第2話
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クイズ。
問題。「クイズとは、何でしょう?」
クイズとは、出題者が既知の事実に対して質問をし、解答者がその質問に対する正解を答えるという遊びを指す。
「日本で一番高い山の名前は何でしょう?」という問題なら、正解は「富士山」だ。
では「この学校で一番部員の多い、大人気の部活は何でしょう?」だったら、答えは何か。
陽実女子高等学校。
S県H市の中心からやや外れた山裾に校舎を構えている、これから私が三年間お世話になる予定の学校の名前だ。
何でも明治の終わりごろ、一代で資産を築いたとある傑物が「これからは女子もまた高等教育が求められるであろう」と私財を投じて設立したとされている。
表向きはウーマン・リブ活動の先駆けとされているが、その真意は「これからの時代、いいとこのお嬢さんたちに教育を受けさせるために、金に糸目を付けぬ輩も増えてくるだろう」との見込みで、ビジネスとして学校を立ち上げたと専らの噂だ。
そうした背景からか、古い割に宗教色も伝統色も薄い。制服は頻繁にかわいらしくリニューアルされてるし、設備投資や広報活動にも積極的で、進学実績のアピールもアグレッシブだ。地域にある他の進学校と比べると良くも悪くもビジネスカラーが強い。ただ、地域でも上位の進学実績と、柔軟に流行を取り入れる姿勢が評価され、地域の学生から親御さんまで、なかなかの人気を誇る(と思う)私立高校だ。
T大合格者○○人! と謳った幟が立ち並ぶ正門から校舎の正面玄関まではクラシカルな煉瓦敷となっており、その両脇は立派なソメイヨシノがぎゅうぎゅうと立ち並んで、四月には新入生を歓迎する構えだ。しかし、今年ときたら春一番の後に空気を読まずにやってきた線状降水帯によって、新入生を迎えんと満開を迎えていた桜の花は一掃され、ずいぶんとさっぱりとした佇まいになってしまったらしい。
らしいというのは、新入生である私はもちろんその様子を見ていなくて、先日開かれた入学式で、校長先生が冗談めかしてそう言っていたのを聞いたからだ。
入学式から一週間が経った出迎え担当のソメイヨシノたちは、花は散り散りになったままだが、昨日と比べると大きくその様相を変えていた。
ソメイヨシノの黒々とした幹に、ぺたりと何やら白い紙切れが貼り付けられているのだ。
一本のソメイヨシノにつき、一枚。A4のコピー用紙くらいのものだ。左右を見渡すと、煉瓦敷の道の左右に立ち並ぶ数十のソメイヨシノにそれぞれ一枚ずつ紙切れが付いている。
昨日までこんなものは無かった、はずだ。朝からこんな不審なものを見つけてしまうとは。早起きは三文の徳という言葉は嘘だったのか。
そもそもヒナ姉ちゃんの部屋のアラームが大音量で鳴ったせいで目が覚めてしまったのだから、予定していた早起きというよりは事故みたいなものだったけど。これならお姉ちゃんが起きて、アラームを止めるまで布団で粘ったら良かったかな……。目も覚めちゃったし、ちょっと早めに登校して入学テストの準備でもしておこうかなと思っていたのだけど、こんなよくわからないものの第一発見者になるとは思ってなかった。
ただ、見つけてしまえば気になるのが人の性ってものだと思う。入学早々から不審な行動で目立つのはごめんだったけど、幸いまだ誰も登校してきてないみたいだし。ちらっと紙に書かれている内容を確認するくらいの時間はあるだろう。
正門から構内に入って最も近く、右手に佇んだソメイヨシノへ近づき、幹に貼られた紙に目をやると、そこにはこう書かれていた。
「問題①。この学校で一番部員の多い、大人気の部活は何でしょう?」
なんじゃこりゃ。……クイズ?
