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第3話

読んでいただきありがとうございます。

基本、毎日19時を目安に投稿予定です!

 一年七組。私ときょーちゃんの所属するクラス。一クラスは四十人で、各学年、一組から七組までがある。


 我らが七組は五階の廊下の一番端っこにあり、階段からも離れているため、若干ハズレの感がある。遅刻ギリギリのタイミングで教室に飛び込む場合や移動教室で、明らかに他の組と比べて不利だと思う。そんな恵まれない教室に入ると、まだ誰もいなかった。朝のホームルームまで一時間くらい時間があるし、そりゃそうか。


 私と同じく早めに登校してきたきょーちゃんは、朝のうちに今日のテストに備えて勉強しておこうと思っていたらしい。


 入学早々のテスト。新入生向けのテストだからといって、内容は中学生向けのものというわけではない。春休みの間に出された課題は高校一年生の単元で、今後の授業で習う範囲の先取りだった。その範囲の単元について、春休みに出した課題をちゃんと生徒たちがこなしてきたかを測るためのテストである。


 ただこのテスト自体の出来は、今学期の成績に含まれるものではないらしい。中学校の時点で高校の範囲まで学習を進めている生徒――主に私立出身で、塾とかも行ってるような子――と、そうではない生徒――主に公立出身の私やきょーちゃんみたいな子――との差を埋める、というか、差を確かめるためのテストなのだと思う。


 何を隠そう我らが陽実女子は、地域では上位の進学校ではあるものの、トップをひた走る礼華学園とは進学実績で大きく水をあけられている。


 向こうは中高一貫で、中等部を卒業する頃には高校の指導範囲をほぼ全て修了しているのだ。そうして高等部での三年間はほぼ受験対策に尽くされる。


 高校からの編入枠も設けているものの、地区では段違いに難関で、飛びぬけた数名程度だけが編入する。お姉ちゃんみたいに突出した人間だけが選ばれる場所。私たちのような公立中学出身の生徒たちとは、今の時点で残酷なほどに学力の差があるのだ。そのいかんともしがたい差を、この入学直後のタイミングでちょっとでも詰めようという心づもりがあって、このような課題とテストがあるのだろう。


 陽実女子の進学実績は、学年280人のうちトップの十数人くらいが国立最上位のT大学やK大学へ合格するかも、といったくらいだ。残りの人は地元や地方の国立大学を目指したり、有名私立大学に入れたり入れなかったり。一方、礼華学園は学年の半数以上がT大学に進学するレベル。雲泥うんでいの差、月とすっぽん、提灯ちょうちん釣鐘つりがね――とまでは言わないけど、その差は歴然だ。まあそもそもT大を目指している子がこの高校にどれだけいるんだろう、という話なんだけど。


 とはいえ学校のテストの成績というのは、内申点や先生の評価だけじゃないのを私たちはみんな知ってる。クラスでのポジションとかカーストとか、そういうのに影響しちゃう。最下位くらいにいると、なんかバカな子って思われちゃって目立つからあんまり望ましくない。かといってクラスで上位になりすぎるのもかなり目立つ。


 きょーちゃんがそこまで考えてるかはわからないけど、私としては目立つのは避けたい。


 この十五年間、勉強でもスポーツでも、お姉ちゃんと比べられてばかりだった。お姉ちゃんが人目を集めると自然と私にも注目が集まる。勝手に期待して、勝手にいなくなる。がっかりして消えていくくらいならまだマシだ。最低なのは同情してくるやつ。「お姉ちゃんと貴女あなたは違うからね」「貴女は貴女らしく自信を持って」なんて舐めた哀れみを投げてくる。今まで、そうして目立って得したことなんて一つもなかった。


 だからテスト前にちゃんとテスト範囲を確認しておき、これから習うだろう範囲の問題を少し間違えて、ちょっと点数を抑えようかなって思っていたのだ。ここにはお姉ちゃんはいないけど、それでも、誰かと比べられてあーだこーだ言われるのはお断りだ。


