第18話 EP05-02 灰銀の魔女
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
オレたちの周囲は、『灰銀の魔女』が粒子化した『灰銀色の煙』で完全に囲まれる。夕暮れの日差しが一応は差し込んで、薄暗い。
オレは、『拒絶の蝶短剣』で、半径二メートルの球状、灰銀色の煙の接近を防ぐ。
半袖軍服ミニスカートの美月が、オレの背中に抱きついて、片手で『灰銀の魔女』の頭の位置を指さす。
お堅い軍服の鴉羽が、美月の背中に抱きついて、片手を指鉄砲みたいに握って、美月の指さす先を狙う。
平常心! 明鏡止水!
正気を失ったユーナ王女様=灰銀の魔女である。灰銀の魔女は本能のまま、全てを無差別に貪る。
灰銀の魔女の頭に魔力で衝撃を与えれば、きっと、正気のユーナ王女様に戻る、と思う。それが、オレたちの作戦の全てである。
オレの名は『新実 健二』。
少女が武器に残した強い記憶で戦う魔法使い『心剣士』だ。
◇
美月の指し示す方向が、ゆっくりと動く。まるで、白いアーマードレスの灰銀の魔女が優雅に歩く姿が、想像できる。
美月の指し示す方向に、鴉羽も指鉄砲の向きを追従させる。
「人なら頭が吹き飛ぶ威力でいいな?」
「ユーナ王女様だぞ?! 御尊顔に傷でも残ったらどうするんだ?!」
鴉羽の提案を全力で引き止めた。エリート軍人、容赦なさすぎ!、怖っ!
「ならば小手調べ。小石を投げ当てる程度だ」
鴉羽が指鉄砲の狙いを定める。
「パンッ!」
口で発射音を言って、黒い小石みたいなものが灰銀色の煙に撃ち込まれた。
「……人の形に届く前に消えたわ」
アーティファクトシーカーの美月にだけ、灰銀色の煙の中に、人の形をした薄い煙が見えるらしい。
「……発射音は口で言うんだ?」
オレは割り込んででもツッコミを入れずにはいられなかった。
「いつ撃ったのか、味方に分かるようにな」
鴉羽が聞かれ慣れた口調で答えた。
「次は、人なら頭が吹き飛ぶ威力だ!」
「こちらを見て、くすくす笑ったわ。ワタシたちを敵と認識したみたい」
手加減して勝てる相手じゃない。でもユーナ王女様だぞっ! 二つの感情がオレの中で激しく葛藤する。
「バンッ!!」
オレの答えが出る前に、鴉羽が口で発射音を言った。黒い小石みたいなものが、灰銀色の煙を長く深く捩るように穿った。
直後か、ほぼ同時。バチンッ、と大きな音が鳴った。
「……薄い人の形が、片手で防いだわ。その片手は弾いたけれど、魔力の弾も消えたみたい」
美月が冷静に、見たままを報告した。
「弾かれた手を痛そうに振って、でも、くすくす笑っているわ。人の形をした煙の色が、少し濃くなったみたい」
◇
状況が悪い。
「ユーナ王女が、アーティファクトに呑まれかけているのかも。煙の濃淡が同じになったら、情報が無いから憶測になってしまうけれど、人格が消えてしまうかも。少なくとも、頭を狙えなくはなるわ」
美月の指し示す方向が、ゆっくりと動く。優雅に歩く姿が、見えないけれど、見える気がする。
どっ、どうする? どっ、どうするも、こうするもっ。
「どっ、どうすればいいと思う?」
オレは焦りながら聞いた。
「……名前を呼びかけてみる、とかかしら? 人間としてのユーナ王女の方向に引っ張ってみる、感じね」
そう、そうだ、落ち着け、オレ。
灰銀の魔女の頭に魔力で衝撃を与えようとしてるのは、頭に魔力で衝撃を与えるためじゃない。灰銀の魔女から正気のユーナ王女様に戻すためだ。
「ユーナ王女様!」
オレは必死に呼びかけた。
「僅かに、薄くなった? でも、ダメ」
美月が冷静に解説した。
分かる。これで正気に戻るなら、ユーナベルム騎士の呼びかけで、とっくに戻ってる。
もっと、ユーナ王女様の御心に訴えかける呼び方だ。近く、親しく、気を許す呼び方。
「……コンブさん!」
ユーナ王女様御本人の御提案であらせられたし、気に入ってくださっていた。
「少し薄くなった。あぁ、だけど、また少し濃く戻ったわ」
美月が残念そうに解説した。
これもダメか。
あと一つだけ、本命が残っている。伝家の宝剣の記憶の最後に、ユーナ王女様が口にした、御自らの呼び名。王女としての矜持。御名前の意味そのもの。
