第九話:下りゆく残響
#槍ヶ岳に散る #最後の青 #小説家になろう #切ない #悲劇 #信州 #涙腺崩壊
下山の道のりは、登る時よりもずっと長く感じられた。背負っているものがもはや「希望」ではなく、凍てついた「現実」であるなら、なおさらだ。
鋭い岩肌に登山靴が当たるたび、その音は死を告げる弔鐘のように響いた。背負った海斗の体は刻一刻と硬く、重くなっていく。まるで槍ヶ岳の地が、彼を放すのを拒んでいるかのようだった。朱莉は僕の後ろを無言で歩き、海斗の体が揺れすぎないよう、ずっと僕のザックの紐を掴んでいた。
数時間に及ぶ過酷な道のりを経て、ようやく斜面が緩やかな場所にたどり着いた。そこでは、颯太、陽希、そして芽衣が、不安に顔を歪めて待っていた。
最初に僕たちに気づいたのは、陽希だった。彼は僕たちの方へ小走りで駆け寄ってきたが、不意にその足が止まった。僕の肩に力なく垂れ下がった海斗の頭を見た瞬間、いつも笑い絶やさなかった彼の顔は、恐怖の仮面へと一変した。
「江戸……海斗は……あいつは……」
陽希は声を失った。
僕は答えなかった。泣くことさえ忘れるほど疲れ切った瞳で彼を見つめ、ただ黙って彼らの横を通り過ぎ、安全な小屋の広場へと向かった。
颯太は深くうつむき、拳を白くなるほど強く握りしめていた。そして、芽衣は……今回ばかりはカメラを掲げなかった。彼女はカメラバッグを地面に落とし、両手で口を覆いながら、大粒の涙を頬に溢れさせた。
「……すまない」
ようやく海斗の体を長い木製ベンチに横たえた時、僕は掠れた声で囁いた。「こんな形でしか、連れて帰れなかった」
朱莉はすぐに、その遺体の傍らに崩れ落ちた。彼女は自分の青いマフラーを解くと、まるで海斗がただ眠っているだけで、布団がないと風邪を引いてしまうとでも言うかのように、とても優しく彼の首に巻きつけた。
「ありがとう、江戸君」
朱莉の声は虚ろで、感情が抜け落ちていた。「あの子を、最期にヒーローにしてくれて……ありがとう」
陽希が、ついに決壊した。彼はベンチの前で膝をつき、地面を何度も叩きながら咆哮した。
「俺が止めるべきだったんだ! 行かせるべきじゃなかったんだ! ごめんな、海斗! ごめん……!」
その狂乱の中で、誰かの手が僕の腕に触れた。芽衣だった。彼女は僕の魂の奥底を見透かすような眼差しで、僕を見つめていた。
「やり遂げたよ、江戸」
芽衣が囁く。「君は、一人で背負うべきじゃない重荷を背負い続けた。二人の愛も、親友の死も。……もういいんだよ。自分を壊してもいいんだ、江戸。もう、我慢しなくていい」
僕の防壁が、音を立てて崩れ去った。辰野高校を出発してから初めて、僕はその場に崩れ落ちた。海斗のためだけじゃない。こんなにも残酷な結末のために、持てる全てを捧げてしまった自分自身のために、僕は子供のように声を上げて泣いた。
僕たちの泣き声は、激しく吹き抜ける山の風と混じり合った。まるで大自然が、散っていった僕たちの青春のために葬送歌を歌っているかのようだった。広大な長野の空の下、僕たち五人は、これから先ずっと僕たちの人生に影を落とす「一人の欠けた空席」を囲んで立ち尽くしていた。
下山する僕たちは、もう「六人の仲間」ではなかった。最高峰の頂で砕け散った、夢の残骸に過ぎなかった。
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