 そんなことを考えながら、自分の席を探す。まだ出席番号順に並べられた、今しか実現しない規律通りに並んだ席。私は真ん中の最後方の席だ。


 教室の一番後ろには黒板が備えられており、時間割や事務連絡を記載するスペースになっている。その分、前方の黒板は教室の幅いっぱいにあり、一面の壁すべてが黒板として授業に使用できるようになっている。荷物を仕舞うロッカーは各教室の廊下に出されているので、教科書をロッカーに入れている生徒は休み時間のたびに取りに行く寸法だ。


 と、教室に入ったところで異変に気付く。教室にあるすべての机の上に、白い紙が置かれている。


 まさか、自分の席に通学鞄を引っ掛けつつ、椅子に座って紙を手に取ってみると、つるっとした感触が指先に伝わる。ラミネートされているこの紙の質感には覚えがあった。

 

「問題㉚。「宇宙の日」、「とっとり県民の日」のほか、その語呂合わせから「クイズの日」とも呼ばれるのは何月何日でしょう?」

 

 やっぱりクイズだった。問題用紙には、例の愛想の悪いウサギのキャラクターもいる。ソメイヨシノに貼られていたクイズと同じだ。問題番号も㉚となっているから、先ほどの問題の続きで、最後の一問なんだろう。なんだって最後の一問だけは教室に置いたのか……。


 とりあえず、と問題を読み返してみる。「宇宙の日」も「とっとり県民の日」も聞いたことはない。だけど文章の後半で推測はできそうな問題だった。「その語呂合わせから」と書かれているということは「クイズ」という言葉との語呂合わせなんだろう。クイズ、の語呂合わせということは、素直に考えれば九、一、二? 9月12日だろうか。でも語呂合わせというのは往々にして適当になるものだから、九、一、三でも九、一、四でもクイズと読めそうだ。


 参考までに、きょーちゃんにも聞いてみようかな。きょーちゃんの様子を見ると、ちょうど机に置いてあった紙を手に取ってしげしげと眺めているところだった。


 声をかけようと立ち上がると同時に、教室の前側の扉ががらりと音を立てて開いた。開いた扉から、ひょろりと背が高くて分厚い眼鏡をかけた先生が入ってきた。クラス担任の松本先生だ。いつも通り真っ黒の髪を後ろで一つにまとめている。


「あら、もういるの。おはようございます」


「おはようございます、先生」ときょーちゃんが返したので、私は頭だけ下げる。きょーちゃんは誰にでも物おじせずに挨拶できる。


 松本先生の手を見ると、ラミネートされた白い紙を大量に持っていた。「それって」と先生に声をかけようとすると、先生が先に口を開いた。


「やっぱりこのクラスにも配ってあるわよね。まったく」とため息をつく。


「この紙のことですか?」

「そう。どうもクイズ部の子たちが勝手に新入生のクラスに配ったみたいでね」


 クイズ部。そんな部活あったっけ。部活動紹介では聞かなかった気がする。各席に置かれた紙をひょいひょいと拾い集めながら、松本先生が続ける。


「あ、クイズ部っていうか、まだ同好会なんだけどね。そもそもウチのガッコのルールだと、部活動紹介の時間がもらえるのは正式な部活動だけでさ。それ以外での勧誘活動は掲示板への勧誘のビラを貼るだけ。それ以外は禁止なのよ」


 なるほど。そのクイズ部(というか同好会?)が、部員の勧誘のために配ったのがこの紙なんだろうか。改めて見直してみても、この紙には「クイズ部」と書いてない。新入部員を募集している旨も、部活動としての活動も書いてない。これを配ってどうするつもりだったんだろう。これでは部員も増えないし、部活動の認知も進まないと思うんだけど……。


「どうも今朝の朝いちばんに配って回ったみたい。あんたらと同じように早めに来てた、他のクラスの子が教えてくれてね。というわけで、私がこの半分イタズラみたいな紙を回収してるの」

「おつかれさまです……」


 思わず先生を労う。朝から一年生全員分の紙を回収して回るのは面倒だろう。先生の回収が私の席の周りにまで来たので、手に持っていた問題を渡した。「あ、手伝いますよ!」と、きょーちゃんは自分の周囲の席の分を集めて、先生に手渡す。クラス全員分とはいえ、たかだか四十枚の紙はあっさりと先生の手に回収された。


