恨みますからね
「むぅ……」
最後尾を歩いていたヨネサンは、すぐ前を歩くシェルファから漏れ出た不満の声を聞き逃さなかった。
見れば彼女の頬は木の実を溜め込んだリスみたいに膨れている。
「どうしたんですか? 頬がリスみたいになってますよ」
ヨネサンは抱いた感想をそのまま口にした。
「……別に、なんでもない」
言葉とは裏腹に、エルフ特有の長い耳が不満そうにぱたぱたと動いていて、なんでもなくないのが丸わかりだった。
シェルファがリアムに好意を持っているのはパーティ内では公然の秘密……というよりリアム以外の全員が知っている事実である。
「心配しなくても、あのふたりはそういう関係ではありませんよ」
「別にそんなこと心配してないし」
ふくれっ面のまま答えるシェルファに、ヨネサンは苦笑した。
「ダイアナが好意を寄せているのがカイルなのは、あなたも知ってるでしょう」
「でも、人間って複数の異性と番になりたいって思うものなんでしょ?」
番って鳥じゃないだから、とヨネサンは心の中でつっこんだ。
「それは人によるとしか……。ただ、リアムもダイアナもそういうタイプではありませんよ」
「そんなのわかってるけど、オルンがダイアナのことをどう思ってるかまではわからないじゃない」
「それはまぁ……」
普段からゴーレムみたいと揶揄されるだけあって、リアムの本音は非常にわかりづらい。ダイアナのことを大切に思っているのは確かだろうが、それがどういった感情に由来するのかまではわからない。
ただ、シェルファに対しては女性としてではなく、どちらかと言えば親戚の子の面倒を見ているような感覚なのだろう、というのがヨネサンの見立てである。むろん、本人に向かっては口が裂けても言わないが。
「なんか、あのふたりって深く信頼し合ってるって感じがするし」
「盾役は回復役に命を預けて戦うのですから当然でしょう」
言ってからヨネサンは失言だと気付いた。
「あたしも回復役なんだけど?」
シェルファの唇がさらに尖る。
「ほ、ほら、彼らはパーティ創設時からのメンバーですからね。我々とは付き合いの長さが違うんですよ」
「でもあたしの方がずっと先にオルンと出会ってるし」
今日はいつになくだる絡みしてくるな、とヨネサンは思った。
ダイアナから聞いた話では、シェルファは三年ほど前にいきなり押しかけてきて、半ば強引にパーティに加わったのだという。
表向きの理由は「退屈な森の生活に飽き飽きしたから」というものだったが、実際はリアムとの恋を成就させるためだということがすぐに発覚したらしい。
色恋に疎いヨネサンからすれば信じられない理由だったが、エルフは生涯に一度しか恋をしないと言われる種族である。色恋そのものが持つ重みが違うのだ。
エルフ族と人間族では寿命が異なる。シェルファにとってリアムと一緒に過ごせる時間は決して長くない。
だからこそ、惚れた異性の傍にいることがなによりも大切なのだろう。
もっとも、ふたりの関係が進展する気配は一向になく、普段からシェルファがリアムを家来のように扱っていることから、むしろ距離が遠ざかっているようにさえ見える。
リアムが鈍感なのもたしかだが、シェルファもシェルファで普段は奔放で遠慮がないくせに、色恋のことになるとえらく奥手になってしまうのだ。『オルン』という渾名も彼女が付けたものだが、本来の意味とは違う意味を本人に伝えるなど、素直になれずにいるのだから前途多難と言わざるを得ない。
それでいてどういうわけか、稀にこうして色恋と最も縁のない男に愚痴をこぼしてくるのだから始末に悪かった。
「もっとわかりやすくアピールをした方がいいのではないですか?」
ヨネサンは面倒くささを感じつつも、とりあえずそう助言してみた。
「イヤよ、それじゃ意味がないもん」
「……」
「今、こいつメンドクサイって思ったでしょ?」
「黙秘権を行使します」
「なによそれ!」
「あなたのお気持ちはお察ししますが、私に八つ当たりしないでください」
見放された形となったシェルファは、口の中でもごもごと一通り文句を言った後、再びヨネサンの方を見た。
「ところで、ヨネサンはさっきからなんか浮ついてない?」
「おや、そんなふうに見えますか?」
「見える。さっきまであの子に協力するのを渋ってたくせにどうして?」
「私も魔法士の端くれですからね。あの少年を間近で見たらとても落ち着いてなんていられませんよ」
「あの子、そんなにすごいの?」
「ええ、今すぐ魔力値を測定したくてうずうずしてますよ」
「ふーん、あたしにはただの生意気な子供にしか見えないけど」
「初見でこれほどの衝撃を受けたのは初めてですよ。たぶんですが、魔力値も過去最高を記録するでしょうね」
「それって、イスタリスやダイアナよりもすごいかもってこと?」
「おそらくは……。そもそも十二歳の子供がラウスピッツ山で丸一日過ごして無事だったって時点でおかしいんですよ。私なら一時間も持たずにモンスターに殺されてます」
「たしかに、そう言われると普通じゃないかも……」
一行があっさりとライザールを見つけることができたのは、カイルがラスティンから借り受けたという追跡用の魔道具のおかげだが、仮にそれがなかったとしても発見は容易だったとヨネサンは思っていた。というのも、ライザールが通った後には、こんがりと丸焼けになったモンスターの死体が目印のように転がっていたからである。
その魔法の威力はとても十二歳の子供のものとは思えず、ラスティンの隠し子かもという話も、あながち間違ってはいないのではないかと思われた。
(それにしても……)
ヨネサンは今さらながらにイスタリスが同行しなかった理由が気になっていた。
ラスティンの隠し子説が流れたのは、実はライザールが初めてではない。以前にはイスタリスにも同様の噂が流れたことがあった。
イスタリスがラスティンと個人的な繋がりがあることはヨネサンも知っていたが、ひょっとしたらライザールとも何か接点があるのかもしれない。
カイルがイスタリスを引き留めなかったのも、その辺りの事情を察したからではないか。
ヨネサンはあらためて前を行くライザールを見た。
あの赤毛の少年なら、イスタリスの代役を務められるかもしれない。そう期待してしまうだけの才能はたしかにある。
とはいえ、ここは魔の山と呼ばれるラウスピッツ山。そして向かう先は『炎角のラガン』の縄張りである。大型モンスターの変異種は才能だけで勝てるほど甘い相手ではない。やはりイスタリスの不在は不安要素として大き過ぎた。
「まったく、恨みますからね……」
ヨネサンは背後を振り返る。
遥か南の空には、上空の灰色の空とは対照的に澄んだ青空が広がっていた。
はたして再びあの空の下へ戻れるのか。
不安は尽きなかった。




