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ある盾役の憂鬱 外伝Ⅲ<魔の山と焔心の魔法士>  作者: SDN


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14/18

任せたぞ

 炎角のラガン……長い年月を生きてきたこの大型変異種の獣は、人間が摩訶不思議な力を使うことを経験から学んでいた。

 その力が完全に発揮されると、人間どもは己の何十倍もの大きさを誇る相手を圧倒することさえできるのだ。

 そうなる前にすべてを破壊する。これまでそうやって生き抜いてきた。

 そしてそれは今回も変わらない。


 ラガンは魔法を詠唱する人間どもを標的に、土煙を上げながら突進を開始する。


 ――が、ふいに耳障りな音が聞こえてきて、意識を強制的に向けさせられた。

 音の発生源は先ほど火球を弾いてのけた人間だった。

 その人間は逃げるどころか、挑むように睨みつけてくる。

 不遜――。

 猛烈な殺意が湧いてくる。音の発生源を破壊せずにはいられない。

 ラガンは怒りの赴くままに標的を変え、突進した。

 しょせんは小さき生き物。自慢の角で簡単に吹き飛ばせる――はずだった。

 衝撃が全身を駆け抜ける。

 だが、どういうわけか人間はびくともしなかった。それどころか鉄の塊にぶつかったかのように角が弾かれ、強引に進路を変えさせられた。

 巨体ゆえに軌道修正も追いつかず、ラガンはなにが起きたのかわからぬまま岩壁に激突していた……。




「――くらえッ!」


 岩壁に突っ込んだラガンを見て、ライザールは立て続けに火球魔法を放った。

 連続する爆発が岩壁の崩壊を加速させる。


「どうだっ!」


 ライザールが全力で放つ火球魔法は、ゴーレムならば原形すら留めないほど粉々にする威力がある。

 だが、もうもうと立ち込める土煙の中から出てきたラガンは、まるでダメージを負った様子がなかった。


「ちくしょう、なんでだよっ!」


「なんでだよ、じゃないわよ! バカなの? 相手は炎を扱うモンスターなんだから炎が効くわけないでしょ。他の属性で攻撃しないさいよ!」


 シェルファの罵倒の体をなした助言を受け、ライザールは試しに氷系の魔法を撃ってみる。

 が、ラガンに効いた様子はまるでなかった。もともと火属性以外の攻撃魔法はそれほど得意ではないが、それを差し引いても散々な結果である。


 ラガンはまるでライザールの魔法など眼中にないと言わんばかりに、挑発を続けるリアムに向かって突進を繰り返す。

 その猛攻を、リアムは盾を使ってなんとかいなしていた。

 それが可能なのも、シェルファの操る水の精霊が炎への耐性を高め、傷ついた肉体をダイアナが回復魔法で癒しているおかげだった。

 リアムの強靭な肉体。強力な魔法の防具。そして魔法による支援。それらが一つになって初めてリアムという最強の盾役(タンク)が完成するのだ。

 だが、それは逆に言えば、どれか一つでも欠ければ、あっという間に戦線が崩壊してしまうことを意味している。


 リアムが耐えている間、ライザールはひたすら火球魔法を撃ち続けるも、やはりラガンに傷ひとつ付けることさえできなかった。


「くそっ、俺の魔法じゃ威力が足りないって言うのかよ!」


 苛立ちが抑えきれず、地面を蹴りつける。

 すると、それまで戦闘に参加せず、じっとラガンの様子を観察していたカイルが口を開いた。


「――いや、そうじゃない。いくら外皮が硬いといっても、あれだけの攻撃魔法を喰らって無傷というのはありえない。ザルド種は本来、炎に弱い。にもかかわらず効いていないというのは、攻撃魔法……あるいは炎そのものを無効化するなんらかの能力を持っている可能性が高い」


「能力って?」


「わかりやすいのがあるだろう。あの全身に浮かび上がっている紋様と、そこから出ている白いオーラだ」


 言われてライザールはあらためてラガンを見る。たしかに全身から、まるでラガンの怒りを表しているかのように白いオーラが激しく揺らめいていた。


「あの白いオーラのせいで俺の魔法が効かないってこと?」


「確証はないがな。――ヨネサンはどう思う?」


「その可能性は十分にあるかと。おそらく魔力を使って一種の防護膜のようなものを展開しているのだと思われます。奴が自身の発する炎で傷ついていないことも、それで一定の説明がつきます」


 ヨネサンの指摘が正しいようにライザールにも思えた。

 火球魔法を扱う際、術者は自身が火傷を負わないよう手のひらに魔力で防護膜を展開する。それと同じことをラガンも行っているのだ。その証拠にラガンから強い魔力の波動を感じる。


