それが子供ならなおさらだ
自分を連れ戻しにきたはずの冒険者パーティが、一転して協力してくれることになった――その事実に、ライザールはただただ困惑していた。
いきなり現れた見ず知らずの人間を信じろと言うのが無理な話だし、冒険者の中には金のために平然と犯罪行為に手を染める者も少なくないと聞く。営利目的で誘拐を考えていたとしてもおかしくない。
そもそも、本当にラスティンに頼まれたのかどうか確証すらないのだ。
とはいえ、ラスティンの協力なしにピンポイントでここまで追ってくることはまず不可能だろう。先ほど会話の流れからも、悪い人たちではないように思える。
いずれにしろ、彼らがどういった人間なのかを判断するためにも、もう少し情報が欲しいところである。
なので、ライザールは意を決して先頭を行くカイルに話しかけてみることにした。
「……ねぇ、今さらこんなことを聞くのもなんだけど、本当にいいの?」
「ん、どうした? やっぱり帰りたくなったか?」
カイルは歩く速度を緩め、ライザールの横に並んだ。
「いや、そうじゃなくて。俺を連れ戻しにきたはずのに、なんで一緒に薬草を探してくれるのかなって」
「さっきの俺たちの会話、聞いてたんだろう?」
「事情はなんとなくわかったけど、その、なんていうか……」
「あまりにも君にとって都合が良すぎる?」
「そう、それ」
「まぁ君が疑いたくなる気持ちはわからないでもない。だけど、こういうふうに考えてみたらどうかな。君の友達……マイラって子は君にとって命を懸けてでも助けたいって思うほど大切な友達なんだよね?」
「うん、そうだよ」
ライザールがそう答えると、カイルは後ろからついてきている白いローブの女性に視線を向けた。
「彼女――ダイアナにとってもそうなんだ。そして俺たちにとってのダイアナもね。要するに、これはもう君だけの問題ではなく、俺たちの問題でもあるってことだ。君が帰ろうが帰るまいが関係なく、俺たちは炎紋草を手に入れる必要が出てきたってわけだ」
「つまり目的が一緒だから協力しようってこと?」
「まぁ、そういうことになるかな」
「……」
ライザールは黙り込んだ。冒険者はもっと殺伐とした連中だと思っていたから、まさかそんな理由で協力してくれるとは思っていなかったのだ。
とはいえ、マイラの病気のことを知ったダイアナの動揺は嘘には見えなかった。あれが演技だとしたら、この先どんな人間も信用できなくなりそうな程度には、ダイアナという女性の人柄には誠実さが滲んでいた。
「とはいえ、君を無事に連れ帰るという本来の依頼を無視するわけにもいかない。冒険者は信用が第一だからね」
そう言うと、カイルは急に真面目な顔つきになった。
「そういうわけで、俺からひとつ、君に提案があるんだが……」
「な、なんだよ、いきなり」
ライザールは思わず身構えた。
「君に臨時で俺のパーティに入ってもらいたいんだ。パーティの仲間になれば、俺たちは君を守りながら目的を果たせるし、君も変に気を遣わずにすむだろう?」
「一緒に行動するんだから、わざわざパーティに入る必要なくない?」
「それはその通りだが、こういうことは形式が大事だったりするんだ。君だってただ守られるよりも対等な関係でいたいって思わないかい?」
「それは思うけど……」
「もちろん、パーティへの加入は一時的なものだ。炎紋草を手に入れたら抜けてもらって構わない。それに、実は今パーティの攻撃役がひとり不在でね、できれば君にその穴を埋めてもらいたいと思っているんだ」
思いがけない提案にライザールは戸惑う。
ただ、答えを出すのにそう時間は掛からなかった。
どのみち行動を共にする以上、一蓮托生なのだ。ヨネサンという魔法士の言っていた通り、目的の炎紋草が大型モンスターの縄張りにあるというのなら、戦力は多いに越したことはない。それに、仮に彼らが何か悪いことを企んでいたとしても、その気になればいくらでも逃げ切れるという自信がライザールにはあった。
「……わかった。そういうことなら、おにーさんのパーティに入るよ」
「よし、決まりだ。頼りにしてるよ」
「任せて。どんなモンスターだって俺の火球魔法一発で吹き飛ばしてやるから」
ライザールが自信満々に言うと、カイルの表情が少しだけ厳しいものに変わった。
「そうだ、ライザール。パーティを組むにあたって、君にひとつだけ約束してほしいことがあるんだ」
「なに?」
「パーティの一員となったからには、俺の指示には従ってほしい。特に戦闘に関しては指示の内容が正しいかどうかは関係なく、絶対にだ」
