どの口が言いやがる
カイルたちがラウスピッツ山でライザールと合流を果たしていた頃、イスタリスは街の外にある森へとやってきていた。
カイルの話では、保護対象の少年は王都から転移魔法陣を使ってレニゴールにやってきたという。
転移魔法陣は指定した場所にゲートを開き、一瞬で移動することができる大規模魔法である。当然、その使用には厳しい制限が設けられており、王国内の各都市間では使用に際して事前の通達が必須となっている。どうやら件の少年はそれらの手続きを一切無視してゲートを開いたらしい。
それが本当だとしたら、今頃ラスティンは関係各所への事情説明に追われていることだろう。
動き回っている人間をわざわざ探し回るのもばかばかしい。
立場上、ラスティンがゲートをそのままにすることはありえない。
魔力の痕跡を辿れば、ゲートの位置を探るのは難しくない。
諸々考えた結果、イスタリスはゲートの傍でラスティンを待つことにしたのである。
予想通り、森に入ってすぐにゲートがあると思しき場所を発見した。
一見すると何もないが、よく見ると空間にわずかな歪みが生じているのがわかる。おそらく追ってきた際にラスティンが応急処置的に結界を施したのだろうが、よほど慌てていたのか、わずかに魔力が漏れ出ている。
近くの木に背を預けて一時間ほど待っていると、目的の人物が姿を現した。
「クソが、ずいぶんと待たせやがって」
イスタリスがそう吐き捨てると、ラスティンは特に驚いた様子も見せず、小さくため息を吐き出した。
「イスタリスか……相変わらずチンピラみたいな口の利き方をしおってからに。だが、元気そうでなによりだ」
「そう言うあんたはだいぶ老けたな」
ラスティンの容姿はイスタリスの記憶にある姿よりもやややつれていた。魔法学校を卒業して六年近くになるが、そのやつれ具合は寄る年波というよりも今回の件による心労が原因ではないかと思われた。
「それで、私に何か用か?」
「すっとぼけんな。わざわざ依頼なんぞ持ち込みやがって。いったいなんのつもりだ?」
「まぁ待て。話の前にそこのゲートの結界を張り直させてくれ」
そう言うと、ラスティンはゲートに向かって呪文を詠唱する。周囲の歪みが消え、ゲートは景色に溶け込むように完全に見えなくなった。
「……これでしばらくは大丈夫だろう」
「そのゲートを開いたのが十二歳のガキだってのは本当か?」
「本当だ」
「あのガキ、何者だ?」
「その言い方、まさかライザールに会ったのか?」
「ちょっと話した程度だがな」
「そうか……」
「で、何者だ?」
「決まっておろう。私の大切な教え子だ」
イスタリスは舌打ちした。
「聞き方を変える。あのガキはケーネイアのなんだ?」
ラスティンの肩がぴくりと動く。その反応から、イスタリスは己の予想が当たっていたことを確信した。
「やはりな……。あのガキ、ケーネイアのガキか」
返事の代わりに、ラスティンは疲れたように手のひらで顔を撫でた。その態度は否定ではなく肯定を示すものだった。
「まさか、あの野郎がガキをこさえていたとはな……。で、俺の時と同じようにあんたが押し付けられたってわけか」
「……あの方の性格はお前も知っていよう。こちらの都合などおかまいなしに置いていったのだ。そうなれば私が面倒を見るしかあるまい」
「だが、あのガキは欠陥品扱いされた俺とは違う。ましてや自分のガキだろう。あの野郎はなんであんたに預けた? 目的はなんだ?」
「それは私の知るところではない。師に言われたのは、立派な魔法士に育てろ、それだけだ」
「立派な魔法士だぁ? 舐めやがって。あの野郎がそんなこと言うわけねぇだろ」
「事実だ」
そう答えたラスティンの声も硬い。彼も本気で信じてはいないのだ。
世間では双極の魔法使いとして畏怖と尊敬を集めるケーネイアだが、その人間性はクズの一言に尽きる。子供を作ったのもただの肉欲の結果かもしれないし、単なる暇つぶしの可能性だってある。
だが、イスタリスははっきりと悪寒を感じていた。
ケーネイアは決して人格破綻者ではない。自分の力が強大であることを知ってると同時に、世界を敵に回せば自身が滅ぶことも理解している。世界各地を旅しながら為政者と友誼を結ぶのも、妥協の果てにたどり着いた処世術に過ぎない。それは二年間共に旅をしたイスタリスのよく知るところである。
そして、彼が自身の置かれている状況を決して快く思っていない、ということも。
あの傲岸不遜な男は、強大な力を有していながら、さらなる力を求めている。そして、そのために手段を選ぶような人間ではない。好奇心や欲望を満たすためと思われている行動のすべては、その一点に集約していると言っていい。
だから、必要とあれば血を分けた息子でさえも平然と生贄に捧げるに違いない。
「……ひとつ聞くが、あの野郎は一度でもガキの様子を見に来たことがあるのか?」
イスタリスの問いに、ラスティンは黙って首を横に振った。
「ま、そうだろうな」
「だが、つい先日連絡があった。近々様子を見に行く、とな」