「これは私の推測ですが……」


 さらにそう前置きして、ヨネサンが自説を展開しだした。


「先ほどラガンが炎紋草を食していたと思しき痕跡があったでしょう。炎紋草は魔脈失温症の特効薬になるだけあって強い熱を持つ特性があります。おそらくラガンは炎紋草を長期間摂取し続けたことで、炎を操る力と耐性を身につけたのではないでしょうか」


「なるほど、変異種特有の強い魔力と炎紋草の特性の合わせ技というわけか……」とカイルが唸る。


「けど、他の属性魔法でも攻撃したけど、ぜんぜん効いてなかったよ」


 ライザールはそう指摘してみた。


「それは単純に威力の問題でしょう。あなたは火系の魔法とそれ以外の魔法に随分と差があるようですから」


 ヨネサンの容赦ない寸評に、ライザールは何も言い返せなかった。

 実際、ヨネサンの指摘は間違っていない。ライザールはただ好きだからという理由で火球魔法ばかり使い、鍛えてきた。当然、属性の相性など気にしたことさえなかった。

 そのツケをまさかこんな形で支払わされることになるとは……。

 得意の火球魔法は完全耐性で防がれる。他の属性魔法では硬い皮膚に跳ね返される。八方塞りとはまさにこのことであった。


「ちくしょう……どうすればいいんだよ……」


「そう悲観することもないさ」


 カイルが落ち着いた口調で言った。


「炎への耐性がラガンが生まれながらに持つ特性ならばどうしようもないが、後天的に身につけた能力だというのなら打つ手はある」


「どういうこと?」


「さっきヨネサンが言っていただろう。魔力を使って防護膜のようなものを展開してるって。あの白いオーラが魔力を源としているのなら、その元を断てば能力を封じられるということだ。――ヨネサン、やれるか?」


 水を向けられたヨネサンは、口の中でなにかぶつぶつと呟いてから、ゆっくりと頷き返した。


「……完全に封じることは難しいですが、効果を半減させるくらいならなんとかなると思います。それで倒せるかどうかは彼の魔法の威力次第ですが……」


「ライザールはどうだ、やれそうか?」


「そんなのわかんないけど、やれって言うなら全力でやるよ」


「よし、任せたぞ。――ヨネサン、時間はどれくらい必要だ?」


「四百秒ください」


 その返答を受け、カイルは声を張り上げた。


「――よし、みんな聞いてたな。ヨネサンの準備が整うまで全員でリアムを援護するぞ。俺も前に出る。ダイアナ、俺に身体強化魔法を。シェルファはそのままリアムの回復に集中してくれ」


 手早く指示を出すと、カイルは最後にライザールの方を向いた。


「君はヨネサンとタイミングを合わせて攻撃だ。チャンスは一度しかないから、出し惜しみせず全力でやるんだ」


「……わ、わかった」


 ライザールはごくりと唾を飲み込んだ。

 誰かの期待を背負って魔法を使うなんて初めてのことで、しかもその成否が仲間の命運を握っているのだ。それはこれまでに感じたことのない重圧だった。


「よし、いくぞッ!」


 カイルは剣を構えて走り出した。

 そのまま戦場を大きく迂回し、ラガンの背後に回り込む。

 散々突進をいなされたからか、ラガンの意識は完全にリアムに向けられており、その動きに気付いた様子はない。


「はぁッ!」


 死角から飛び込んだカイルの剣がラガンの右眼球を一突きにする。

 どんな頑強な生物だろうと眼球は鍛えられない。その効果はてきめんだった。


「ブモオオォォォォッ!」


 片目を潰されたラガンが、苦痛の雄叫びをあげながら身をよじる。

 カイルは以降も残った左目を狙う動きを執拗に繰り返した。

 ラガンはその動きを露骨に警戒し、カイルの姿が視界に入る度に上体や首を捻る。

 結果、突進の勢いは完全に削がれていた。


 だが、突進を封じても超重量を誇るラガンの破壊力は凄まじい。

 おまけにラガンの角は常に炎を発している。

 凄まじい熱によって、リアムの甲冑は表面が炉に投じられた鉄のように真っ赤になっていた。いくら水の精霊の加護があるとはいえ、中は想像を絶するような暑さに見舞われているに違いない。

