探さなきゃ。探さないとくまちゃんがね怒るの」

「くまちゃんが怒るの?」

「そう。ママを探さないなんて悪い子だって」

「怒るくまちゃんの方が悪い子だね」

「そうなの?」

「そうだよ」

「もう、くまちゃんはいなくなったよ」

いつの間にか浩くんがそばにいて、私のそばに座り込む。力が抜けたように。

優美ちゃんの声が掠れて、長かった一音がだんだんと短くなっていた。力尽きていくように。

「お兄ちゃん」

「また会ったね、りくくん」

浩くんが私の腕を捕まえている。

「もうくまちゃんはいなくなったよ。赤ちゃんもお空に還ったよ。だから君も行こう。あるべきところへ。明るい方へ」

「ママ、いる?」

「どうだろう」

浩くんは首をかしげる。

「ねえ、りくくん、君はまだここにいたい?ママはいつ戻るかわからない。もしかしたら戻らないかもしれないよ。それでもこの暗いところで待っていたい?」

「やだ。もう暗くて狭いところはやだ。お腹が空くのも痛いのも怖いのもやだ」

「うん、だから暖かい方へいこう。明るい方へ行こう。見えるかい?」

男の子が私から身を離し、明るい方へ手を伸ばそうとして、不安そうに振り向いた。

「大丈夫。暖かくて気持ちがいいよ。いきなさい」

励ます言葉がするりと溢れた。

男の子はもう一度光の方をむく。そしてその小さな手を光へ伸ばして


私の意識もそこで途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