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羽ばたく小鳥は猫とゆく  作者: 久遠 聖
春はゆく

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66/66

ネタです

エイプリルフールですので……

春の光が、石畳をやわらかく照らしている。

リヨンブールの通りは、どこか浮ついた空気に満ちていた。

屋台の甘い匂い。

焼いた肉の香ばしさ。

風に混じる花の香り。

「黒猫さん、遅いです」

声がした。

振り返る。

そこに、いる。

当たり前みたいに。

シエルが、立っている。

白い羽は畳まれて、髪は風に揺れている。

喉を押さえる仕草も、筆談の板もない。

ただ、普通に。

声で、呼んでいる。

「……あぁ」

短く返す。

違和感はない。

ないはずだった。

彼女は軽く笑って、隣に並ぶ。

歩き出す。

足音が並ぶ。

石畳を叩く、規則的な音。

「今日はどこ行くんですか?」

「依頼だ」

「またですか?少しくらい休んでもいいと思いますけど」

「問題ない」

会話が続く。

止まらない。

途切れない。

紙もいらない。

間もいらない。

それが、自然で。

それが、当たり前で。

だから――おかしいと、思わない。

思わないように、なっている。

屋台の前で足が止まる。

甘い匂い。

クレープのような生地に、照りのあるタレ。

シエルが指をさす。

「これ、食べましょう」

「……好きにしろ」

受け取る。

二つ。

ひとつを渡す。

彼女は嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます」

その声が、やけに軽い。

柔らかい。

喉に何も引っかかっていない。

綺麗に、通る。

――それでも。

気にしない。

気にしないように、できている。

一口齧る。

甘い。

少し辛い。

「おいしいですね」

「あぁ」

短く返す。

それだけで、十分だった。

隣にいる。

声がある。

笑っている。

それだけで、足りてしまう。

――足りてしまうのが、妙だった。

煙草を取り出す。

火をつける。

吸う。

甘い。

いつもより甘い。

天蜜樹の香り。

「またそれ、使ってますね」

「……そうか」

「絶対そうです。匂いで分かります」

笑う。

少しだけ肩が触れる。

避けない。

避ける理由がない。

警戒も、ない。

ただ、そこにいる。

並んでいる。

それだけの距離。

「……別にいいだろ」

「いいですけど」

彼女はそう言って、また笑う。

その笑顔が、妙にやわらかくて。

胸の奥に、微かな引っかかりが生まれる。

何かを、思い出しかける。

でも。

続かない。

形にならない。

そのまま、流れる。

昼が過ぎる。

光が少し傾く。

影が伸びる。

歩きながら、彼女がふと口を開く。

「こういうの、ずっと続けばいいですね」

その横顔はシルヴィアと同じ微笑みで


足が、ほんの少しだけ止まりかける。

止まらない。

止めない。

止めてはいけない、そのまま歩く。

「……」

何か言うべきだと、思う。

言葉があるはずだと、分かる。

でも。

出ない。

喉の奥で、形になる前に崩れる。

ただの空白になる。

「……そうか」

出たのは、それだけだった。

短い。

軽い。

何も返していないのと同じ。

それでも彼女は、満足そうに頷く。

「はい」

その声が、また軽く響く。

やけに遠く感じる。

さっきまで隣にいたはずなのに。

距離が、微妙にずれていく。

音が遅れる。

足音が、半拍遅れて聞こえる。

風の音が、途切れる。

色が、少し滲む。

「黒猫さん」

呼ばれる。

振り向く。

シエルがいる。

口が動く。

「……しゅ、ば……」

音が、歪む。

途切れる。

さっきまでの声じゃない。

裂けた音。

引っかかる音。

「……ね……」

続かない。

掠れた息が混じる、痛みが、滲む

そこで――

世界が、足元から…堕ちる。



目を開ける。

木目の天井、軋む音、薄暗い部屋。


宿だ。

リヨンブールの、安い部屋。

呼吸が、乱れている

おそらく、悪夢かなにか見ていたのだろう。

隣のベッドを見る

シエルがいる。

眠っている。

喉には包帯。

呼吸は浅いが、安定している。

声は、ない。

当然だ。

最初から。

分かっている。

理解している。

感情は、動かない。

ただ、事実として認識する。

生きている。

それだけで十分。

そう、処理する。

視線を外す。

煙草を探す、だが見つからない。

意味は……ない。


その時。

シエルが、わずかに目を開ける。

焦点はぼやけている。

それでも、こちらを見る。

首をもたげて手を動かす、

ゆっくりと、板を探す。

見つける。

寝ぼけた震える指で、書く。

時間がかかる。

線が歪む。

それでも、形になる。

差し出す。

――

「うなされてました」

――

短い。

それだけ。

シュバルツは、それを見る。

数秒。

何も浮かばない。

何も感じない。

ただ、読む。

理解する。

処理する。

「……そうか」

返す。

それだけ。

声は平坦。

何も乗っていない。

シエルは、小さく頷く。

それで十分だという顔。

安心したように、また目を閉じる。

眠る。

部屋は静かになる。

風の音だけが残る。

シュバルツは動かない。

座ったまま。

視線をどこにも向けない。

ただ、止まっている。

さっきの夢のことを、考えない。

考えようともしない。

必要がない。

意味がない。

だから、思考は止まる。

止まるはずだった。

なのに。

残る。

声が。

あの、軽い声が。

名前を呼ぶ声。

笑う声。

喉に何も引っかからない、あの音。

――夢の中で、あいつは、ちゃんと声で笑っていた。

それだけが、残る。

理解はしない。

感情もない。

ただ、事実みたいに、そこにある。

消えない。

消す必要もない。

ただ、残る。

窓の外。

春の光は、まだ弱い。

夜は明けきらない。

目を閉じても、眠りは浅いまま。

起きても、何も変わらない。

ただ一つ。

もう戻らないものだけが、はっきりしている。

目が覚めても、春は来ていなかった。

急いで書き上げた、楽しかった

もっと心えぐれば良かった……

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