「正しくなくても?」
「そう。パーティの戦闘では咄嗟の時にメンバー全員が同じ方向を向けるかどうかが重要になる。それができないパーティはどんなに個の力が優れていてもあっけなく全滅する。特にこの山は君が思っている以上に危険だ。俺はリーダーとして君の身の安全はもちろん、仲間を全員無事に帰還させる責任がある。だからこれだけは絶対に守ってもらう。約束できるかい?」
真剣な眼差しを向けてくるカイルに、ライザールは大仰に頷いてみせた。
「わかった。約束する」
「よし。じゃあ、あらためてよろしく頼む、ライザール」
「こちらこそ。えーと、カイル……さん?」
「カイルでいいよ」
「わかった。よろしくね、カイル!」
ライザールは差し出された右手を力強く握り返した。
固く握手を交わすカイルとライザールの様子を、ダイアナは少し離れたところから見守っていた。
ふたりとも笑顔を浮かべていることから、どうやら話し合いは上手くまとまったようだった。
昔からカイルは相手の懐に入り込むのがうまい。人当たりの良さ、相手に見せる気遣いや優しさなど、人間的な魅力にあふれているのだから当然だろう。
一方で、目的遂行のために時に冷淡とも思えるような決断を下したりもする。
どちらが本当の彼なのか。
おそらく両方なのだとダイアナは思っている。
カイルの本当にすごいところは、自身の性格や欠点を把握したうえで、足りない部分を他人に補ってもらうことに躊躇がないところにある。イスタリスやリアムといった、まったく性格の異なる者を両翼に据えていることからもそれがよくわかる。
その片翼を担うリアムは、ダイアナのすぐ前を甲冑を鳴らしながら歩いていた。重い甲冑を身につけているのにそれを感じさせない力強い足取りからは、彼の身体能力の高さがうかがえる。
ダイアナはさりげなく彼の隣に並んで声を掛けた。
「さっきはありがとうね、リアム」
声を掛けられたリアムは、不思議そうにダイアナを見返した。
「なんのことだ?」
「ううん、わからないならいい」
「……そうか」
そう言うと、リアムは再び前を向いた。
ダイアナはその横顔を見て、くすりと笑う。
リアムに礼を言ったのは、ライザールに協力するようカイルの背中を押してくれたのが他ならぬ彼だったからだ。
あの場でリアムは一言も発していない。
ただ、カイルは何かを決断する時、必ずリアムを見る。
彼らは言葉ではなく目で会話するのだ。そうやって互いの意思を確認しあう。この五年間で何度も見てきた光景だった。おそらく意図しているわけではなく、長年の癖みたいなものなのだろう。
カイルはメンバーに対して、ここから先は何人も立ち入らせないという聖域を持っている。その中に唯一入ることが許されているのはリアムただひとりだけ。幼馴染だからこそ築けた関係性……。
パーティのメンバーとして寂しくないと言えば嘘になるが、同時にそんなふたりの関係性を尊いとも思う。
ただ、出会ったばかりの頃のリアムはカイルを守ることをなによりも優先していたが、今はパーティの仲間を守るために等しく身体を張ってくれている。
彼の大きな背中はメンバーに絶対の安心と安全をもたらしてくれる象徴だった。
「いつもありがとう、リアム」
気が付くと、感謝の言葉が口からこぼれていた。
再び礼を言われたリアムは、今度は露骨に首を傾げた。
「どうした? さっきから少しおかしいぞ」
「そうかも」
リアムのつぶらな瞳に真っすぐ見つめられ、ダイアナはほんの少しだけ気まずさを覚えた。彼に見つめられると、心の奥底を覗かれているような気分になるのだ。
「……たぶん、私のわがままにみんなを巻き込んじゃったからだと思う。いくらマイラのためでも、みんなを危険に晒すことに変わりないし……」
「気にするな。カイルが決めたことだ」
「でも――」
「困っている人を助けるのに理由はいらない。それが子供ならなおさらだ」
「……ありがとう、リアム」
「もう何度も聞いた」
リアムは無口で不愛想だが、だからと言って感情がないわけではない。
パーティを組んでもう五年になる。その人となりや癖はだいたいわかる。
例えば、リアムは好物の骨付き肉を頬張っているときは少しだけ目尻が下がる。あと、照れているときは不機嫌そうに視線を逸らす。今がまさにそうだった。
「薬草、必ず手に入れようね」
「ああ」
力強いリアムの返答に、ダイアナは心が軽くなったことを自覚した。