 それでもリアムは正面からラガンと対峙し、猛攻を耐え続ける。


 しかし、いくらリアムが鉄壁の盾役(タンク)でも、人間である以上いつか限界が訪れる。

 大量にあった魔力回復ポーションはすでに底をついていた。ダイアナやシェルファの魔法の援護が途切れた途端、リアムの牙城は一気に崩壊してしまうだろう。

 そうなる前に勝負を決めねばならない。

 ライザールはひたすら魔力を高め、ヨネサンからの合図を待つ。

 じりじりとした時間が続く。

 ふと、ラガンの身に起きた変化に、ライザールは気付いた。

 角の根元の皮膚に焦げ目のようなものがついているのだ。

 炎が効いている――。


「わ、私にできるのはここまでです……あとは頼みました……」


 魔力を使い果たしたのか、ヨネサンはへなへなと尻もちをついた。


「任せろッ!」


 ライザールは両手を前に突き出し、魔法の発動体勢に入った。


 だが、ラガンは自身の変調に気付いたのか、それとも不穏な空気を感じ取ったのか、ふいに動きを止め、ライザールの方を見た。

 目が合った瞬間、角から巨大な火球が放たれる。

 それはこれまでに見たこともないほどの大きさだった。

 かまわず火球魔法を撃つか、それとも一度回避すべきか。ライザールは一瞬判断に迷った。

 戦場での迷いは致命的な隙となる。

 決断を下すよりも先に、巨大な炎の塊が眼前に迫っていた。

 ライザールは反射的に目を閉じる。

 だが、数秒経っても予想した衝撃は訪れなかった。

 そうっと目を開くと、信じられない光景が広がっていた。

 眼前にそそり立った水の壁が、火球を受け止めていたのだ。

 じゅう、という音と共に火球が消失し、代わりに白い蒸気が吹き上がり、一瞬で周囲が霧に包まれた。


「あたしも、もう……限界……」


 シェルファの弱々しい声が耳に届く。

 彼女が水の精霊で守ってくれたのだ。ライザールは心の中でエルフの少女に感謝すると、勢いよく霧の中から飛び出した。

 すぐ眼前にラガンの巨体が迫っていた。

 だが、今度は迷わなかった。

 むしろこれなら外しようがないとさえ思った。


(――絶対に決める!)


 ライザールはありったけの魔力を注ぎ込み、渾身の火球魔法を放った。

 特大の火球がラガンの巨体に命中、爆発する。

 耳をつんざくような轟音。そして明滅する世界。

 ラガンの巨体を、それを遥かに上回る巨大な火柱が飲み込んでいた。

 燃え盛る炎の音に、断末魔の咆哮が重なる。


 ライザールは勝利を確信した。

 だが、その直後――信じられないことに、ラガンが燃え盛る炎柱からのそりと姿を現した。

 頭の半分が吹き飛んでいる。

 どう見ても致命傷である。今すぐに力尽きてもおかしくない。

 それでもラガンは、全身を炎に焼かれながら一歩、また一歩と、刻むようにゆっくりと近づいてくる。突進で全てを手に入れてきた巨獣は、死を目前にしながら、本能だけで前に進み続けているのだ。


「あ……あ……」


 ライザールはその凄まじい執念に恐怖を覚え、逃げることも忘れ、ただ呆然と立ち尽くした。


 ――その時、どこからともなく飛来してきた光弾がラガンの残った左目に突き刺さった。

 一瞬遅れて、爆発が生じる。

 ラガンの象徴とも言うべき角が頭部もろとも吹っ飛んだ。

 その衝撃波で、ライザールは我に返った。


「うああああああぁっ!」


 無我夢中で火球魔法を放った。

 熱風で前髪を焼かれながらも、ひたすら魔法を唱え続ける。

 ラガンの巨体が完全な消し炭になるまで何度も何度も。


「――もういい。十分だ」


 ふいに肩を掴まれる。

 いつの間にかカイルが傍にいた。

 見ると、炎角のラガンはもはやただの黒い塊にしか見えなくなっていた。


「……し、死んだ……の?」


 カイルは静かに、だがはっきりと頷いた。


「よくやってくれた」


 その一言で、戦いが終わったのだと、ようやくライザールは理解した。

 力が抜け、その場にがっくりと膝をつく。

 恐怖が去ると、代わりに高揚感と充足感が全身を満たし始めた。

 直接殴ったわけでもないのに、手のひらに手応えのようなものがあった。

 自分の魔法が大型モンスターを倒したのだ。

 ただ、この勝利が自分の力だけで成し遂げたわけではないことも理解していた。

 顔を上げると、シェルファやダイアナ、そしてヨネサンが笑顔で駆け寄ってくるのが見えた。


「仲間、か……」


 ライザールは噛みしめるように呟く。


 それはひとりの少年が冒険者を志すことを決めた瞬間であった。



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