 松本先生は枚数を数えて確認したあと、私たちに軽く感謝を述べながら教室を出て行った。


「すごいことする人たちもいるんだね。高校生って感じ」


 他人事らしく、きょーちゃんがにこにこしながら言った。

 たしかに中学校だと、ここまで学校のルールを踏み越えて行動しようとする人っていなかった。高校の洗礼を浴びたような気がしたし、どこか他の世界での出来事を聞いた気持ちにもなったから、まさに私にとっては他人事なんだろう。


「頭のいい人ってこういうことするイメージあるな。私、ヒナちゃんもそんな感じするよ」


 ヒナ姉ちゃんの名前を聞いて、確かにと思った。お姉ちゃんならやりそうだし、悪びれもしないだろう。「確かに。お姉ちゃんはそういうこと、しちゃいそうだよね」と同意する。好きな時に好きなことをするし、それで自分がどう思われるか、そんなことには関心がない。そういう人じゃないとこういうことはできない。クイズ部の人も、きっとそっち側の人なんだろう。


 陽実女子にもそんな人がいるっていうのは、正直、意外だった。勉強も部活も生活態度も、平均よりは上だけど、突出したり目立ったりしない。一番にもならず、最下位にもならず、でも、誰からも咎められないくらいの順番にいようとする人たちが集まる学校。私の中では、そういう学校だと思っていた。


 そういう人と一緒にいると、自分がどこまでも凡人で、何者でもないってことに気づかされてしんどいのだ。だからそういう人があんまりいない場所に自然と集まる。生まれてからずっとそういう人と一緒にいた私は、そのことを誰より知ってるつもりだ。


 ちらっと様子を見たきょーちゃんは、せっせと入学テストに向けて最後の悪あがきを始めていた。その時、スマホの通知を知らせる振動音が、通学(かばん)から聞こえた。


 もう先生もいないしこそっと確認しとくかー、と思ったけど、そもそもこの学校は授業中以外の携帯電話の使用を許可しているんだった。さすが私立校、さり気にこういう細かいところのポイントが高い。堂々とスマートフォンを取り出し起動する。通知のポップアップを開くとメッセージアプリが立ち上がった。


「どうして起こしてくれなかったの!」

「お姉ちゃんが遅刻したらどうするの!」


 その後ろに「ずーん」としょげた様子の後姿のパンダのスタンプが並んでいる。お姉ちゃんからのメッセージだった。思わずちょっと吹き出して「自業自得です」と、腕を組む、同じパンダのスタンプを返しておいた。結局あの後、今の今まであのアラームの中で寝ていたのかと思うと笑ってしまう。私のお姉ちゃんは面白い。話題の尽きない人だと思う、私と違って。


 そのまま何気なくスマホを操作していると、さっきまで開いていたブラウジングアプリが立ち上がった。例のクイズ部の、回答用WEBサイトに接続したままになっていた。


(そういえば、さっきの問題の紙って全部回収されちゃったから、もう誰からも回答してもらえないのか)


 そう考えたら、ちょっとかわいそうに思った。いつの間にか教室にはそこそこの人数が既に登校してきている。彼女たちはみんな、クイズ部が作った問題の存在も知らない。


 十年前くらいの、お父さんの誕生日のことを思い出した。ヒナ姉ちゃんが主導して、私とお母さんも一緒に準備したとっておきのサプライズに、お父さんは悪気なく気づいてしまった。私とお母さんは「しかたないね」とサプライズを半ば諦めて、逆にお父さんは気づいてないふりをして喜んでくれたけど、お姉ちゃんは、心底失敗してしまった顔をしていた。不甲斐なさが悔しくて、準備したことがうまく進まなくて、どうしようもない、行き場の無い悲しみに染まった顔。


 クイズ部の人たちの行いは確かにルール違反で、学校としては認められないものだ。そもそもクイズ部とも書いてないから部員も増えないし、クイズ部の存在も知ってもらえない何だかすごく愚かしい取り組み。


 だとしても、新入生全員分の問題を印刷して、それをラミネート加工もして、回答を集めるためにWEBサイトも作ってあった。今日だって、私よりももっと早い時間に学校に来て、問題を配って回ったんだろう。


 これだけのことを実現するのは、きっととんでもない苦労だったんじゃないだろうか。高校生とはいえ、結局は子どもでしかない。クイズ部のことを知ってもらうために、精いっぱい用意したのが、このクイズだったではないか。そうだとすると、誰か一人くらい、ちゃんとこのクイズを解いてあげても良かったんじゃないだろうか。


