急用ができた
「えー、今からぁ?」
ラスティンが辞した後、依頼の件について話を聞かされたシェルファの反応がこれだった。
「ごめんね、シェルファ。でも、これも大切なお仕事だから」
ダイアナの言葉に、エルフの少女は頬を膨らませる。
「うー、今日は久しぶりにオルンを連れて買い物に行こうって思ってたのにー」
元々エルフ族は束縛を嫌う。ここしばらくは遠征続きで休みがほとんどなかったことから、ストレスが限界まで溜まってしまっているのだ。
「あのね、今回の依頼人は私の先生で、とても困ってるみたいだから力を貸してあげたいの。だから、ね? お願い」
ダイアナは両手を合わせながらシェルファの顔を覗き込む。
「もう、わかってるってば。どうせあたしが行かないって言っても、オルンは行くんだろうし。それに子供が危ない目に遭ってるかもしれないんでしょ? だったらすぐに助けに行ってあげないと」
「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ってたわ。お礼に帰ったら特製のアップルパイを作ってあげる」
「ほんと!? あたし、あれ好き!」
先ほどまでの不満顔はどこへやら、シェルファは喜色を浮かべてその場で飛び跳ねた。
「ヨネサンもいいか?」
カイルは傍らに立つ魔法士に問いかけた。
「依頼を引き受けることに異論はありません。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「いえ、その生徒がラウスピッツ山に向かったのは昨日なんですよね? ラウスピッツ山までは馬車でも半日かかります。こんなことはあまり言いたくありませんが、今から追いかけても間に合わないのではないかと……」
「ラスティン氏の話ではその生徒は相当優秀らしい。生き伸びている可能性は十分にある」
「だとしても、あまりにも無謀が過ぎます。本当にその生徒はラウスピッツ山に向かったのでしょうか」
「言いたいことはわかるが、ラスティン氏が俺たちを騙したところでなんの得にもならないだろう。それに、その生徒が途中で危険を察知して引き返している可能性だってある。どのみち迎えに行く必要はあるさ」
「……たしかにその通りですね。すみません、余計なことを言いました。では、私はこれからすぐに馬車を手配してきます」
そう言って出て行こうとするヨネサンをカイルは引き留めた。
「いや、その必要はない。ラスティン氏から魔法の絨毯を借り受けた。現地まではそれで行く」
ヨネサンは目を見開いた。
魔法の絨毯とはその名のとおり魔力を付与された絨毯で、複数人を乗せて空中を移動できる便利な移動用魔道具である。この古代王国時代に作られたアーティファクトは、現在では生産技術が失われていることから、魔法学校に保管されている物を含めても世界に五枚しか存在していないとまで言われている。
高度が出せないので山登りには使えないが、麓までなら馬車を使うよりも圧倒的に速くたどり着けるだろう。
「しかし、そんな貴重なものを貸してくれるとは、ラスティン学長もずいぶんと思い切ったことをしますね」
「それだけ生徒思いなんだろうさ」
カイルの言葉に、ヨネサンは「ふむ」と顎に手を当てた。
「保護対象の生徒の名前……たしかライザールと言ってましたよね?」
「ああ」
「どこかで聞いた名だと思っていたんですが……」
「知っているのか?」
「ええ。実は少し前に魔法学校にとんでもない天才が現れた、という噂が流れてきたことがありましてね。たしかその生徒の名がライザールだったはずです。なんでも入学直後に模擬戦用の強化ゴーレムを一撃で破壊してしまったとかなんとか……。真偽のほどはわかりませんが、もし事実だとしたらとんでもないことですよ。なにせそのゴーレムは開校以来一度も壊れたことがないで有名でしたから」
ちなみに私はかすり傷ひとつ付けられませんでした、とヨネサンは付け加えた。
「なるほど。たしかにそれほどの才能の持ち主なら、ひとりでラウスピッツ山に行こうと考えたとしてもおかしくはないか」