自信は、ある。だけど、ダメだったら、後が無くなる。
オレ一人なら、この程度のギャンブルに腰が引けたりはしない。リアルラックには自信があるし、命を懸けるのに躊躇も無い。
問題は、困ったことに、今はオレ一人じゃない。オレの背中に、美月と鴉羽の命が載ってる。
もしも二人を死なせてしまったら、と考えると、怖くて、手が震える。前屈みで、バタフライナイフを構えた手が震えるとか、かなり格好悪い。
「新実、ゲシュペンスト」
鴉羽に、ボーイッシュな声をかけられた。
また鴉羽に気を遣われてしまうようだ。デリカシーは無いのに気遣いはあるんだな。
「あれから、日々の鍛錬は続けているか? ジブンは、レッドローズのチビの御嬢様顔を思い出しながら、厳しい特訓を続けている」
鴉羽が、現状には無関係な話題で、誇らしげだった。
「ワっ、ワタシもっ! 騎士団の強い人にきっ、鍛えてもらっているわ!」
美月が、嬉しさに気持ちが舞いあがって、噛みながら答えた。
オレは、二人とも真面目な優等生だなぁ、と感心した。オレなんて、武器の調達のために走りまわっていたから。オンゲのFPSのバトルフィールドを。
……あぁ、でも
「確かに、内地でレサリアさんに勝つよりは、遥か彼方に楽勝な相手だぜ。勝算だってあるしな」
オレは、オレの臆病を笑いたい気分で、覚悟を決めた。
「よっしゃ! 聞いてくれ。作戦は」
二人に簡潔に、作戦を説明する。
恐怖に、思考が止まっていた。防御に必死になりすぎていた。
ほんの数分だけど、忘れていた。
そうだ! オレは、『心剣士』だ!!!
◇
「いくぞ、新実! ドンッ!!!」
鴉羽の指鉄砲から、バスケットボールサイズの黒い魔力の大弾が射出された。速度は人の手で投げた程度、前二回の銃弾よりは遅く、灰銀色の煙を押しのけながら飛んだ。
「ユーナベルムの! 王女様!」
オレは、伝家の宝剣の記憶で『ユーナ王女が最後に叫んだ名』を呼んだ。正確には、『わたくしは! ユーナベルムの!! 王女です!!!』だ。
「っ?!」
ユーナ王女の姿が、灰銀色の煙の中に薄く浮かんだ。驚いた表情で、忌々しげな目で、こっちを見ていた。
ユーナ王女の頭に向かう黒い大弾を、薄いユーナ王女の姿が、純白の金属籠手の両掌で遮ろうとする。
バチンッ、と大きな音で、ユーナ王女の両金属籠手が弾かれた。鴉羽の黒い大弾は、軌道を逸らされて、灰銀色の煙の中に消えた。
問題ない!
黒い大弾に隠れるように投げた『花の髪飾り』が、この瞬間にユーナ王女の視界に入った。ユーナ王女が、さらに驚いた表情をした。
オレがユーナ王女様に戴いた髪飾りだ。ユーナ王女様と親しかった侍女に、ユーナ王女様がプレゼントした思い出の品だ。
ユーナ王女様の御心に、これ以上に近しいものを、オレは知らない。これでダメなら、後は知らない。
「ちっ!」
灰銀の魔女が舌打ちした。弾かれた金属籠手を振り戻し、髪飾りを叩き落とそうとした。
「バンッ!!」
鴉羽の黒い弾丸が、灰銀の魔女の悪足掻きを弾き飛ばした。
花の髪飾りが、ユーナ王女の胸元に届いた。
心剣士の魔法の効果は、残った願いに準じる!
メイド服を着た少女の幻が、ユーナ王女を抱きしめる。耳元で、ただ一言だけ、囁く。
侍女の最期の願いは、『王女を守りたい』でも、『死にたくない』でもなかった。親しい友と、一緒にいたかった。ただ一言だけ、伝えたかった。
『ありがとう』
メイド服を着た少女の幻は微笑んで、それだけを告げて、消えた。
「……うっ、うっ、うわぁぁぁんっっっ!!!」
ユーナ王女が号泣する。花の髪飾りを両手で握りしめ、その場に力なく座り込み、暗くなり始めた薄紫色の空を見あげて、大声で、大粒の涙を止め処なく流す。
「うわぁぁぁんっっっ!!!」
灰銀色の煙は、いつの間にか消えていた。
周りには、大勢の騎士兵士たちが佇んでいた。誰も逃げなかったのか、大勢が、反応に困って、心配そうに囲んで、ただ佇んで、こちらを見守っていた。
心剣士と灰銀の魔女
第18話 EP05-02 灰銀の魔女/END
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