いよいよ、ユーナベルム奪還作戦が開始される。
森の中の陣地で、人間の軍の陣容を見まわす。
オレの名は『新実 健二』。内地では、中学校に通う中学二年生の、ごく普通の男子。外地なら、少女が武器に残した強い記憶で戦う魔法使い『心剣士』である。
夏休みの終盤に、中学校の制服、半袖のワイシャツに黒のスラックスに黒のスニーカーでいる。腰には、『超戦闘狂少女の思いの残る武器』を数本さげる。
陣容も何も、森の木々、藪、茂み、風雨に削られた地面の高低差で視線が通らず、周囲の味方すら把握が難しい。
「コッチの戦力って、どんな感じっすか?」
オレは、近くで部下と作戦の最終確認をするレオン指揮官に聞いた。
レオンは、いかにも前線の騎士っぽい、無精髭でボサボサ金髪の、オレの親より年下であろう若めのオッサンだ。体格がいいし、顔に大小の傷痕があって、全身金板鎧を纏い、大剣を背負って、戦場で叩きあげてきた感じだ。
レオン隊五十名の指揮官でもある。
名簿に登録する代替の身元を用意できる人数、五十名。内訳は、指揮官レオン、レオン隊のサポート隊員四名、コンブ、ユーナベルムの騎士兵士四十三名、オレ、である。
「兵数は約二万。総指揮は、青雨騎士団の新騎士団長だ。ここ数年は功績に恵まれていない名家の長子の初陣、と聞いた」
おっ?! 落ちぶれた名家のボンボン騎士団長に何とかして手柄をあげさせたい、みたいな感じか? 始まる前から不安になるな。
「自分たちの配置は、布陣の端。騎士団未満の小さな隊を集めた合同部隊だ」
レオン隊も騎士団未満の小さな隊だから、寄せ集めの部隊に交ぜられるのが道理だ。
「知っての通り、自分たちの隊は五十名。単独作戦と違って、参加兵数の誤魔化しが利かないからな。たった五十名で、ユーナベルムの方々には申し訳ない限りだ」
「全くもって、その通りである」
壮年のユーナベルム騎士が、オレとレオンの会話に参加してきた。
「皆が、ユーナ王女様を御守りし共に戦いたいと、従軍を願い出た。その中からの僅か四十三名、選抜が大変だったのである」
壮年のユーナベルム騎士が、高らかに笑った。笑いながら、ユーナベルムの集まりに戻っていった。
ユーナベルムの鎧は装飾のパーツが多くゴテゴテしていて、分かりやすい。
全身金板鎧はマントまで金属製にしちゃったのか?、ってくらい多重で勇壮だ。重装金属鎧も、儀礼用並みの過剰装甲感。軽装金属鎧の急所を守る金属パーツすら、シンプルな円形ではなく、カクカクで尖ってる。
そんなのが集まってる姿は、頼もしいを越えて怖い。中身も猛者猛者しすぎて、纏うオーラがオドロオドロしすぎる。中心にいるのが、灰銀色の長い髪に白いドレスのユーナ王女、今は偽名『コンブ』の美少女ってのが尚更。
◇
「総指揮官が実戦に不慣れな感じっすかね? 魔物側に有利な森の中に布陣したり」
「それはですね」
サポート隊員の一人、深緑色の髪の女兵士が答える。レオン隊の半戦闘員で、普通の円形パーツの軽装金属鎧を纏う。
「平地で戦闘になった場合、ヴォモスを足止め可能な戦力が無いからだと推測できます。森林内部であれば、障害物となる木々と視界の悪さで、こちらの戦力でも十分に対抗が可能です」
「なるほどっす」
言われてみれば、そりゃそうだ。前回は、赤薔薇騎士団がヴォモスを真っ正面から足止めした。あんな超絶戦力が幾つもあるわけないか。
「当然、森林内部での魔物の急襲と、視界の悪さによる友軍との連携の難しさのリスクはあります。どちらのリスクが高いかで、今回はヴォモスを危険視したのでしょう」
「作戦開始時刻だ! 全軍、ユーナベルムの城下町を囲む壁を目指し、前進せよ!」
伝令の兵士が高らかに告げた。
見える範囲だと百人くらいだけど、たぶん二万の兵が一斉に動き出した。森のあちこちで、鳥の飛び立つ羽搏きと、鳴き声が騒がしく響いた。
◇
森の中を歩いて、呆気なく、壁の前に到着した。城下町と森を隔てる、高く堅牢な石積み灰色の壁だ。森の中で魔物の襲撃は、無かった。
壁は大きく崩れている。そこに、たくさんの魔物が立ち塞がる。魔物の先には、廃墟と瓦礫だらけの元城下町が見える。
オレたちのいる方、壁の手前の森は、木々がほとんど圧し折られている。日差しを遮るものは無く、視界を遮るものも無い。
崩れた壁を挟んで、森側の人間の軍と、城下町側の魔物の軍が、睨み合う形だ。
集合した人間の軍は、一万もいなくないか?
