オレは『新実 健二』。中二男子で『心剣士』だ。
夏の快晴の昼間に、魔物の巣食う森を歩く。
魔物が居着く前は人が入ってたから、茂った低木や草を縫うように踏み固められた道がある。大勢が通るには狭い道は、先頭の大鉈を持った兵士たちが茂みを切り開く。
陽光は葉の隙間から差し込む程度で、真夏にしては涼しい。重装備の人たちは、それでも暑さに汗だくだけど。
かく言うオレの服は軽装も軽装。中学校の制服、半袖のワイシャツに黒のスラックスに黒のスニーカーである。動き易さ重視の戦闘スタイルだから、防具は要らない。
武器は、腰に小剣と突剣をさげる。
小剣は、愛妹に気持ちを込めてもらった『愛妹護剣』だ。たった一週間で準備した急造品だけど、二つ角の魔物くらいは楽勝だろう。
突剣は、ここの前任の隊の兵士の遺品だ。
この突剣の持ち主は、農村出身の少女兵士だったそうだ。記憶の姿は、純朴な三つ編みおさげに廉価品の鉢型ヘルムを被っていた。
前任も同規模の隊で、森に入って魔物の襲撃に遭って、半数が亡くなったと聞いた。
魔物の襲撃に隊列が乱れて、戦うか撤退するかで隊が割れたとき、残って戦うことを選んで、戦死した。正義感が強く、農村の暮らしを慮る優しい少女だったらしい。
特定の魔物に効果的な『思い』は、その魔物に直接的な関係のある、特に殺された人の遺品が多い。理屈は分かるけど、否応なく最期の記憶が見えてしまう『心剣士』には、遣る瀬無いところだ。
「……」
血の跡の滲む柄を握り、細鞘から突剣を抜いてみる。角ばった杭状の刀身をしてる。先端が折れて半ばは歪んでるけど、問題ない。
心剣士が武器とするのは、武器そのものじゃない。そこに残った強い『思い』だ。
「どうかされたか、新実殿?」
レオンが周囲を警戒しながら声をかけてきた。
オレに同行するのは、レオン率いる騎士兵士のレオン隊五十名である。金属鎧や大型武器を装備する人も多く、金属同士が打ち合う音がガチャガチャと森に響く。
隊列は、組んでるような組んでないような、雑に見えるように不揃いに組んでいる。襲いやすそうな弱い隊と思わせて、魔物どもを誘き寄せるための罠である。
森の中に身を潜めた、たったニ十体ほどの魔物を見つけるのは、簡単じゃない。人間側は、あの手この手で誘き寄せるのが定石だな。
コンブ率いるユーナベルム隊五十名は、別ルートを捜索中だ。チェックポイントとその通過時間を決めて、二隊別々のルートを練り歩いて、森の中央を目指す感じの作戦だった。
オレは、ちょっと考えてから答える。
「武器の調達、難しいお願いして申し訳ないっす」
レオンが、精悍な笑顔で答える。
「礼を言うべきは、こちらだ。『心剣士』殿の魔法は、戦いに命を落とした者の最期の願いを叶えるものだと、救いだと自分は考えている」
「いやぁ~。そんな大層なもんじゃないっすよ~」
オレは、そんなに褒められると照れてしまうな。
◇
ガサリ、と茂みから音がした。
隊列の先頭で、大鉈を持った兵士たちが茂みを切り開いて、森の中の道を広げている。だから、茂みがガサガサと鳴って不思議はない。
でも、音の質が違った。無造作に枝葉を断つ音じゃなくて、慎重に様子を窺う音だった。
魔物が近くにいる、と雰囲気の変化で分かる。
レオンの目付きが鋭くなる。背負う大剣を無造作に握り、固定用の革ベルトから外す。
「ギャウッ!」
茂みを激しく鳴らして、魔物が飛び出した。
ハゲで痩せて腹の出た、手長短足の赤銅色のオッサン、みたいな見た目だ。一つ角の魔物だ。頭に一本角、尖った耳、赤一色の目、武器は手の爪に小汚い牙、ってところだ。
一つ角ですら、人間より強い。訓練を積んで武装した人間が数人掛かりで互角。
レオンが無造作に大剣を振りあげる。無造作に振りおろす。
「ギギャッ?!」
大剣が赤銅色の肩口に食い込んで、一つ角が小汚い断末魔で、消えた。
魔物を倒すと消滅する。角だけが残る。
人間一人では一つ角の魔物には勝てない、ってわけじゃない。要は、訓練を積んで武装した人間数人よりも強ければ、人間一人でも勝てる。
魔法なしでその強さ、ってのは凄いが。戦闘向けの魔法が使えれば、もっと簡単に達成できるが。
『ギャッ! ギャッ!』
草木を激しく鳴らして、周囲に魔物どもが姿を現した。数は、十体程度。
「冷静に! 日頃の訓練通りに! 自分たちには『心剣士』殿がついている!」
レオンが力強い声で指示を出した。
リーダーがこれだけ頼もしくて、隊が狼狽えるわけがない。オレは二つ角に集中しよう。
◇
バキンッ、と木の割れる音が頭上から聞こえた。
オレは右手に突剣を握り、素早く頭上を見あげた。
木の幹を蹴って、何かが木から木へと飛び跳ねる。動きがトリッキーで、目で追えない。辛うじて、赤黒く細く骨ばった逆関節の脚を認識できる。
二つ角の魔物だ。
二つ角の魔物は、並の人間じゃぁ太刀打ちできない。討伐には、強い魔法使いと、その護衛の兵が必要だ。
まぁ、オレは特に強い魔法使いだから楽勝だけどな。
一際強く蹴る音がして、木の一本が大きく揺れた。オレの方に何かが飛んできた。
速い。初見で避けるのは難しそうだ。
でも、オレは、少女の記憶で前以て見てる。だから知ってる。
二つ角の骨ばった腕の先端の鉤爪が、オレの眼前に迫る。飛びかかって鉤爪で顔面を狙う、それも少女の記憶で見たから知ってる。ワンパターンな攻撃をしゃがんで避ける。
二つ角は、オレを通り過ぎて背後に着地した。オレは、しゃがんだまま腰を捻って、背後の地面に突剣を突き立てた。
この突剣に残る少女の最期の願いは、魔物を討つことじゃなかった。魔物の急襲に混乱した隊では勝てないことも分かっていた。
最期の願いは、魔物を村に近づけないことだった。撤退を魔物に追跡されてはと恐れ、村の場所を魔物に教えてしまうのではと危惧した。だから、死を覚悟して足止めの抗戦を選んだのだ。
心剣士の魔法の効果は、残った願いに準じる!
着地に這いつくばる二つ角に、地面から生えた無数の針金が絡みつく。きつく締めて、地面に拘束する。
「レオンさん!」
「応っ!」
レオンが大剣を両手で握り、高々と振りあげた。身の丈ほどもある大きな刃に、大剣と体格と全身金板鎧の全重量を載せて、大剣を力強く振りおろした。
ゴズン、と鈍い音で、赤黒く、人のような虫のような骨ばった魔物の、骨ばった長い首が断ち斬られた。魔物が消滅して、二股の角が地面に落ちた。
心剣士と灰銀の魔女
第04話 EP01-02 心剣士/END