モンスターにはモンスターの事情がある
翌日、一行は夜明け前に出発した。
ザルド種は夜行性で、明け方になると寝床で眠りにつくと言われている。つまり今の時間帯が炎紋草を安全に入手できる唯一の好機なのだ。
とはいえ、ラガンの縄張りはかなりの広範囲にわたる。おまけに炎紋草がどこに生えているのか詳細な場所まではわかっていない。空を飛べない以上、地道に足を使って探すしかなかった。
ライザールは昨日と同じようにカイルのすぐ後ろに付いて歩いていた。
不気味なほどに静まり返っている森の中を慎重に進んでいく。
「ザルド種は縄張り意識が強く、余所者の侵入を決して許さない。なんとかラガンに見つかる前に炎紋草を見つけたいところだな」
前を向いたままカイルが言った。
「なにか炎紋草がある場所のヒントみたいなものはないの?」
「それがあれば苦労しないよ。ただ、本来ザルド種は木の葉や枝などを好んで食すと言われていて、それらが豊富な山の麓などに縄張りを張ることが多い。だから山の中腹に縄張りを張ること自体が珍しいことではあるんだ。その辺りがヒントになるかもしれないな」
「へぇ意外、てっきり肉食なんだと思ってた。でも、だとしたら炎紋草が好物とかなんじゃないの?」
「たしかに、それはありえない話ではないな。とはいえ、仮にそうだったとしても、それで炎紋草の在りかがわかるわけじゃないからなぁ」
「ちなみに、ザルド種って他にどんな特徴があるの?」
「言うまでもなく身体がデカくて硬いことだが、聴覚と嗅覚も鋭いな。その反面、視力は弱いらしい。あとは……縄張りを主張するために山盛りのフンを残していくとかか。あれは見物だぞ。尋常じゃない量だから、その辺の岩と見間違えてしまうくらいの迫力があるんだ」
「ちょっと、朝から汚い話しないで」
後ろからダイアナの非難がましい声が飛んでくる。
それを受けてカイルはバツが悪そうに肩をすくめた。
「とはいえ知っておいて損はない知識だ。フンを発見できれば、そこがザルドの縄張りだとすぐに気付けるからね。そういう情報を見逃さないように常に周囲に気を配る。冒険者の鉄則だから、よく覚えておくといい」
「俺は冒険者じゃないってば」
「なら人生の教訓にでもしてくれ」
「なんだよ、それ」
そんな会話をしたから、というわけでもないだろうが、それからちょっと進んだ小川のほとりで巨大なフンが見つかった。ぱっと見は本当に岩に見える。強烈な臭気を発していなかったら素通りしていたかもしれない。
「量からして、まず間違いなく炎角のラガンのものでしょうね」
ヨネサンが鼻をつまみながら言った。
「……ねぇ、今さらだけど、なんで『炎角の』ラガンって呼ばれてるの?」
同じく鼻をつまみながらライザールは尋ねる。
「その名のとおりですよ。ラガンは角に炎を宿す能力を持っているんです」
「本当にそのまんまだね。でも、それだけならそんなにヤバそうな感じはしないけどなぁ……」
「とんでもない。あなたも昨日ザルドの突進を見たでしょう。ラガンはあれよりもふた回りは大きいんです。その巨体が角に炎を纏わせてぶつかってくる。その威力は並のモンスターの比ではありません。さしものリアムでも止めることができるかどうか……」
「だったら昨日みたいに魔法で眠らせれば楽勝なんじゃないの?」
「ラガン相手にはたぶん通用しないでしょうね。私程度の魔法で眠らせられるなら名前付きにはなってませんよ」
ヨネサンは悔しさを微塵も感じさせずに答えた。
「なるほど、そこで俺の出番ってわけだ」
ライザールが親指で自分を指すと、ヨネサンはたちまち呆れ顔になった。
「なにが、なるほど、ですか。出くわしたら戦わずに逃げるんですよ。目的は炎紋草を手に入れることであってラガンの討伐ではないですからね」
「でも、そんな簡単に逃がしてくれないんじゃないかな」