「その生徒が魔法学校内に住んでいるらしいこと、さらに出自が不明なことから、学長の隠し子なのではないか、なんて噂までありました。もっとも、その噂はすぐに聞かなくなりましたけどね」
「隠し子、か……」
それならばラスティンが必死になるのもわからなくはない、とカイルは思った。
「ラスティン学長が自ら依頼しに来たというのも気になります。その生徒には何か特別な事情があるのかもしれませんね」
「だとしても俺たちには関係ない。事情がなんであれ、引き受けたからには必ず依頼は果たす。それだけだ」
カイルがそう言い切ると、ヨネサンも「そうですね」と同意した。
「場所が場所だ。あまり時間はないが準備は入念に頼む。それから――」
言い掛けたところで、不機嫌そうな顔をしたイスタリスが食堂に入ってきた。
「おい、うるせぇぞ。おちおち寝てられねぇだろうが」
「起こす手間が省けたな。おいイスタリス、すぐに支度しろ。仕事だ」
「あん? 今日は休みのはずだろう」
「緊急の依頼だ。これからラウスピッツ山に向かうぞ」
カイルは依頼について手短に説明した。
「ラスティンがここに来てたってのか……」
イスタリスはもういないとわかっていながら、玄関の方に目を向けた。
ラスティンはイスタリスのかつての保護者で、魔法学校を卒業するまで面倒を見てくれた恩人とも言える存在だった。
とはいえ、別に懐かしさを覚えたわけではない。ラスティンの名を聞いて、咄嗟に昨日出会った少年のことを思い出したのだ。どう考えても無関係のはずがなかった。
「……その保護対象のガキって、ひょっとして赤い髪をした生意気そうなガキか?」
「生意気かどうかまでは知らんが、赤髪なのはそうだ。……なにか心当たりでもあるのか?」
「そいつなら、昨日会ったぜ」
「本当か?」
「人の酒を台無しにしてくれたクソガキだ。弁償もしねぇで北の方へ飛んでっちまった。なにやら急いでいるみたいだったな」
「どうしてその時に止めなかったのよ!」と横からシェルファが食ってかかる。
「一応、死ぬぞ、と忠告はしてやったんだがな」
「もう! その時に無理やりにでも捕まえておいてくれたら、あたしは今頃買い物に行けてたのに!」
「無茶言うな。それじゃただの犯罪者だろうが」
「今も似たようなものでしょ」
「ああん?」
イスタリスが睨みつけると、シェルファは素早くダイアナの後ろに隠れ、べーっと舌を出した。
「とにかく、保護対象はまだ子供だ。急いで保護する必要がある。だから、お前もすぐに準備しろ」
カイルの言葉に、イスタリスは雑に手を振った。
「悪いが俺はパスだ」
全員が驚きと戸惑いの視線でイスタリスを見た。彼はこれまでに文句を言えども「行かない」と言ったことは一度もないのだから、当然の反応だった。
「ちょっと、どういうつもり?」
ダイアナがまなじりを上げてイスタリスに詰め寄る。
「どうもこうもねぇ。急用ができた」
「急用って……そんな勝手が許されるはずないでしょう!」
「うるせぇな。たかがガキひとり連れ戻すのに全員で行く必要ねぇだろ。だいたい、あのガキなら心配いらねぇよ。ありゃ只者じゃねぇ。ガキのくせに浮遊魔法を完璧に使いこなしていやがった。山の主に喧嘩でも売らない限り死にゃしねぇよ」
「そういう問題じゃないでしょう!」
「とにかく、俺は行かねぇ。お前らだけで行け」
イスタリスはそう言うと、止める間もなく出て行ってしまった。
「ちょっと、イスタリス!」
慌てて後を追おうとするダイアナの肩をカイルは掴んで止めた。
「追わなくていい」
「でも――」
「時間がない。俺たちだけで行くぞ。ラウスピッツ山は危険な場所だが、大型モンスターの討伐に行くわけじゃない。あいつ抜きでも大丈夫だ」
ダイアナは諦めたようにため息を吐いた。
「あなたがそう言うならいいけど……。前々から思ってたけど、カイルってイスタリスに甘いところあるよね」
「そうか? 気のせいだろ」
カイルは真顔で答えると、ずっと黙ったままのリアムの肩を軽く叩いてから、準備のために自室へと戻るのだった。




