竜になる、とは
今回もまた厳しい残酷描写、グロい表現があります。加えて読み飛ばすとこの後の展開が理解し辛くなるため、苦手な方は斜め読みを推奨します。
腕を斬り飛ばされ、襲ってきたのは――――驚愕と混乱と、それ以上に激しい痛み。
「がッ、ぁああああっ」
ロロディアは腕を失い転げまわるルークの傍に膝をつき、魔石を溶かし入れた魔力水をバシャリとかける。
「痛みを無くせば生存本能が呼び覚まされず、死ぬことになる。まだ、序の口だ 」
「ぁがッ、ご、な」
「なぜこんな目にって?――――おまえ、迷宮舐めてるだろ。第一は一番優しいぞ。禁忌事項さえ、破らなければな。次の第二はともかく、第三を抜けるにはちっと今のままじゃしんどい」
再生が遅いな、このままじゃ死んじまう、といいながらロロディアは傷口を血液ごと凍りつかせた。まだまだ痛みは続く。
長いかも短いかもわからない時間の後、再生した腕をつき、なんとか体を起こそうとするルークの前で、彼は長刀を構えた。
「やっと終えたか。それじゃあ、もう一回だ」
今度は左足を薙ぎ払われ、ルークは仰向けに倒れこんだ。
魔力水をかけられ、再生を終えれば、次はもう片方の足も斬られ、もはや涙と鼻水とで顔はぐちゃぐちゃ、前も見えない。
激痛の中地面を引っ搔いて体を起こそうとするルークの横で、ロロディアは首を傾げる。
――――少し、やり方を変えるか。
土まみれのルークの頭を掴んで引っ張り起こし、
「おまえ、本当に竜人か?俺の知る竜は、強く傲慢で、誇り高い孤高の生き物だ。まるでなっちゃいない。筋肉のつき方、鍛え方、そして……魔力の張り巡らせ方。このままだと死ぬぞ」
「ま゛、りょく……」
ロロディアは、ルークがぼんやりと魔力を張り巡らせるのを観察した。遅い、遅すぎる。……ルークの顔から、ぼたぼたと涙が垂れる。
ああ、悲しいと人は涙を流すんだったか。
それを見ながら愛刀を構え、それに魔力を上乗せしていく。
「……構えろ。死にたくなければ、な」
刀身を、ゆるやかに水蒸気が這う。周囲の空気が刺すように凍りつく。互いの息が白くなり、辺り一帯に満ちた魔力が、ルークが剣を構えるのを待つ。
“竜の顎”
巨大な竜の幻影が、形を伴いその顎を開いた。並みの者なら、怯え、戦意を喪失するであろう存在を前に、ルークは茫然と立っていた。その剣を握り込む手に爪が食い込む。
「まだ弱い、か。おまえ、抑え込んでいるな。何か心に引っ掛かりがあり、全力を出せないでいる。……捨てる必要はない。ただ、心の奥底に封じておけ。先を行くものは皆、そうしている」
一振りで周囲ごとルークを呑み込む凄まじい‘力’の奔流。すべてが一瞬のうちに凍りつき砕けていく。間近に迫る死を前に、ルークの心に浮かんだものは――――。
‘違うんだ。そんなつもりなかった。違う、違う、違う――――’
まだ、5つかそこらの頃、鱗つきの人とは違う姿をなじられ、寄ってたかって石を投げられた。殴りつけられ、蹴とばされ、主犯格の少年をとっさに突き飛ばす。
吹き飛び、積まれた藁の山を突き抜けて家畜に叩きつけられ動かなくなった少年に、甲高い悲鳴が上がる。
『自分が何をしたかわかるまで、ここで反省していろ』
いつになく怖い顔をした父親に引きずられ、暗い地下倉庫に閉じ込められた。明かりはたった一つ天井の穴だけ。次の日には質素な食事と硬く大きな木偶人形が投げ込まれる。
『家族だと思って接していろ。その人形が壊れなくなったら出してやる』
…………あれから、どうなったんだろ。妹や母さんは……父さんも俺のこと嫌いになった
んだろか。
泣きながら、もそもそと硬いパンとスープを食べた。人形は見る気にもなれなかった。
――――何日か経って、寂しくなった。家族のぬくもりがほしくて、冷たい木偶人形をぎゅっと抱き締める。
硬いはずの人形は粉々に砕け――――初めは、何が起こっているのかわからなかった。
毎日食事と、人形の代わりが投げ込まれる。金属の扉はすぐ閉まり、開くことはない。
何回も、何回も人形を壊しながら、やっと父親の言った言葉がじわじわと身に染みてきた。この人形を壊さずに過ごせるまで、ここからは出られない。
こんな力あるからいけないんだ。もっと小さく――――なんで壊れるんだよ、このッ!
焦燥にかられ、打ちひしがれ、そして幾度となく、父を母を、妹を殺す夢を見た。
‘違うんだ、そんなつもりじゃなかった。違う違う違う―――’
泣きながら首を振り叫んだところでだいたいは目が覚める。
まだ、まにあう。まだ、死んでない。
出れるようになるまでどれぐらいかかったのか……。半年か、あるいは数カ月だっただろうか。その時のことはよく覚えていない。
ただ、父さんの抱擁と、母さんの涙が暖かった――――。
ここで死ぬわけには、いかない。家族が、悲しむから。
ルークは遠く、竜の咆哮を聞いた。――――否。自分の叫び声を。
放ったブレスが空を引き裂き、同時にロロディアに肉迫しルークは牙を立てる。
しかし捉えたはずの相手は霧散し、そのすぐ後ろに現れ斬りつけてくる。
地面を蹴り、下がることで避けながら、ルークは再び咆哮する。
「なぜだ、なぜ殺せない!?」
「やっとお覚醒めか。ふ、てめえとは生きた時間とくぐり抜けた修羅場が違ぇよ、殻も取れてない雛が。そう、まだ、こいつの銘も教えてなかったな」
「‘竜の顎の片割れ’……巨大海竜の骨から作った傑物だ」
せっかくだから、見せてやるよ、とロロディアは笑う。
‘恒久の腕’
ロロディアが斜めに薙いだ刀身は噴き出した霧で振れて幾重にも重なり、ルークの体を爪のように囚え、鉤裂いた。
余波で吹き飛んだルークは木々の幹を何本かへし折り、叩きつけられ動かなくなる。
「はい、補充補充」
魔力無くては再生が滞るため、ロロディアは再び濃い魔力水を身体が大きく削げたルークの全身にぶっかける。
同時に、邪魔が入らないよう張っていた結界を解くと、周囲の音が一気に入ってきた。
冷静に見渡せば、抉れた大地、薙ぎ倒された木々がすべて凍りつき痛々しい。
――――やりすぎた。
即座に心臓の上に片手を置き膝をついて頭を垂れ、最大限の礼を取る。
「場を荒らしてしまったこと、深くお詫び申し上げる」
答えはない。が、顔をあげた時には、一帯の氷はすべて溶けていた。
息を一つ吐きルークの方を見やると、すでにその体は、神経やら骨やら肉やらがくっつき、服と装備一式以外は無事に復活した後だった。




