第一話:重すぎるザックと、軽すぎる嘘
#槍ヶ岳に散る #最後の青 #小説家になろう #切ない #悲劇 #信州 #涙腺崩壊
辰野高校3年3組の教室には、いつもインクの匂いと大学受験への焦燥感が漂っていた。けれど、僕たち6人だけは別の匂いを感じ取っていた。窓の向こう、遠くに連なるアルプスの山々から吹いてくる、湿った土と松の香りを。
「江戸、もう一度僕たちを導いてくれ。あの頂へ。あの槍の先まで」
海斗は微笑みながらそう言った。夕日に照らされた彼の顔は、透けてしまいそうなほど蒼白だった。その隣では、朱莉が熱心に頷いている。彼女の手は、海斗のジャケットの袖を離そうとしなかった。
胸の奥が、ズキリと疼く。いつもの、慣れ親しんだ痛みだ。
「槍ヶ岳? お前らみたいな素人にはきついルートだぞ」
僕は突き放すように答えた。例え朱莉に地獄へ行こうと言われても、僕は首を縦に振るだろう。その事実を隠すために、精一杯の強がりを口にする。
「だからこそ、江戸君が必要なの」
朱莉の声は柔らかかった。けれど僕にとっては、それは絶対的な命令と同じだった。
教室の隅で僕たちのやり取りを黙ってレンズに収める芽衣。無理に大きな声で笑って空気を和ませようとする陽希。そして、真剣な顔で装備の計算に没頭している颯太。
僕たちは決めた。それが「卒業登山」になることを。
この時の僕はまだ知らなかった。海斗が自分の死に場所を計画していることも。そして僕自身が、朱莉が心から絶望するための手助けをしているのだということも。
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




