十二歳ならそんなものでしょう
その屋敷は街の中心部から少し離れた雑木林にぽつんと建っていた。
長い年月を風雨にさらされ続けたせいか、外壁がところどころ剥がれて黒ずんでおり、石材の継ぎ目にはひびも走っている。
外観だけなら廃屋と間違えられてもおかしくないこの屋敷が、街一番と評判の冒険者パーティの拠点だとは、にわかには信じがたい話だった。
(本当にここで合っているのだろうか?)
ラスティンはそんな不安を抱きつつ、門をくぐった。
庭の花壇に初夏を彩る美しい草花が午後の日差しを受けて輝いている。
あらためてよく見ると、屋敷そのものは老朽化しているが、窓ガラスは綺麗に磨かれてあるし、古びた石畳に埃はひとつも落ちていない。人の手によってちゃんと管理されている証だった。
玄関に取り付けられた真鍮製のノッカーを鳴らすと、ややあって扉が開き、中からひとりの女性が顔を覗かせた。
その表情がラスティンの顔を見て驚きに変わる。
「ラスティン先生!」
「久しぶりだね、ダイアナ」
ラスティンは安堵を含んだ柔らかい笑顔で挨拶した。
「お久しぶりです、先生。お元気そうでなによりです」
「君も元気そうだ」
「いつこの街に?」
「つい今しがただ。実は君に……というより、君のパーティに折り入って頼みたいことがあってね。正式に仕事として依頼したいから、リーダー殿にお会いできるかな?」
そう伝えた途端、ダイアナの表情が真剣なものに変わった。
「わかりました。どうぞ、中にお入りください」
ダイアナの後に続いて屋敷に入る。
屋内もきちんと掃除が行き届いていた。家具などの調度品は決して高価ではないが、機能性の高そうなものを選んでいる印象を受ける。それだけでラスティンはこの屋敷の主の人となりをなんとなく理解した。
「すまないね、急に押しかけて」
「いいえ、とんでもない。実は私たち、一昨日に遠征から帰ってきたばかりなんです。留守中じゃなくて本当によかったです」
ダイアナの言葉にラスティンも心から同意した。
カイル率いる冒険者パーティ……。
ここ数年で彼らの名はよく耳にするようになっていた。
わずか数人で何体もの大型モンスターの討伐を成し遂げ、いまや名実共にレニゴール最強と呼ばれるに相応しい活躍を見せている。当然、暇を持て余しているはずがない。
そんな一流の冒険者パーティにかつての教え子が三人も所属しているという事実は素直に喜ぶべきことではあった。もっとも、王宮魔法士を育成する教育機関の長としては、手放しで喜んでばかりもいられないのだが。
「君たちの活躍は王都にまで届いているよ。頑張っているようだね。師として私も鼻が高い」
「先生……わたし……」
ダイアナの表情がわずかに曇った。彼女は卒業後わずか一年で王宮魔法士の職を辞して冒険者になった。そのせいで少なからず魔法学校の評判に傷をつけてしまったことに申し訳なさを覚えているのだろう。
「君が気に病むことではない。君が自分の望んだ道をちゃんと歩めているのならそれで良いんだよ。学校とは本来、生徒の未来の可能性を広げるための場なんだからね」
「先生……」
「もっとも、散々手を焼かせた挙句、主席卒業の栄誉を足蹴にしたどこぞの愚か者を許すつもりはないがね」
ラスティンが冗談めかして言うと、ダイアナもほっとしたのか、ようやく笑みを返してきた。
「ところで、先生がわざわざ王都からお越しになったということは、なにか急を要する用件なのではないですか?」
「ああ、その通りだ」
ダイアナの察しの良いところは変わっていないようだった。だからこそ、学生時代に多くの教師や生徒から厚い信頼を得ていたのだろう。
「今日はみんな揃っているので、きっとすぐにお力になれると思います」
「それはなによりだ」
ラスティンが通されたのは談話室と食堂を兼ねているような部屋だった。中央には大きな円形のテーブルが設置され、少し離れた場所に四人掛けのソファーが二つ向かい合うように置かれている。
そのソファーに複数の男女がくつろいだ様子で座っていた。
ひとりは金髪の青年で、おそらく彼がリーダーのカイルだろう。
彼の名は王都でもよく耳にする。均整の取れた体格に気品すら感じさせる顔立ちをした噂通りの美丈夫である。
その隣に座っているローブ姿の男のことはよく知っていた。名前はヨネサン。卒業生のひとりで、直接指導したことはないが、風変わりな研究ばかりをしていた生徒だったと記憶している。
彼らの向かいに座っているのは巨漢の男とエルフの少女だった。名前はたしかリアムとシェルファと言ったか。滅多に森から出てこないエルフ族の精霊使いが所属しているという一点だけでも、このパーティが他と一線を画している理由がよくわかる。
ふと、かつて最も手を焼かせてくれた教え子の姿が見当たらないことにラスティンは気付いた。
察したダイアナが気まずそうな表情を浮かべる。
「彼は、その……部屋で休んでいます」
「どこか具合でも悪いのかね?」
「いえ、そうではなく、その……昨日のお昼過ぎに帰ってきてからずっと寝てるみたいで……」
それだけでラスティンはだいたいの事情を察した。
「やれやれ、あの愚か者は相変わらず乱れた生活を送っているのか。困ったものだ」
「すみません……」
「君が謝ることではないよ」
ラスティンがそう言ったところで、来客に気付いた金髪の男が立ち上がった。
「ダイアナ、そちらの方は?」
