七夕
節句と言えば、三月の「桃の節句」、五月の「端午の節句」が馴染み深い。
日本では代表的な節句を五節句という。
季節の変わり目に無病息災や幸福を願う行事だ。
九月の「重陽の節句」は菊の節句とも言い、日常ではあまり食べることのない食用菊を目にする機会が増えるし、七草粥を食べる風習でおなじみの一月七日、「人日の節句」も五節句に含まれていることを最近知ったばかり。
生まれてから最初に迎える節句、初節句でお祝いをするのも伝統的な文化だろう。
七月七日の七夕もそんな節句の一つ。
「たなばた」という読みが一般的で聞き慣れているけれど、「しちせき」の節句とも呼ぶらしい。
七夕と言えば願い事を書いた短冊や折り紙で作った飾りを吊るした竹を軒下に飾る風習が一番に思い浮かぶ。
その願い事も、今はあまり内容にこだわる人はいないだろうが、機織りをする織姫にあやかって芸事に関する願いが叶うと言われるそうだ。
子供のころ、実家で笹竹を用意して七夕のお祝いをしたことはなく、私の中では保育園や学校での行事という記憶だ。
街中を七夕飾りで装飾して地域振興の一環として利用したり、七夕祭りを大規模に開催している地域もあるから、イベントとしての印象も強い。
仙台の七夕まつりは毎年ニュースで取り上げられるくらい有名だから、その華やかな装飾を見に行ったことがある人も多いだろう。
本来の七夕は織姫と彦星が一年に一度だけ会える日で、天の川で分かたれた二人が無事に再会出来るよう願う行事だ。
ただ梅雨の時期ということもあって、当日に晴れて天の川が見られたことは数える程。
晴天に恵まれなかった年、子ども心に今年は織姫と彦星が会えないのかと心配したものだ。
そんな子どもたちの考えを読み取ったように、地上では雲が掛かっていても二人が会う空の向こうでは晴れていると教えてくれたのは幼稚園の先生だっただろうか。
ここ最近は、当日の天気予報を見て晴れるかを気にしたり、夜になったら空を眺めて星が出ているか確認する程度で、行事とも言えない日になってしまった。
七夕には素麵を食べるという習慣も、気にしたことがあまりなかったように思う。
たまに商業施設などで短冊が用意されたコーナーが設けられているのを見かけることがある。
何年か前、そこに立ち寄って家族や世の中の平穏無事の願いを書いたことが、行事に参加したと言える最後かもしれない。
節句の意味を考えれば、季節の変わり目に邪気を払い、健康や豊作を願うことが一番の目的ということになるのだろう。
何をするのかも大切だし、それと同じくらい、この日に家族や身近な人の幸福を願うことが大切なのだと思う。
それを忘れなければ、節句をきちんと過ごしていると言えるのではないだろうか。
節句の日に改めて日々の感謝をしつつ、大切な人たちが幸せであるよう願うことを続けていきたい。




