風竜の討伐と
後ろの方に少しですが残酷描写があります。ご注意ください。
夕暮れに差し掛かった朱金色の草地、湿地に遊ぶ水鳥たち。とても美しい光景だが、それを見ているわけではないだろう。
「何をやっているのか聞いていいか?」
同じように茂みに隠れながら、ルークが問う。
「ああ、ちょうどいいから見せようと思ってな」
そういってロロディアは抜き身の長刀を構え――――さっと横に凪いだ。
冷たい風が草を刈り、渡る大地すべてを凍らせ、鳥たちを拘束する。そして氷面を滑り移動したロロディアは、そのうちの一羽をわしづかみにし、再び戻ってきた。
「凄すぎて何も言えねえ……」
「寒いにゃ……」
「あ、悪い。そういえば、初心者だったな」
‘おい、今のは’
‘近くに上級者がいるぞ!’
すぐに数人のざわめきと呼び声が聞こえ、近づく気配がした。
ロロディアは再び姿勢を低くし、指で森の奥へと二人を誘う。
「ここまでくればいいか……」
ミーシャとルークがそれぞれ手近な倒木に座るのを待って、彼は凍りついたままの鳥を目の前に放り出す。
「見ろ。風竜の亜種だ」
死んでいるはずの鳥の体が震え、皮膚を突き破り中から三匹の蛇が飛び出した。
逃さぬよう丁寧に薙ぎ払い、灰緑のそれを拾い上げる。
「風竜は白い鳥のような姿で、普段は第一の上空高くを飛んでいるんだが、たまに特殊な個体を産み落とす。小石のような卵は空から降って地面に埋まり、こうして生き物にとりつき、徐々にその体を奪うんだ。そして最後は、殻を脱ぎ捨ててまた再び空へ還る。そうやって強くなっていく」
「人間には滅多に取りつかないが、それでも個体数を減らすにこしたことはない。本当に、竜というのは生命力の強い生き物だよ」
ふ、とロロディアが笑みをこぼす。
「それで、竜人が強くなるにはどうすればいいか?……シンプルに竜としての力を底上げすればいい。ただ、そこには避けて通れぬ問題がある」
「どういうことだ?」
ルークが戸惑う。
「日が暮れたな。一度野営の準備をするか」
ロロディアがすっかり暗くなった空を眺め、そう呟いた。
野営の準備を整え、焚き火を囲むと、遠くから魔獣の遠吠えらしき鳴き声が聞こえてくる。……それ以外は、不気味なほど静かだった。
ルークとミーシャが携帯食料をかじる中、ロロディアは先ほどから革袋の液体しか飲んでおらず、
「食事はしないのか?」
「ああ。昔はよくしたんだが、最近はもっぱらこれだな」
水に水溶性の‘魔核’を溶かしてあるのだという。
「まあ、誰もが知ってることだから言うが、俺は水妖との混血なんだ。それも四分の一だったんだが、水妖の部分が色濃く出ちまって、寿命もエルフ並みに長い。あーあ、メルやティムもいずれ俺を置いてっちまうんだろうな。ま、仕方ねえけど」
そう達観したように呟くと、透明な片方の目に雫が浮かび、頬を流れていく。
「にゃっ」
「だ、大丈夫か?」
驚き慌てるルークの前で、
「何が?ああ、これか……人は目から出る水を特別視するんだったな」
変わらぬ様子で流れ出たものを拭う。
「これはただの老廃物……おまえたちは、‘外’から来たんだろう?」
「ああ」
「幸運だったな」
「どういうことだ?」
ルークが眉を寄せた。その横で、目を閉じて尻尾をパタン、パタンとゆっくり揺らすミーシャ。……眠そうにも見える。
「確かに竜としての気配を感じるが、限りなく弱い……。竜としての力の根源は、潤沢な魔力、そして再生能力にある。ゆえに胎児……腹ン中にいる段階でまずその膨大な魔力に耐え切れず母体がやられ、ほぼ死に至る。たとえ運よく生まれたとしても、無事に育たないものも多い。後から能力に目覚め、自分のコミュニティを破壊した、というケースもあるが……そんな過去を背負ってるようにも見えねえな」
ロロディアは苦笑する。
