50(内容前後したちきしょう)
ぶっ壊れ男は好きですか?
夜は深い。
窓の外で風が鳴っている。
宿の灯りは落とされ、部屋には月明かりだけが差していた。
ベッドの上で、シエルは眠っている。
呼吸は浅いが、安定している。
喉に宿る魔力核のひびは、まだ完全には塞がっていない。
時折、喉元がわずかに熱を帯びるたび、細い眉がほんの少し寄る。
それでも眠れている。
生きている。
その事実だけが、部屋にある。
椅子に座ったまま、シュバルツは目を閉じていた。
眠ってはいない。
眠るという機能は、未だ不完全だ。
意識を落とそうとしても、どこかが警戒を解かない。
体は休息を欲しているのに、脳が許可を出さない。
しばらくして、彼は目を開けた。
視線が、自然にベッドへ向く。
月光に照らされた横顔。
長い睫毛。
包帯の下、静かな喉。
足音は立てない。
立ち上がる動作も、迷いがない。
ベッドの傍らに立つ。
見下ろす。
何を考えているわけでもない。
感情は動かない。
ただ確認する。
そこにいることを。
指先が、ゆっくりと動いた。
自覚はない。
触れたいとも、触れてはいけないとも思っていない。
ただ、距離がゼロになる。
頬に触れる。
そっと。
指の腹で、なぞる。
温かい。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
シュバルツの横顔が、やわらぐ。
氷の膜が薄く溶けるみたいに、
目元の緊張がほどける。
優しい、と形容できる表情。
守れた、という安堵に近いもの。
失っていない、という確証。
だがそれは刹那だ。
呼吸一つの間に、消える。
表情は元に戻る。
無機質な、平坦な顔。
指も止まる。
「……」
何も言わない。
言葉にする感情が、もうほとんど残っていない。
それでも手は離れない。
もう一度、わずかに頬を撫でる。
今度は、確認するように。
生きている。
温度がある。
脈がある。
それだけで十分だと、思考が結論づける。
だが胸の奥で、微細な違和感がある。
何かを強く握りしめたまま、
それが何か思い出せないような感覚。
シュバルツはゆっくりと膝を折る。
ベッドの縁に腰を下ろす。
そして、自然な動作で、
彼女の枕元に額を寄せる。
距離が近い。
それだけで、意識の緊張が一段落ちる。
呼吸が深くなる。
目を閉じる。
今度は、抵抗なく暗闇が来る。
眠りは、彼女の体温の半径内でしか発動しない。
無意識の条件。
壊れた精神が、唯一安全と判断する範囲。
数分後。
シュバルツは眠っている。
表情は穏やかだ。
戦場にも、血にも、叫びにも触れていない顔。
ただ静かな青年の顔。
眠っている間だけ、
彼は化け物ではない。
シエルは目を覚まさない。
知らない。
自分が、彼の睡眠装置になっていることも。
壊れた心を繋ぎ止めていることも。
部屋は静かだ。
月明かりが二人を照らす。
外の風が鳴く。
世界は何も知らない。
――彼が、もう感情をほとんど失っていることも。
――それでも、彼女の頬を撫でる指だけは、まだ優しいことも。
夜は、何も語らずに過ぎていく。
まだ空は藍色のまま。
窓の外に光はない。
鳥も鳴かない。
街も眠っている。
部屋の空気はひんやりしている。
シエルが、ゆっくりと目を開ける。
喉に、わずかな違和感。
ひびの入った魔力核は、朝方に少し疼く。
だが痛みはない。
生きている。
それを確かめるみたいに、浅く息を吸う。
視線を横へ向ける。
すぐ隣。
シュバルツが眠っている。
ベッドの端に、半分だけ身体を預けたまま。
掛け布は使っていない。
黒い髪が無造作に散っている。
呼吸は深い。
規則正しい。
(……黒猫さん、寝るならちゃんとシーツ被ればいいのに……)
声にはならない。
思考だけが静かに浮かぶ。
眠っている顔は、少し幼い。
起きているときの平坦な表情とは違う。
眉間の硬さもない。
口元の無機質さもない。
ただ、静かな寝顔。
シエルはそっと身体を起こす。
ベッドがわずかに軋む。
シュバルツは起きない。
彼がここで眠れている理由を、彼女は知っている。
自覚していないのは、本人だけ。
モゾモゾと動いて、足元の予備のシーツを引き寄せる。
そっと広げる。
冷えないように。
肩まで、丁寧に。
触れないように、でも近くで。
布が彼の胸元を覆う。
少しだけ、彼の呼吸が深くなる。
安心したみたいに。
シエルの胸が、かすかに温かくなる。
触れられたわけでもない。
名前を呼ばれたわけでもない。
でも、彼はここで眠っている。
自分の隣で。
それだけで十分だと、思える。
彼の横顔を見る。
今は、眠りのせいか無機質さが抜けた顔をしている。
(……戻らなくても、いいです)
声は出ない。
だから、心の中でだけ。
(今は、これでいい)
ゆっくりと横になる。
距離はほんの少しだけ縮める。
触れない。
触れないまま、温度だけ感じる距離。
瞼を閉じる。
彼の呼吸のリズムに合わせる。
ひとつ。
ふたつ。
世界がまだ始まらない時間。
戦いも、喪失も、叫びもない。
ただ、二人分の呼吸。
シエルは、静かに二度目の眠りへ落ちていく。
外の空が、わずかに色を変え始める。
朝はまだ遠い。
それでも。
この瞬間だけは、
何も奪われていない。
ぶっ壊していきましょう
魔力核……どこやったけ??ってなりながら書いてた
個人個人で場所が違うし、肉体依存が多いいのに、たまに亜空間に仕舞われてたり、物体(ブローチ、ピアスとか)に依存してたり。
何だったらシュバルツ2つあることになる(義手と心臓横と…)
シエルは喉、鎖骨から声帯の間に有る