「たしかに一筋縄ではいかないでしょう。ですが、縄張りの外に出ることさえできれば後はなんとかなります」
「なんで?」
「モンスターにはモンスターの事情があるんですよ。今のラウスピッツ山は東西南北それぞれに主である変異種が存在していて、互いに縄張りを狙っているという特殊な状況にあります。だから、おいそれと自分の縄張りから離れられない。実際、ラガンがこの辺りの主になってから山を下りてきたことは一度もないと言われてますしね」
「ふぅん」
「ねぇ、なんでもいいからさっさと行こうよ。鼻がどうにかなりそう」
涙目になったシェルファが催促してきたので一行は移動を再開した。
ラガンの縄張りにいることが判明したからか、あからさまに皆の口数が減っていた。カイルもこれまで以上に進むルートを慎重に選んでいる。
やがて徐々に傾斜が急になり、段差が多くなってくる。地面も下草が少なくなり、岩や土がむき出しになっている場所が増えてきた。その変化が、自ら危険に足を踏み入れているという感覚をより一層強める。
しばらく進んだところで、ダイアナが突然「あっ」と声を発した。
「ねぇ、あれってそうじゃない?」
全員が指し示す方角を見る。
遠くに赤い塗料で染めあげられたような斜面が広がっていた。
「あの鮮やかな色合いは……炎紋草の群生地で間違いありません」
ヨネサンが断言した。
「よっしゃ!」
ライザールは我先にと駆け出した。
が、すぐにカイルに肩を掴まれ引き戻される。
「慌てるな。見えたからって近くにあるわけじゃない。ここから走っても途中でへばるだけだ。焦らず、慎重に進もう。大丈夫、炎紋草は逃げやしないさ」
ライザールは逸る気持ちを抑え、大人しく従った。
カイルの言うとおり、炎紋草の群生地までさらに一時間近くを要した。上空の霧の向こうから朝日がやんわりと差し込んできているのがわかる。
ちょっとした岩場を登りきると、開けた場所に出た。
そこに広がる光景にライザールは思わず息を飲んだ。
正面の岩肌の隙間から炎紋草がびっしりと生え、まるで真紅の絨毯を敷き詰めているかのように視界が赤一色に染まっていた。風が通る度に草が揺れ、わずかな陽光を反射した赤い波が斜面を走り抜ける。
「きれい……」とシェルファがリアムの腕を掴みながら呟いた。
「たしかにこれは……壮観ですね……」
ヨネサンも感動で声を震わせている。
「のんびりしている時間はないぞ。ラガンに見つかる前にさっさと採取してしまおう」
その手の感動とは無縁なのか、カイルが皆を急き立てた。
ライザールは近づいて、そっと炎紋草に手を伸ばす。ハート形をした赤い葉に触れた瞬間、予想外の熱を感じて思わず手を引っ込めた。慎重に葉を裏返してみると、葉脈に沿うように炎が燃え上がっているような白い紋様があった。
「……なるほど、それで炎紋草ってわけね」
それから一行は手分けして炎紋草を採取する。治療にどのくらいの分量が必要かわからないので、とにかく手当たり次第に引っこ抜いては背負い袋に詰め込んでいく。
「……おや?」
ふいにヨネサンが声を上げた。彼は先ほどから採取には参加せず、ずっと周囲を警戒していたのだ。
「どうしたの?」
「あれを見てください。あそこだけごっそりと炎紋草がなくなってます」
ライザールは指し示された場所を見る。たしかに虫に食われたように地面が露出していた。
「おそらくラガンが食べたのでしょう。どうやらあなたの予想が当たっていたようですね」
「これって、そんなにおいしいのかな?」
ライザールは手にした炎紋草に鼻を近づけてみたが、真っ赤な色に反して青臭い匂いしかしなかった。
と、その時だった。
突然、山全体を揺るがすような咆哮が響き渡った。
「あそこ!」
シェルファが崖の上を指さした。
そこには、こちらを見下ろしている巨獣の姿があった。