「そんな幸運な少年に、選択肢だ。おまえは、本当に強くなりたいのか?大部分がヒト族であるものが、竜の力を得る方法はとてもシンプルだ。ヒトの部分を削ってしまえばいい。竜の方が再生能力が高いからな。魔力さえ補完されれば、すぐに再生できる。……だが、それはヒトとしてのおまえを大きく損なうだろう……このままで在り続けることを望むなら、ここから出て、おまえのいた場所へ戻れ。今ならまだ間に合う」
ロロディアは淡々と告げた。おそらく、事実なのだろう。
「いや、俺は強くなりたい……この先に進むために」
その目をしっかりと見返して、ルークが力強く告げる。
「……ここまでだと、いっそ哀れにも思えてくるな」
「は?」
「いや。それで、そこの辺境生まれのミーシャ、おまえはいいのか?」
ぼんやりと炎を見つめていたミーシャに、ロロディアは再度確認した。
「ルークの決めたことを、覆す気はないにゃ」
聞かれたミーシャは、肩をすくめる。
「おまえがそんなだから、こいつがこんなとこまできちまった気はするがな……」
ロロディアは空高く上がった細い月を見上げた。
――――こいつを見ていると、聖女と呼ばれるほど心優しかった賢猫族と、人族の例外と呼ばれた、あの男を思い出す。……そういえば、どちらもことなかれ主義だったな。
「まあ、いい。報酬は先に一部払い、終わった後残りを払うのが一般的だ。この場合は、一万ポイントだから、前金三千、残りが七千は条件達成後自動でいいか?」
「……ああ」
なんとか言っていることを理解して、頷くルーク。
「じゃあ繋ぐから、‘接続’といって俺のと合わせてくれ。せーの」
二人同時に‘‘接続’’といって、キン、とカードを合わせると、ライセンスカードはぼんやり光り出した。
「‘我、ロロディアの依頼到達条件。ルークの一部を竜族として目覚めさせ、能力を底上げする’」
「……で、おまえが特に相違なければ、自分の名前を言ってから‘依頼者として、前金として三千、達成後残り七千を支払う’と宣言すればいい」
「ええと、こうか?‘我、ルークは依頼者として前金三千ポイント、依頼達成後に残り七千ポイントを支払う’」
「よし。こういうのきちんとしとかないと、後で組合からクレームが入るからな」
小さな魔法陣のようなものがそれぞれのカードに浮かび、ロロディアは満足げに頷いた。
「この、カードに浮かんだ‘ルーク(登録名)’っていうのはなんだ?」
「ライセンスカードに登録されている名前のことだな。縛りの強い宣誓や契約は本名で行うが、組合では本名を避けたがるものもいる、という理由で、登録名の簡易式になっているんだ」
「……なんだか小難しいな」
そう首を傾げるルークに、まあ、おいおい覚えていけばいいさ、とロロディアは苦笑する。
「ミーシャは外してくれ。自分自身のことをするといい。多分三日はかからん」
「……わかったにゃ。ルーク、ご武運を」
「あ?ああ」
互いに拳を突き出し、ゴン、と合わせたのち、ふぃっとミーシャは姿を消す。
「少し休むか?」
「いや、いい」
「……そうか。よっ、と」
ロロディアはまず両手でルークの頭部を力強く掴み、額を合わせた。
「まず、腕と足の一部と動きを支えるための内臓。ああ……心臓は置き換え済みか。それは僥倖。処理能力を上げるため脳みその一部も必要だな。こちらは気をつけないと」
そういって長刀を抜き、水を振りかける。
「こいつは特別製で、銘が‘竜の顎の片割れ’。千差万別の攻撃を可能にする俺の愛刀だ……だから、死ぬことはない。それだけは安心しろ」
まあ、死ぬほうがマシな目には合わせるが。
やがて得物からはゆるやかに蒸気が上がり、刀身を霧が包み込んでいく。
「幸いにして俺は特級だからな。魔力の源、すなわち魔核も大量にある」
本当に運がいいなおまえ、と笑う。
そして、軽やかに放たれたそのひと振りで、ルークの右腕が吹き飛んだ。
〈おまけ・ミーシャを見た時のロロディアの心中〉
(まあ、十中八九娘だろうが、あんまりあいつらについて考えたくない)