問題①とあるのは、他にも問題があるということだろう。ここの
ソメイヨシノに貼られた紙の数だけ問題があるってことだろうか。
ざっと数えると全部で二十本から三十本くらい。じゃあ全三十問ってところだろう。
ただ、肝心のクイズの内容は、ちょっと難しすぎるというか、不公平なクイズだと思った。新入生の私には、この学校の部活の勢力図なんてわからない。
唇に軽く右手の指先を当てて、ちょっと考えてみる。一般論として、何となく人気がありそうだったり部員が多そうな部活はわかるけど、正確な部員数なんて新入生が知る術はない。単純に考えると頭数が揃いやすいのは、団体競技の部活だろうか。昨日の紹介だと、文化部なら吹奏楽部、運動部なら女子サッカー部とかがあったはずだから、その辺りが本命かな。昨日、見学に行った百人一首部は、先輩たちが五、六人くらいだったと思うから、さすがに一番多いということはないだろう。
陽実女子は学年あたり二百八十人の生徒がいる。全校生徒は八百四十人。昨日紹介された部活動はきっと四十種類くらいだったから、一つの部活につき部員が二十人以上いたっておかしくないはずだ。となるとやっぱり運動部を候補に挙げたくなるけど……いや、実は帰宅部が一番部員数が多い……なんてこともある。
うーん、さすがに決め手がない。
顔を上げてもう一度紙に目をやると、問題文の下には「回答はこちらから!」と、セリフに反してテンションが低そうな顔をした手描きのウサギが叫んでいた。気だるそうなウサギの指先にはQRコードが印刷されている。スマホを取り出して読み込んでみるとWEBサイトにジャンプした。
画面には問題①と書かれた空白のボックスがあり、恐らくそこに回答を入力するのだろう。それ以外には特に装飾も機能もない、簡素な作りだ。下までスクロールすると、問題番号は㉚まで。画面の最下部には「送信」というボタンがある。どうやら、この問題に回答するためだけのサイトだけど、やっぱりこのクイズの目的はわからない。
しかも、近づいてみて気づいたけど、この紙、ちゃんとラミネート加工されている。回答用のWEBサイトまで用意してあったり、ただのイタズラにしては手が混みすぎだ。
怪しい。
昨日、きょーちゃんと百人一首部の見学から帰るときには貼ってなかったと思う。見学と言うより百人一首の初心者のための体験会みたいなものだったけど、先輩たちも優しく、ずいぶん盛り上がった。結局、私たちは下校時間ギリギリまで私たちは学校に残っていたはずだ。
ということは、昨日の下校時間後から今朝までの間にこれが貼られたことになる。生徒がやったとすると、下校時間後も学校にいたことになるので、ちょっとおかしい。先生がやったんだろうか。新入生向けのレクリエーションかな、と一瞬だけ思ったけど、だとしたら案内がありそうなものだ。
どうせ時間もあるし、と、そのままぐるっと全部の問題を見て回ってみることにする。
「問題②。日本で一番標高が高い山は富士山ですが、世界で一番標高が高い山は何でしょう?」――エベレスト。
「問題⑧。てこの原理において「三点」と呼ばれるのは、支点・力点と何でしょう?」――作用点。
「問題⑮。一四六七年から十一年間続いた、細川勝元が率いる東軍と山名宗全の率いる西軍が繰り広げた戦いを何というでしょう?」――応仁の乱。
「問題㉒。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず。」という冒頭の一節で知られる、福沢諭吉の著書は何でしょう?」――『学問のすゝめ』かな……?
「問題㉙。イタリア語で「自由な」という意味の、六人制バレーボールで攻撃に参加しない、守備専門の選手を何というでしょう?」――テレビで見たバレーボールの試合で、アナウンサーの人が解説してた気がする。……なんだっけ。
これで一周した。ここにあるソメイヨシノの全てに問題が貼り付けられていたはずだけど、問題は㉙までしかない。
あれ、一問足りない。
見落としたかな? ㉚を探しつつ、軽くもう一周して回る。
ちなみにこの問題、解いてみてわかったけど、全て短い文章の一問一答で、内容も、聞いたこともないようなものじゃなかった。そこまで難しくもない、テレビとかで見たりするくらいのよくあるクイズ。ただ、このクイズの目的はさっぱりわからないままだ。
もう一度校門の手前まで戻り、いったい何だったんだこれは、と唸っていると、後ろから声をかけられた。
「やっぱりアスナだ。おはよ。何してるの?」
いきなり投げかけられても、びっくりしないくらいには慣れ親しんだ声。
きょーちゃんこと村西杏子の声は、シルクの枕カバーみたいにするっと私の肌に馴染む。とげとげしさがどこにもない。きょーちゃんの人柄をよく表した、優しい声をしている。
振り向いて、きょーちゃんに向き直る。私よりもちょっとだけ低いところにあるきょーちゃんと目が合う。
「おはよ、きょーちゃん。早いね」
「アスナの方が早いじゃん。どうしたの?」
「あ、それがさ、聞いてよ」
と言いながらソメイヨシノから離れ、昇降口に向かって歩き始める。きょーちゃんが横に並んでくる。
そのタイミングで謎のクイズのことは頭から追い出した。そうだ、きょーちゃんに今朝のお姉ちゃんの話をしようと思ってたんだ。
とんでもない音量で朝からアラームをかけてたヒナ姉ちゃんの話。
隣の私の部屋まで鳴り響く大音量なのに、肝心の自分は起きるそぶりもなく、アラームは鳴り続けて。おまけに流れていた曲は『アンパンマンのマーチ』だった、と話すと、きょーちゃんはころころと笑った。下足箱にローファーを仕舞い込んで、上履きに履き替えたあたりで今日のテストの話題になり、そもそも高校の数学についていける気がしないというきょーちゃんの不安にうんうんと頷いた。
階段を連れ立って上がり、この校舎の最上階である五階を目指す。新入生である一年生のクラスは全て五階にある。階段を上がりながら、この学校では自分がまだまだ下っ端であることを自覚させられる。昨年まで中学校の最上級生だったのに、あっという間の都落ちだ。
ちなみに二年生のクラスが四階に、三年生のクラスは三階にある。つまり、三年生になると階段を上る労力が大きく減る。これが格差である。
運動部への所属経験も所属願望もない私は五階に着く頃には息が上がるが、横を歩くきょーちゃんはふんわりと余裕の笑顔を浮かべていた。中学校では同じ調理部(という名の帰宅部)だったのに。おかしい、同じくらいのテンポでお喋りしていたはずなのに。何か秘密があるんだろうか。
「きょーちゃん、謎に、体力、あるよね」と息も絶え絶えに聞くと「いいでしょ」とにっこり笑う。うーん、いいなあ。
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