 例えば、私とか。


 さっき、ソメイヨシノたちをぐるりと一周したときに、ほとんどの問題には回答していた。スマホの画面上の回答ボックスはほとんど埋められたままになっていた。答えに自信が無い問題もある。でも、これはテストじゃないんだから別に間違えていたっていい。


 このクイズには氏名欄がない。クラスや出席番号を入力する欄もない。誰が解いたのかはクイズ部の人にも特定できないだろうから、私が答えたところで目立つようなこともない。だったら尚のこと、誰か一人くらいは回答が届いた方が、作り手も報われるだろう。


 そう思い、送信ボタンを押そうと画面を下まで送ると、空白のボックスが出てきた。


 あ、問題㉚だ。そういえばまだ答えを入力していなかった。「クイズの日」の語呂合わせが答えだから「9月12日」と回答を入力する。念のため、もう一度画面を一番上までスクロールすると、問題①も空白だった。「あれ」と口に出した瞬間、思い出した。


「問題①。この学校で一番部員の多い、大人気の部活は何でしょう?」


 苦笑する。新入生のためのクイズだから、わざわざ学校に関する問題を入れてくれていたのか。


 さすがにこれはわからないので、空白のまま、送信ボタンを押す。画面が切り替わって、「THANKS!」と叫んだ気だるげなウサギが現れた。台詞の調子と表情が噛み合っていない。そして何より、点数もわからないのは不親切だ。そこまで求めちゃダメか。


 ちょっとした「いいこと」をした気分になったので、ようやく春休みの課題を机に出して、テストの準備を始めようとしたら、きょーちゃんが席の前に立っていた。


「びっくりした。どうしたの」

「なんかスマホ触ってたから、声かけるの待ってたの。この問題だけちょっと教えてほしいんだけど、アスナ、わかる?」

「見てみないとわかんないかな。見せて」

「たしかに。見ないでわかったらすごいわ」ときょーちゃんが笑いながら課題のノートを見せてくる。


 見ると、二次関数の問題だった。完全に高校の範囲で習う範囲。一瞬、わからないふりをしようかと思ったけど、きょーちゃんは中学までの私の成績や勉強事情を知ってる。ここでまでできないふりをしなくてもいいか、と判断した。


「解いたノートあるから見せるわ。ちょっと待ってね」と鞄を漁る。見つけたノートを数ページめくって、きょーちゃんに見せながら、図の説明をしていく。きょーちゃんは予習をそこまでしてないだけで、もともと数学が苦手なタイプじゃなく、あっさりと理解した。


「さっすがアスナ。助かるー」

「じゃあ学食でアイス奢ってね」

「えっ、そんな。そこはひとつ他のことでお願いできませんか……」


 どうしよっかなー、と答えたところで、そういえば、と思い立った。


「あ、じゃあさ。この学校で一番人気ある部活って何か知ってる? 部員が一番多い部活。知ってたら教えて」と、先ほどの無理難題を投げかけてみた。


 きょーちゃんは一瞬きょとんとし、いつものふんわりスマイルで返した。


「そりゃ、演劇部でしょ。陽実女子の演劇部って言えば全国常連の超強豪校だし」


 今度は私がきょとんとしてしまう。

 なんでそんなこと知ってるの、と返すと、学校案内の中の部活動紹介のトップが演劇部だったそうな。きょーちゃん曰く、演劇部が目当てで受験勉強に励んでいた子たちも多いらしい。部活動紹介での印象が無かったことを伝えると、伝統的に、敢えて部長が一人で意気込みを熱く語るというストイックなものが通例だったので、響かない子には響かないのかもね、とのことだった。余談だけど、クラスの数人はこれを聞いて涙していたそうだ。すごい。


 そうして最後には「私も入ってみるなら演劇部かなって思ってるよ。アスナも一緒に入る?」ときょーちゃんに水を向けられたが、丁重にお断りした。


 私が難問中の難問だと思っていた問題①は、きょーちゃんどころかこの学校では誰もが知っているイージーな問題だったと知り、何だかちょっぴりきつねにつままれたような気分になったのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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