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思し召し  作者: もい
15/19

寮で荷物をまとめる。まとめると言っても私物はほとんどないから、あっという間に終わってしまった。


あ、このバスボムよかったな。このラインのヘアケア用品すごくよかったから、次買ってみよ、と思いながら、ぼんやり部屋を見渡す。


カバンの中に龍与さんからもらったメイク用品も詰め込もうと手に取った。あ、あの居酒屋にポーチを取りに行かないとな。いつ行こうかしら。でも、今は、これがあるし、急ぎではない。


私はポーチを見て、そして整えられた部屋を見渡す。

これは、曽祖母への対価だ。

もうたくさんもらったし、これ以上は何もできない玄孫には重い。


ぼんやりしていると、優美ちゃんがノックもせずに入って、

「なんでもう帰っちゃうの!?」と抱きついてきた。

うう、優美ちゃんが可愛い。

「明後日仕事だからね。食料とかの買い出しとかやることを思い出して」

「そんなの明日の帰りにスーパーによればいいじゃない」

「作り置きもしないといけなくて」

「そんなの、ここのキッチンでやればいいのよ。私も手伝うから」

「いやいやそこまで甘えられないし。部屋の掃除も終わったしね」

「今日帰るってわかってるなら、仕事キャンセルしたのに」

「優美ちゃん、さすがにそれは島崎部長に叱られるよ」

呆れを含んだ浩くんの声に、優美ちゃんがベーっと舌を出す。そしてもう一度私をぎゅっと抱きついた。

「紀久ちゃん、淋しいわ。明日はたくさんお話しできると思ったのに。仕事から帰ってきたら、紀久ちゃんは浩くんとお出かけしていないし。もう帰っちゃうっていうし。淋しい」

淋しがってくれるのが嬉しい。

「私も淋しいよ、優美ちゃん」

「お買い物楽しかったね」

「うん、楽しかった」

「優美ちゃん」

浩くんが、優美ちゃんと私を引き離す。何よ、と優美ちゃんの声が一段低くなった。

「紀久ちゃんのうちに烏帽子が湧いたんだ。一緒に行って浄化してほしい。数が多くて俺には手が余る」

「烏帽子?お掃除入ったのに?」

「うん、その認識阻害がされていて、チェストが視えなかったみたいなんだ。それでチェストの裏にぎっしり…」

私は優美ちゃんに耳打ちする。

「下着が入ってたから、ちょっとやだなって思っちゃったの」

「そっかぁ、それはやだよね。わかったわ。でも、私のお仕事って派手だから、紀久ちゃん引かないでね」

「優美ちゃんの仕事は綺麗だよ」

浩くんがそれを思い出すように言った。


なんか面白くない。


「紀久ちゃん、今日のお夕飯はどうする?食べていく?」

「…ううん、大丈夫」

「そう?ああ、でもあんまり遅くなると、烏帽子が増えすぎちゃうか。じゃあ、ちゃっと行って、サクッと終わらせて、ご飯食べに行こ!」

「うん、いいね。あ、割り勘にしようね。今日は龍与資金も高良資金もなしだからね」

「…島崎資金は」

「もっとなしだよ!」

全くこの子は。甘やかされすぎじゃない?


荷物を持って廊下へ出ると、瀬越さんが突撃してきて、浩くんの背中にのしかかった。


前のめりに倒れそうになった浩くんが、思わず、というように瀬越さんを背負い投げしたが、瀬越さんは綺麗に受け身をとって立ち上がる。思わず、おー、と称賛して手を叩くと、得意げに礼をした。なんかうざい。

「危ないよ、瀬越さん」

浩くんの小言は華麗にスルーだ。

「なになに、3人でどこ行くの?ってあれ?その荷物ってもう帰っちゃうの?友好を深めてないのに。てか俺も行きたい。一緒に行っていい?」

え、ウザ。

「そうだ、ねえ、連絡先交換しよ。そして合コンしよ、ね、合コン」

「瀬越さん、さすがに引いてるよ」

「うっせぇわ、浩。お前は連れてってやらないし。俺にだって一般の友達いるし?」

「瀬越さん、あんまり紀久ちゃんを困らせると、龍与さんに言いつけるよ?」

「…千鳥さん、可愛い顔してえぐいこと言わないで。でもね、出会いがね」

「…別なところで出会ってください」

私も優美ちゃんを見習って、笑顔で拒否をした。

結局押し切られるように瀬越さんも一緒に行くことになった。なんか瀬越さんに自宅をしられるのやだなあ、と思ってたら、優美ちゃんがとってもいい笑顔で、大丈夫、と請け負う。

