約束したんだ
その後、ライザールは戦場から少し離れた岩場まで連れて行かれた。
「よし、ここまでくればとりあえずは大丈夫だろう」
金髪の男がそう言うと、大男はまるで美術品を扱うかのようにそっとライザールを地面に下ろした。すると、すぐさま白いローブを纏った女性がやってきて、ライザールの背に手を添える。
「ちょっとだけ我慢してね。すぐ楽になるから」
女性の手のひらから温かい魔力が流れ込んでくる。ほんの数秒で焼けつくような肺の痛みが、きれいさっぱりなくなった。
「あ、ありがとう……」
ライザールが礼を言うと、女性は「どういたしまして」と柔らかく微笑んだ。
「……さて、君がライザール君だね?」と金髪男が問いかけてくる。
「そうだけど、お兄さんたちは?」
「俺の名はカイル。冒険者だ。ラスティン氏に依頼されたって言えばわかるよね?」
やっぱり、とライザールは思った。誰かしら追ってくるだろうなと予想はしていたが、想定していたよりもずっと早い。先ほどの腐樹を全滅させた手際といい、相当な手練れのようだった。
「すごいね、もう追いついてくるなんて。いったいどんな手を使ったの?」
言いながら、ライザールはいつでも動けるよう、さりげなく重心を落とす。
「それは後で教えてあげるよ。話はこの山を下りてからにしよう」
「悪いけど俺は帰らないよ。ここでやらなきゃならないことがあるんだ」
「そう言われても、こっちも仕事でね。君を無事に連れ帰らないと報酬が貰えないんだ。だから大人しく一緒に来てほしい」
「お金が欲しいなら代わりにこれをあげるよ。売れば結構な額になると思う」
ライザールが背負い袋の口を広げて中身を見せると、魔法士の男が驚きに目を見開いた。
「それって魔力回復ポーションじゃないですか! しかもこんなに……全部売れば良質な魔法の装備が一式買えますよ」
「ね、これ全部あげるから見逃してよ」
会心の買収案にも、カイルと名乗った男は眉ひとつ動かさなかった。
「魅力的な提案だが、どうせそのポーションも元は依頼主の物なんだろう? それで俺たちを買収しようってのはちょっと虫が良すぎるな」
「なんだよ、冒険者って金にがめつい奴らの集まりなんじゃないの?」
カイルは苦笑する。
「その認識で間違ってはないけど、そもそも人によるだろう」
「言っとくけど、俺は絶対に帰らないからな! 無理やり連れて帰るって言うなら、とことんまで抵抗してやる!」
ライザールはそう宣言し、素早く距離を取った。
助けてもらった手前、強硬手段には訴えたくないという思いはあったが、どうしてもこのまま大人しく帰るわけにはいかなかった。
「わかった。それじゃあ先に話を聞こう。君はどうしてこんな危険なところにひとりで来たんだい?」
あっさりと態度を変えた金髪男に戸惑いつつも、ライザールは事情を説明することにした。
「……友達が病気なんだ。医者の話じゃ回復魔法でも治せない病気らしくて、治療には特別な薬草が必要だって。それで、その薬草がこの山に生えてるって聞いたから……」
それを聞いた魔法士の男がはっと息を飲んだ。
「ひょっとして、その病気って『魔脈失温症』ではないですか?」
「え? うん、たしかそんな名前だった気がする……」
ライザールは曖昧に頷き返した。
「魔脈失温症って、成長期の子供にごく稀に発症するっていうあれか、ヨネサン?」
金髪男の問いかけにヨネサンと呼ばれた魔法士は頷いた。
「そうです。魔脈失温症の治療には『炎紋草』という特定の場所にしか生えていない薬草が必要とされているのですが、その群生地のひとつが、このラウスピッツ山だと言われています」
ヨネサンはそのままの流れで魔脈失温症について解説する。
魔脈失温症とは、魔力の流れを司る魔脈が乱れることによって引き起こされる低体温症である。放置すれば体温が下がり続け、衰弱し、最終的には死に至る。
この病気の厄介なところは、通常の医療行為や魔法での治療が困難な点にあった。百年前の魔神の出現から症例が出るようになった比較的新しい病とも言われ、魔神との関連性も囁かれているという。
「だったらその炎紋草っていうのを一緒に探してあげようよ。人助けになるんだし、そんな手間でもないでしょ?」
感受性が豊かそうなエルフの少女がそう提案した。