「レオン隊長。青雨騎士団の姿がありません」
サポート隊員の深緑色の髪の女兵士が報告した。
「森の中で魔物に足止めを食らったのかもな」
レオンが冷静に答えた。こんな状況で、冷静なのか楽観的なのか分かりにくい人だ。
こんな状況。壁の崩れに立ち塞がる魔物は、たくさん。パッと見で五百体ほど、壁の後ろや瓦礫の陰に隠れてるかも知れないから、目視だけで数を断定するのは危険だ。
三つ角の魔物が数体。二つ角は十体以上。一つ角がたくさん。
一つ角の魔物は、訓練を積んで武装した人間が数人掛かりで互角。見た目は、ハゲで痩せて腹の出た、手長短足の赤銅色のオッサンだ。
二つ角の魔物を討つには、まともな戦力が五十人は要る。全身が赤黒く、体高は大人の約二倍、人間と動植物の中間みたいな見た目のヤツが多い。
三つ角の魔物は、さらに大きくて、動植物に近い姿形をしたモンスターである。単独で強いのは当たり前、多くの二つ角一つ角を率いる。精強な千人の騎士団ですら、討つのは難しい。
その『魔物を率いる三つ角』が、複数体いる。魔物の得意な『障害物の多い閉所』で戦闘を仕掛けるには、戦力比に不安がある。
かといって、崩れた壁を挟んでの睨み合いに、魔物どもが何時までも付き合ってくれるとも思えない。
◇
「青雨騎士団の合流を待つべきではないか?!」
誰かが高らかに提案した。
「待ったとして、森の中から現れるのは魔物どもかも知れぬぞ! そうなれば、我らは挟み撃ちされて危機に瀕する!」
誰かが高らかに反論した。
どちらの意見も妥当で、不毛だ。最終決定権を持つ青雨騎士団長が不在で、結論が出るわけもない。
「レオン隊! 前へ!」
壮年のユーナベルム騎士が、号令を掛けた。ユーナベルムの騎士兵士四十三名が、壁の崩れの前に進み出た。
反応して、一体の三つ角が、他の魔物を率いて動いた。
これは見ものだ。
魔物側の第一陣は、赤黒い大木みたいな三つ角が一体、率いる二つ角二体、一つ角二十体ほど。
人間の軍も、戦闘が始まってしまっては已む無しと動き出す。
ここは言わば、ユーナベルムの地元である。そこでユーナベルムの騎士兵士たちが如何に先陣を切るのか、興味がある。
「盾兵! 構えー!」
壮年のユーナベルム騎士の号令で、大盾を構えた重厚な鎧の騎士たちが横一列に並んだ。魔物どもの突撃を止める防壁を、……否、ダメだ!
四十三名では人数不足か、少人数戦に慣れてないのか、並ぶ大盾の防壁の中央に大きな空きがある。あそこを魔物が通り抜けたら
「あっ!」
案の定、大盾の列の中央を三つ角が駆け抜けた。走る赤黒い大木みたいなヤツで、尖った長い枝を何本も、鞭のように振りまわした。
あの三つ角に盾兵の背中を襲われたら、防壁が崩れて魔物どもが雪崩れ込んで、こっちに大きな被害が出る。
「くっ!」
ここは近いオレがフォローに入るしか
「えっ!?」
大木みたいな三つ角が、灰銀色の煙の塊みたいなものと交錯した。三つ角が消えて、三又の角が地面に落ちた。
「……えっ?」
我ながら、間の抜けた声しか出なかった。
灰銀色の煙が集まって、灰銀色の長い髪に白いドレスの少女、コンブになった。
コンブは頬を真っ赤に紅潮させ、紅潮を見られたくないように、白いレースの手袋を嵌めた両手で覆う。覆った直後に、全身をビクンビクンと痙攣させる。
「ユ、ユーナ王女様?」
「近づいてはダメ!」
心配した騎士を、コンブが強く制止した。コンブらしからぬ、強い口調だった。
「……大丈夫です。わたくしは、大丈夫です」
今度は、自身に言い聞かせるような、弱々しい声だった。
目の前で起きた異様な光景に、戦場が一瞬止まる。
「殲滅せよ!」
壮年のユーナベルム騎士の号令で、再び動き出す。全部隊が、壁の崩れへと前進する。
『ギャッ! ギャッ!』
魔物どもが、城下町の奥の方へと後退を始めた。継戦は不利と判断して、ヴォモス率いる魔物の軍勢の本隊との合流を選んだのだろう。
この場の戦いは、たったの数分で、人間の軍の完勝だった。
◇
オレは、勘違いしていた。
あの『魔城の前庭』での援軍ってのは、ユーナベルムの騎士団が大軍で、戦場のド真ん中で魔物相手に大立ち回りを演じたのだと思っていた。
勘違いだった。今の光景を見て分かった。
コンブが、否、偽名ではなく本名、ユーナ王女が『魔城の前庭』に現れて。戦場の三つ角はユーナ王女を恐れ、四つ角すらもユーナ王女を警戒して、迂闊な追撃を自重したのだ。結果、オレたちは強い魔物に追われることなく、『魔城の前庭』から撤退できたのだ。
オレはユーナベルムの戦い方を初めて見て、常識を超えた力ってヤツを理解した。それが脅威となったときの恐ろしさも、理解した。
心剣士と灰銀の魔女
第11話 EP03-02 ユーナベルムの実力/END