「絶対に自宅に突撃とかしないしできないから。てか、紀久ちゃんが招かない限り、瀬越さんはもう2度と紀久ちゃんのお家に辿り着けないから大丈夫」

えっと、そうなんだ?

まあ、うん。納得しとくわ。


龍与さんたちに挨拶を、と思ったけれど仕事が忙しいらしくて外せないとのことだった。もう、会うことないだろうから、ちゃんと挨拶したかったのに。やっぱり明日にするべき?

でも、でも。

なんか、今日行かなきゃいけない気がするの。


運転は瀬越さんが請け負った。

車に乗り込む。あ、このメンバーでご飯なら、あの居酒屋とかいいかも。ポーチも取りに行きたいし。ああ、でも、あそこで浩くんたち危ない目にあったんだよな。今日はやめておこう。


紀久ちゃんのおうち楽しみとはしゃいでいた優美ちゃんが、寮の敷地内から出てからしばらくするとすごく静かになった。

あれ?寝ちゃったのかな。


私とは反対側の窓に顔を向けていた優美ちゃんが、急に声をあげた。

「ねえ、紀久ちゃん。寄るところ、あるでしょう?」


「え?ううん、べつに」

「ポーチを忘れたんでしょう?」


私は優美ちゃんにポーチのことを話していない。

「はやく取りに行きましょう」

優美ちゃん?と問いかける。彼女のいつもの柔らかな雰囲気がない。


どうしよう。優美ちゃんが怖い。

「べつに、いつでもいいし」

「今、行きましょう」


怖い。優美ちゃんから、逆らってはいけない何かを感じる。怖い。


浩くんが、ギギ、と音がなるような硬い動きで後部座席を振り向いた。優美ちゃんを見て息を詰める。

「紀久さん、どこにいけばいいの?優美ちゃんに神様が下りてる。早く言って。優美ちゃんが耐えられなくなる」

「え、え、あの、あの居酒屋に」

怖くて怖くて怖くて涙が流れる。

「居酒屋?栄町の?」

「うん、浩くん、拾ったとこ」

絞り出すようにして答えると、ずしりと重かった車内の空気が一段、軽くなった。

「じゃあ、寄ることにしよう」

その声は優美ちゃんの声ではなかった。


ふっと圧が消えて、優美ちゃんの手がパタリと膝から落ちた。


気がつけば、車は路肩に停められていて、瀬越さんがハンドルに顔を伏せ、神圧、やばい、怖い、とぶつぶつと呟いていた。その肩は小刻みに震えている。


浩くんも、真っ青な顔で肩で息をしている。


私の頬も、腹の底から湧き上がる畏怖の感情で込み上げた涙で汚れていた。

「…千鳥さんは無事か?」

微かに震える声で、瀬越さんが聞くと、浩くんは、チラリと優美ちゃんを見て

「うん、多分、寝てる」

と答えた。その声も震えている。


「っこえー。神がかりをこんなに近くで当てられるとは思わなかった。スッゲー怖かった見て、手が震えてる!」

「紀久さん、大丈夫?」


首を振る。全然大丈夫じゃない。すごく怖かった。怖いという言葉じゃ軽いくらい怖かった。


浩くんが助手席から手を伸ばして私の手を握った。


「怖かったね。もう大丈夫。優美ちゃんから神気が抜けたからもう大丈夫だよ」

「おい、おおい。どさくさに紛れて女の子にさわんなや」

「痛っ!ちょっと、傷口どつくのやめて?!」

「うるせーセクハラ野郎」

「誤解だから!」


車内の空気が軽やかになる。瀬越さんが、ぐずり、と鼻をすすり、はーっと大きく深く息を吐いた。


「またあの現場かぁやだなぁ」

「そうだね。なんの対策もしてないし」

「え、それならまた日を改めて」

「「それは絶対にダメ」」

二人は同時に私を振り返って否定した。


「早いとこ行こうか。とろとろしててまた神下りが始まったらやだ」

