空蝉と聖母
「それじゃあ、ロロディアに能力アップ研修を頼みたくなったらまた連絡してね」
そう言ってメルリルが去ると、ロロディアも頷き、
「ちょっと野暮用があるからまた明日、第一迷宮でな」
と、あっさり立ち去った。
兵服を見目好く改造したような不可思議な軽装、腰の高い位置から佩かれたものものしい長剣、左右で色の違う目と、ひどく浮世離れして見える姿は人目を引きそうだが、誰も彼を気にした様子もないのが不思議たった。
二人だけだといたたまれない空気の中、ルークは小声で、
「なあ、どう思う。なんか認識阻害がどうとか……」
「結界の一種にゃ。彼の周辺で魔力の壁が薄く揺らいでいたから……。それに阻まれて、魔力量も、それに由来する強さも測れない……底の見えなさは特等級冒険者というより、特殊な人型魔獣の類、と考えた方がしっくりくるにゃ」
「いや、普通に失礼だろ……が、言いたいことはわかる」
ろくに考えもせずパーティを受けちまったが……と今更のようにルーク。
「今はいろいろ試してみるにゃー。もし、詐欺だったら……組合に乗り込んで訴える」
「そういえば、10000ポイントか……換金したらどれくらいになんのかな」
「さあ……?」
ミーシャは特等級の冒険者への依頼金額の相場がわからないので、答えず言葉をにごす。
「聞けば、ただで教えてくれっかなぁ……。あああもう、いろいろごちゃごちゃしすぎだ。少し体を動かそう!久しぶりに鍛錬に行くか」
「誰か別の相手を見つけないと、そろそろ連敗記録が二桁超えるにゃ」
「……やる気を削ごうとすんな」
ルークとミーシャは、美味しいのかどうかあまり味のよくわからない飲み物をがぶ飲みし、その場を後にした。
次の朝、迷宮の入口で待ち合わせたロロディアは、ミーシャとルークが挑んでいる‘塔’の話を聞くと、ああ、クリアはまだなのか、‘塔’とは懐かしいな、と笑う。
「じゃあそこまでいって、また夕方合流するか」
「塔には入らないのか?」
ルークが尋ねると、行かない、とはっきり言う。
「あそこは、初心者のための場だ。それに、他所んとこの場にずかずかと入り込む真似はしたくない」
塔の前までくると、じゃあまた夕方に、といずこかへ立ち去っていく。
「……気を取り直して、入るか」
黒と濃灰色の石の塔の扉を抜け、光る文字を横目に、無限通路にできた扉から階段を下りる。そしてその先の、二つのまったく同じ部屋の差異を正してさらに進むと、いくつかの部屋に分かれた道の先に、使われなくなり、その後だいぶ経つであろう書斎があった。
机には部屋の主の覚え書きのような書付けが散らばっている。
「どれどれ……‘流行り病’‘手立ては見つからず、やむなく――を――した’‘娘を救うため研究を続ける……’」
ぐしゃぐしゃになったインクで読めない部分を抜かしながら、ルークは読み上げる。
「この塔の中で、誰かが何かを研究していた、ってことだろうな」
その呟きにはミーシャは答えず、机下の絨毯をつま先で蹴りあげる。
「ここに通路があるにゃ」
「また地下か……暗いな」
床板を外すと、冷たい金属のはしごが現れ、先は長く暗い。
ミーシャは素早く床下の壁で着火木を擦り、布に火をつけて下に落とした。しばらく待つが、何も起こらず火は揺れている。
「そこまで長くないにゃ」
「……下りてみるか」
降りた先は広い礼拝堂で、ベンチサイドの暗く冷たい石柱の合間合間に騎士や祈る聖職者であろう石像が飾られていた。
奥の窓には女天使と聖母なのかローブをまとった女性が対になっているステンドグラスがあり、淡い光でその下の石棺をぼんやりと照らしている。地下なのに光?とルークは一瞬考えて、すぐに魔石の力か、と合点がいった。