それを聞いて、イスタリスは口元を歪めた。
「なるほど。大切な預かりものを死なせたとなれば、あんたの立場もまずいことになる。それで大慌てで俺たちに保護を依頼しに来たってわけか」
「私の立場などどうでもよい。あの子が無事ならばな」
「ほう、ずいぶんと可愛がってるみたいじゃないか。俺の時とは大違いだな」
「別にお前の時となんら違わんよ」
その言葉に、イスタリスは鼻を鳴らした。
「なら聞くが、もしあの野郎がガキを実験体にするから渡せと言ってきたら、あんたはどうするつもりだ? 唯々諾々と受け入れるのか? 受け入れるんだろうな。なにせあんたはあの野郎の忠実な下僕だからな」
「……」
沈黙で応じた兄弟子の顔には、苦渋の色が張り付いていた。
ラスティンはケーネイアの最初の弟子である。だからこそ、その恐ろしさが骨身に染みてわかっているのだ。まともな思考力を持っている人間ならば、ケーネイアに逆らおうなどとは決して考えない。それほどまでに魔法士としての格が違う。
だから、イスタリスも本気で咎めているわけではなかった。
ラスティンは本来、情に厚い男だ。
初対面の、しかも壊れかけていたイスタリスを見放すことなく必要な治療を施し、魔法学校に受け入れ、王立図書館へ出入りできるように便宜まで図ってくれた。それでいて干渉してくることはほとんどなく、自由にさせてくれた。
こちらに深入りしてこなかったのは、ケーネイアの命令ひとつで関係性が破綻してしまうことをわかっていたが故なのだ。
そしてそれは、ライザールに対しても同様なのだろう。
イスタリスはラスティンに同情すら覚えていた。
「……まぁいいさ。あんたやケーネイアがあのガキをどうしようが俺の知ったことじゃねぇ。好きにすればいいさ」
そう言うと、イスタリスは踵を返した。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「あん? どうもしねぇよ。知りたいことは知れたから街に戻って酒でも飲んであいつらの帰りを待つことにするさ。心配しなくてもカイルは優秀だ。ちゃんとガキを保護するだろうよ」
「――あの方に会うつもりか?」
不意の言葉に、イスタリスは思わず足を止めてしまった。
「会ってどうする? お前はもうあの方には関わらない方がいい。せっかく良き仲間にも恵まれたのだ。今の生活を大切にしろ」
「どの口が言いやがる。依頼を持ち込んできたのはあんただろうが」
「それについてはすまないと思っている。だが、ラウスピッツ山に赴いてくれる冒険者で相応に信用が置ける者となれば必然的に限られる。やむをえなかったのだ」
「とにかく、今さら保護者面すんじゃねぇ。俺は俺のしたいようにするだけだ」
そう言い捨てて、イスタリスは浮遊魔法を詠唱して宙へと舞い上がった。ラスティンが何か叫んだような気もするが、もはや意味のある言葉として耳には届かなかった。
さすがは元保護者と言うべきか。
ラスティンの言う通り、イスタリスは街に戻る気などなかった。
見慣れたレニゴールの街を横目に、そのまま北――ラウスピッツ山へと進路を取る。
ケーネイアの性格はよく知っていた。あの男はたとえどんなくだらないことでも、一度口にしたことは必ず実行する。だから間違いなくライザールのもとに現れる。これは予想ではなく確信に近かった。
「会ってどうする、か……」
イスタリスは先ほどラスティンに言われた言葉を反芻する。
ラスティンに預けられてから、ケーネイアとは完全に縁が切れている。
もう自分とは無関係の存在だと思っていた。
なのに、どうして未だにあの男の存在が気になるのか。
名前を聞くと動揺してしまうのはなぜなのか。
この衝動は、いったいなんの感情に由来するものなのだろうか。
怒り? 憎しみ?
違う。そんな単純なものではない。
たしかに恨みはある。殺意を抱いていると言ってもいい。
実験体としてモルモットのように扱われた二年間はまさに地獄のような日々だった。自分が望んだこととはいえ、好き勝手に身体を弄り回され、挙句の果てに飽きて捨てられたのだ。黒い感情を持つなという方が無理というものだ。
だが、同時に感謝もしていた。
ケーネイアがいなければとっくに野垂れ死んでいただろうし、家族の仇も討てなかった。才のなかった自分が歪ながらも魔法士になれたのは、間違いなくあの男のおかげだった。
なにより、子供の頃にすべてを失ったイスタリスにとって、ケーネイアはたったひとつの“繋がり”だった。たとえそれが歪な関係だったとしても、世界との繋がりを感じられる唯一の糸であったことに変わりはない。
だからこそ、今もその存在に心がかき乱される。
本能が会えと訴えてくる。
これはいわば呪いなのだろう。いつかはあの男と向き合わなければならない。そうしなければ本当の意味で自由にはなれない気がするのだ。
「とりあえず、積年の恨みを込めて一発ぶんなぐってやるか……」
それが最も自分らしい落としどころだろう――イスタリスは無理やりにそう結論づけると、魔力を操って一気に速度を上げた。