「そうだね。あ、久万里課長に連絡する」

「あ、そだな。もしかして安代係長もいた方がいい?」

「うーん、そこは何も言ってなかったから大丈夫かな?わからないけど」

「一応、安代係長も別便であっちにいってもらうか」

「そうだね」


浩くんの声も瀬越さんの声も普段のものに戻っていく。私もハンカチで目を抑えて深呼吸をする。だんだんと怖いという気持ちがなくなっていく。

うん、もう大丈夫。

「紀久さん、」

浩さんが私を振り返る。

「また、俺たちの仕事に巻き込んじゃったみたい。申し訳ないけど、付き合ってもらうね」

そして、私をじっと見つめる。

「絶対に、守るからね」

「なに格好つけてんだ、浩の癖に」

瀬越さんが、浩くんの頭をパーン、と叩いた。


国道へ出てしばらくすると優美ちゃんが目覚めた。

そして、

「山の神様子ども好きみたい」

とだけ言ってまた目をつむる。

私は意味がわからなかったが、前の二人は納得してた。


車が繁華街に着いた。優美ちゃんは、その頃には顔色は少し悪いが、いつもの優美ちゃんだった。

駐車場に車を停めて4人で歩く。男性二人は周囲を警戒しているが、優美ちゃんは興味深そうにあたりを見ている。まだ早い時間にも関わらず、酔客が、お姉さん可愛いね!と言って通り過ぎていった。

「私、こういうところも初めてなの。いつも、会社の親睦会は寮の食堂だし」

「そうなの?外に飲みに行かないの?」

「うちの会社の社員って個性的だから、外で親睦会なんてやったら…恐ろしい」

なんだ、それ。

「じゃあ、今度飲みに行こっか」

軽い気持ちで聞いた。濁らされても、そっかぁで流せるくらいに軽い気持ちで。

「うん、絶対よ!その時には浩くん連れてきてね。私車の運転できないし、飲みたい!」

「…いいの?」

「なんで紀久ちゃんが聞くのよ。誘ったの紀久ちゃんでしょ」

浩くんが、私の顔を見て首を傾げた。

「なんか、不思議な顔してるけど、断られると思ったの?」

「うん。…遠いから無理とかって言われるかもって」

「断るわけないじゃん。貴重な、外飲み!」

瀬越さんが浩くんの肩に腕を回してぶら下がる。ちょっと、重いってと浩くんが抗議する。

「てか、その時は俺も誘ってよ?運転は浩だけども、俺も行くから」

瀬越さんを誘うのは置いておいて。

「なんか、もう三連休が終わったら会わなくなるんだろうなって思ってた」

掃除が終わったら。

曽祖母への対価を払い終わったら。

もう、会わなくなるんだろうなって。

「そんな寂しいこと言わないで?」

「そうだよ。えっとね、俺たち一般の人から見ると」

「その一般の人ってやつ。それで、線を引かれてるって思って」

「そうなんだ。ごめん」

膨れっ面で浩くんを見ると、浩くんは目を泳がせた。あ、成人女性がする表情ではなかった。すまん。

「ええと、他の人から見るとやっぱり少しずれているみたいでさ。仲良くなってもだんだんと距離ができて疎遠になることが多くて。慣れていても、やっぱり堪えるんだ。だから、自然と線を引いてしまうこともあって」

「そうなの?」

「そうなの。あと、紀久さんは素地があるから、俺たちといると視えやすくなるみたいで。怖がらせるのはいやだなと。線を引いて見えたのはそのせいだと思う」

「なるほど?」

「私は線を引いてないわよ。線を引いたのは紀久ちゃんでしょ」

優美ちゃんが、プンと顎をあげた。瀬越さんが笑っている。

「線を引くとか、なんの話?いいじゃん、仲良くご飯食べにいこうぜ」


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