教壇前までくると、ステンドグラスがゆっくりと輝き出す。
「……嫌な予感しかしねえ」
ギ、ギ、ギ、と軋むような音がして振り向くと、なんと左右に立ち並ぶ石像が動き出していた。石像にしては滑らかな動きで、あるいは剣を構え、あるいは矢をつがえて放ってくる。
「頭をぶち壊せば止まるのかにゃー」
「あるいは心臓とか、なッ」
ルークは一気に剣を抜き、手近な石の騎士の胸を突いた。
「硬ぇなこいつ!」
「まあ石だから……にゃっ」
ミーシャは二つの棒をトンファーよろしく構え、跳んだ。あるいは石像の首に紐をひっかけて薙ぎ倒し、石のベンチに薙ぎ倒し、あるいは強く振り抜き頭を打ち砕く。
ルークはごくわずかに刃こぼれした自分の剣を見て溜息を吐くと、離れた場所から飛来した矢を手で受けへし折った。
ものの半刻とかからずに、すべての石像は砕かれ沈黙した。光は止まず、やがて石棺の上に透き通った女性の姿が現れていく。……その顔は、ステンドグラスに描かれた女性の顔に酷似している。
その女性は手を組み、唇を震わせ、こう言った。
‘お願いです、どうか、どうかあの子を――――娘を、助けてください’
透明な頬を涙が伝う。切れ切れの訴えによると、どうやら研究者としての夫が、娘の死を受け入れられず、その亡骸を魔物と同化させたのだという。
そんなことが可能なのだろうか、と首を傾げつつも隣のミーシャを見たルークはぎょっとした。彼女は薄く笑みを浮かべ、いつのまにか槍を作り、手に掲げているではないか!
‘私は――――’
その女性が何を言おうとしたのかはもはやわからない。槍は放たれ、彼女の胸元を穿つ。ガシャン、と硬質な音、その勢いのまま突き抜けた槍はグワシャン、バリンとステンドグラスをも罅h入らせ、粉々にした。
見るも無残になったガラス向こうの壁は、ぼんやりと白く辺りを照らし出し、棺のまわりに飛び散った
ガラスの破片に紛れて、壊れた聖母の陶器像が転がっていて、持ち上げると内側の空洞から小さな鍵がポロリと零れ落ちた。
教団横の通用口をその鍵で開くと、そこには長い階段が続いていた。その階段を上るとそこは、噴水のあるドーム型の温室庭園に繋がっており、さほど広くない庭の四方向に、それぞれ扉がついていた。
しん、と静まり返り、息苦しいような緊迫感と、草の青くさい匂いと、濃厚な花の匂い。
「あまり長いしたくない場所だにゃー」
「まったく同感だ。本来ならくつろぐための場所のはずなんだがな……」
灰色の壁についた重厚な木の扉のノブをひねると、苦もなく開き、ドアの外に暗い石造りの通路が広がっている。
急に周囲が真っ暗になった。驚く間もなく、またぼんやりと明るくなると、辺りは狭く暗い通路で、一見変化がないように思える。
「ドア、閉めてないよな?」
「開けたら駄目な仕組みかもしれないにゃ」
後ろを振り向き、壁を探ると、ドアは完全に消えていた。
……同じ造りの通路だと、前にも通ったような気がするな、と思いながらも二人で歩き続け、そしてしばらく歩いたところで、壁にぼんやりと文字が光っているところに出くわした。
‘この塔を、わが愛娘に捧ぐ'
文字は消え、また新たに浮かび上がってくる。
‘すでに道は開かれん’
やがて消え、またもとの暗い石壁に戻っていく。
「最初に戻ったにゃー。タイミング的にも一度出た方が無難だから、これは親切といえるのかにゃ?」
「もう、わけわからねえよ……」
脱力に襲われながら迷宮を出ると、入り口から少し離れた木の下の茂みに隠れて草原の鳥たちを眺めていたロロディアが振り返り、よぉ戻ったか、と笑って手を上げた。