「ところが、そんな簡単な話ではないんですよ」
ヨネサンは困り顔でため息を吐いた。
「炎紋草がラウスピッツ山に生えているのはたしかですが、問題はその場所です。この山には東西南北それぞれのエリアに縄張りを張っている大型モンスターがいることはシェルファも知ってるでしょう?」
「それって、もしかして……」
「そうです。南一帯を支配しているのは『炎角のラガン』。炎紋草があるのは、そいつの縄張りの中だと言われています。つまり炎紋草を手に入れようとすれば、もれなくラガンがセットで付いてくるわけです。はっきり言って命を捨てに行くようなものですよ」
「そういうことだ。残念だが、そんな無茶を君にさせるわけにはいかない。大人しく一緒に帰ってもらうよ」
カイルが肩を掴もうと手を伸ばしてくる。
その手をライザールは乱暴に払いのけた。
「嫌だ! どんなモンスターがいようが関係ない! 俺は炎紋草を手に入れて友達を救うんだ!」
「気持ちはわかるが、それで君まで命を落としてしまっては意味がないだろう」
「そんなの関係ない! 絶対に助けるってマイラと約束したんだ! だから俺のことはほっといてくれよっ!」
「えっ!?」と白いローブの女性が反応した。
「今あなた、マイラって言った? そのマイラって、私の知ってるマイラのこと!?」
いきなり肩を掴まれ激しく前後に揺さぶられる。
「い、いや、おねーさんの知り合いかどうかなんて知らないってば」
「あなたと同い年くらいで、三つ編みのおさげをした女の子よ!」
「落ち着けダイアナ。それだけでわかるわけないだろう」とカイルが間に割って入る。
「そ、そうね、ごめんなさい……」
ダイアナと呼ばれた女性は胸に手を当ててゆっくりと呼吸を整えてから、あらためてマイラについての特徴を話し始める。
その中のひとつ、それも決定的な特徴がライザールの知るマイラと合致した。
「――たしかにマイラのお父さんはゴウテン商会に所属してる商人だよ。王都に店を出すために家族で来たって、前に聞いた」
「同じだわ……以前にもらった手紙にそう書いてあったから」
「なら間違いないだろうな……」
そう口にしたカイルの表情には、何かを諦めたような節があった。
「ねぇ、カイル……」
ダイアナはおずおずといった態度でカイルを見た。
「わかってる。この子を手伝いたいって言うんだろう?」
「うん。もちろん無理にとは言わない。だけど、マイラは私の大切な友達なの。だから、お願い」
カイルは灰色の空を見上げ、次いで少し離れたところに立っている大男を見た。
大男は黙ったまま頷き返した。
「はぁ……やれやれ」
カイルは盛大にため息を吐いた後、ダイアナに視線を戻した。
「……さっき君は俺のことをイスタリスに甘いと言ったが、その発言は取り消してもらわないとな」
「カイル、それじゃあ……」
ダイアナの顔がぱあっと明るくなる。
「ああ、この子に協力しよう」
「待ってください!」
ヨネサンが慌てたように声を上げた。
「我々はラガンと戦う想定で準備はしてきていません。ましてや今はイスタリスもいないんですよ? 彼抜きで戦うのはあまりにも無謀です」
「わかってる。なんとかラガンと戦わずに炎紋草を手に入れる方法を考えよう。どのみち、このままだとこの子も一緒に帰ってくれそうにない。だったらいっそのこと望みを叶えてやるしかないだろう?」
「しかし――」
「それともヨネサン、君の魔法でこの子を拘束できるか? できるのなら無理やり連れ帰っても構わないが」
「無茶を言わないでください。私では不可能ですよ」
「だったら他に選択肢はないだろう」
「……」
「大丈夫だ。引き際は誤らない。それにこの子は魔の山で丸一日過ごして無事だったんだ。なんならイスタリスの代わりにだってなれる逸材かもしれないぞ」
「……わかりました。そこまで言うのでしたら仕方がありません」
ヨネサンは渋々といった様子で引き下がった。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
カイルはヨネサンの肩を叩いてから、ライザールの方を振り返った。
「――というわけで、君に協力することになったから、よろしく頼む」
「え、あ、うん……どうも」
ライザールはあまりの急展開に付いていけず、呆けたまま頷くのだった。