「こちらはラスティン先生。魔法学校の学長で、私の恩師よ」
ダイアナがそう紹介すると、金髪の男は柔らかい笑みを浮かべながら近づいてきた。
「お会いできて光栄です。私はカイル。このパーティのリーダーです」
差し出された右手をラスティンは握り返した。
「ラスティンだ。君たちの活躍は王都でもよく耳にしているよ」
「カイル、先生は私たちに依頼があっていらしたの。話を聞いてもらえる?」
ダイアナの言葉にカイルは頷いた。
「もちろんだ。すぐにお伺いしよう。さ、どうぞこちらへ」
カイルの言葉に反応して、ダイアナを除くメンバーがぞろぞろと部屋を出て行く。
依頼を受ける際、リーダーだけで話を聞くのか、それともメンバー全員で聞くのかはパーティによるらしいが、どうやらこのパーティは前者のようだった。くつろいでいたにもかかわらず誰ひとり文句を言わないあたりに、カイルという男の統率力が垣間見える。もっとも、エルフ娘だけは不満そうに口を尖らせていたが。
すれ違いざまにヨネサンが会釈を寄こしてきたので、ラスティンも小さく頷き返してからソファーに座った。
「さっそくですが、依頼内容をお聞かせいただけますか?」
カイルに促され、ラスティンはひとつ咳払いしてから話を切り出した。
「君たちにある人物の保護を依頼したい」
「保護、ですか?」
戸惑いの表情を浮かべるカイル。大型モンスターを討伐することで名を上げてきたパーティへの依頼なのだから、当然その種の依頼だと思っていたのだろう。
「実は我が校の生徒がひとり、北のラウスピッツ山に向かったようでね、君たちにはその生徒を無事に連れ戻してほしいのだ」
「ラウスピッツ山に?」
カイルは眉を寄せた。
ラウスピッツ山はニーレ王国の北、隣国ロニとの境界にある山で、およそ百年前に人と魔神の最終決戦が行われた地である。頂上付近は魔神の呪いによって魔力に乱れが生じ、周辺には凶悪なモンスターが多数生息している。少なくとも学生がピクニック気分で訪れてよい場所ではない。
「生徒の名はライザール。年齢は十二歳。燃えるような赤毛が特徴の男子だ」
「十二歳? そんな子供がなぜラウスピッツ山に?」
「理由はまだ判明していない。なにせ急なことだったのでね」
「その生徒がラウスピッツ山に向かったことは確かなのですか?」
「それは間違いない」
ラスティンはそう断言すると、懐から羅針盤のような見た目をした小さな魔道具を取り出した。
「これは対となる護符の位置を追跡、特定できる魔道具でね。たまたまその生徒にはその護符を持たせてあったおかげで居場所を特定することができたのだよ」
「ほう……」
カイルがわずかに目を細める。
たまたまで済ませるには都合が良すぎる、そう言いたいのだろう。たしかに、ひとりの生徒に対する備えとしてはあきらかに過剰である。
それでもそれを口に出さなかったのは、彼が依頼主の事情に必要以上に踏み込まないというプロ意識を持っているからに他ならない。カイルという人物の評価を、ラスティンは上方修正した。
「その生徒がラウスピッツ山に向かったのはいつ頃ですか?」
「昨日だ」
「昨日? 王都からレニゴールまでは馬車でも一週間はかかると思いますが……」
「その生徒は我が校で管理している転移魔法陣を勝手に使用したのだ。発覚を遅らせるために教師や職員たちを手あたり次第に魔法で眠らせるという暴挙まではたらいてね」
ラスティンは苦虫を噛み潰すように言った。
転移魔法は現存する魔法士では師ケーネイアくらいしかまともに扱うことのできない高等魔法である。彼以外の魔法士が転移魔法を使うためには、専用の大規模な魔法陣が必要となる。
ニーレ王国では転移魔法陣の管理運用はそれぞれの街の魔法研究機関が担っている。むろん、使用する際には先方への事前の通達が必須であり、王や領主の許可なしに勝手に起動することも許されていない。
ライザールはその転移魔法陣を無断で起動し、レニゴールまで転移したのだ。今頃レニゴールの魔法研究機関は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていることだろう。この後、関係各所への事情説明と謝罪に追われることを考えると、ラスティンとしてはため息のひとつも吐きたくなるというものである。
「でも先生」
とダイアナが口を挟む。
「いくら転移魔法陣を使ったとしても、十二歳の子供が転移魔法を操るなんて不可能だと思いますけど……」
「あの子は少し特別でね。あまりこういう表現はしたくないのだが、いわゆる天才と呼ばれる類の生徒なのだよ。そのせいか、やや向こう見ずなところがあってね……こうして稀にトラブルを引き起こしては周囲に迷惑をかけている。根は真っすぐで優しい子ではあるのだが……」
「十二歳ならそんなものでしょう」
カイルの言葉にはやたらと実感がこもっていた。
「だが、いくら才能があろうが、子供がひとりでラウスピッツ山に行って無事で済むはずがない。あの子は我が校の大切な生徒だ。なんとか無事に連れ戻してもらえないだろうか。この通りだ」
ラスティンは四十近く歳の離れた男に向かって頭を下げた。
「頭を上げてください。ダイアナの恩師の依頼とあらば喜んでお引き受けしますよ。それに未来ある少年を放ってはおけませんしね」
「そうか。恩に着る……」
ラスティンはもう一度深く頭を下げるのだった。




