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羽ばたく小鳥は猫とゆく  作者: 久遠 聖
春はゆく

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形骸化されない夢ほど

形骸化されない夢ほど

現と夢の揺らぎの狭間で

再度なく、再演ない悪夢になる

夜は深い。

宿の灯りは落ちている。

窓の外、風が鳴る。

シュバルツは、シエルの膝に頭を預けて眠っている。

眠れる場所は、ここだけ。

それ以外では、

「眠る」という機能がうまく作動しない。

呼吸は一定。

だが、時折、眉間に皺が寄る。

指先が、わずかに震える。

夢を見ている。

感情は壊れている。

起きている間は、何も感じない。

だが眠りの底では別だ。

蓋をしているだけのものが、

形を持って襲ってくる。

――白い光。

――血の匂い。

シルヴィアが振り返る。

笑う。

次の瞬間、胸を貫かれる。

声が出ない。

あのときと同じ。

世界が音を失う。

手を伸ばしても、届かない。

次の場面。

検問所。

崩れ落ちるシエル。

喉を押さえて、血を吐く。

目が、まだ彼を見ている。

「くろ……ねこ……ぁ」

掠れた音。

消える。

闇。

シュバルツの呼吸が乱れる。

胸が上下する。

喉の奥から、かすれた息が漏れる。

「……やめろ」

夢の中の言葉。

現実では、彼は何も言わない。

シエルは気づいている。

膝の上の重みが、わずかに強くなる。

彼女は何も言えない。

声は出ない。

代わりに、そっと手を伸ばす。

黒い髪に触れる。

撫でる。

ゆっくり。

羽を整えるみたいに、優しく。

彼の眉間の皺が、ほんの少し緩む。

夢の中。

血の匂いが薄れる。

代わりに、白羽蘭の甘い香りが混ざる。

天蜜樹の温度。

里の夜。

膝の感触。

「……大丈夫」

それは現実では発せられない言葉。

でも、手の動きが語る。

撫でる。

撫でる。

繰り返す。

シュバルツの指先の震えが止まる。

呼吸が整う。

悪夢は消えない。

記憶も消えない。

だが、上書きされる。

“失う瞬間”の映像の上に、

“触れられている今”が重なる。

感情は壊れている。

でも身体は知っている。

この感触は安全だ。

ここでは奪われない。

夢の奥で、

彼は何も理解していない。

好きだとも、守りたいとも、言語化しない。

ただ、膝の温度に向かって、無意識に額を押しつける。

子供みたいに。

シエルは微笑む。

声は出ない。

喉のヒビは、今は静かだ。

彼の悪夢が少しでも浅くなるなら、

何度でも撫でる。

何度でも夜を越える。

壊れた男が、唯一眠れる場所。

それが自分だと、

彼は自覚していない。

でも、夢の中の彼は知っている。

失う瞬間の直前、

必ず最後に見えるのは――

自分の膝の上から見下ろす、彼女の輪郭だということを。


別の日、夜更け。

宿の部屋は静かで、灯りは落ちている。

窓の外で風が鳴るたび、古い木枠が小さく軋む。

ベッドの上。

シュバルツは眠っている。

シエルのすぐ隣で。

最初は、ただ規則的な呼吸だった。

だが、ふいにそれが乱れる。

眉間に深い皺。

喉の奥から低い息。

指先が強く何かを掴もうとするように動く。

夢だ。

また、あの瞬間を見ている。

血。

崩れ落ちる身体。

届かない手。

次の瞬間、彼の腕が動く。

無意識。

本能。

ぐっと、強く。

シエルの身体を抱き寄せる。

強い。

戦場で剣を振るう腕だ。

力加減などない。

肋が軋む。

息が詰まる。

「……っ」

声は出ない。

喉が痛む。

彼は起きない。

夢の中で、何かを失いかけている。

だから、掴む。

離さない。

抱き潰す勢いで。

シエルは片手を伸ばす。

背中を、ぽん、ぽん、と叩く。

いつもならそれで緩むこともある。

だが今日は、駄目だ。

腕の力はさらに強くなる。

息が苦しい。

視界が少し滲む。

彼の顔は苦しそうだ。

歯を食いしばっている。

誰かの名を呼びそうで、呼べない顔。

シエルは一瞬だけ迷う。

それから、顔を近づける。

唇を、そっと重ねる。

ほんの一瞬。

触れるだけ。

外部刺激。

予期しない感触。

シュバルツの目が、カッ、と見開く。

反射。

戦場の反応速度。

瞳孔が開き、呼吸が止まる。

一瞬、何が起きたか理解しようとする。

腕の中の温もり。

近すぎる距離。

触れた感触の残滓。

数秒。

それから、現実が追いつく。

腕の力が、ゆっくり緩む。

シエルが空気を吸う。

胸が上下する。

彼はまだ固まっている。

「……何をしている」

低い声。

だが、怒気はない。

ただ、処理中の音。

シエルは少し離れる。

息を整えてから、板を引き寄せる。

震える字を書く。

――

「くるしかったです」

――

シュバルツの視線が落ちる。

自分の腕。

彼女の細い肩。

赤くなっている。

数秒の沈黙。

「……すまん」

短い。

それだけ。

だが、ほんのわずかに視線が揺れる。

彼は理解していない。

なぜ、夢の中で彼女を掴んでいたのか。

なぜ、離したくなかったのか。

ただ。

失う光景が続く中で、

目が覚めた瞬間、そこに温もりがあった。

それだけが、現実を引き戻した。

シエルはそっと笑う。

声は出ない。

喉のヒビが小さく鳴る。

彼の手が、今度は慎重に彼女の背に触れる。

抱きしめるのではなく、

確かめるみたいに。

力は、弱い。

壊さない程度。

シュバルツは目を閉じる。

もう一度眠るには、少し時間がいる。

だが今度は、腕の力を意識している。

無意識ではない。

壊れているのに、

彼女を締め潰したことだけは、気にしている。

シエルはそのまま寄り添う。

さっきの口付けのことには触れない。

彼も言及しない。

夜は静かだ。

悪夢は消えない。

でも。

起こしてくれる誰かがいる。

それだけで、深さは変わる。

彼はまだ、自分がどれほど必死に彼女を掴んでいたかを理解していない。

理解できる日が来るかも、分からない。

ただ今は、

腕の中の温もりが、確かにここにある。

楽しいねぇー


ぁ、意味はですね

風化しない夢(形骸化されない)

現実と夢の中間(逃げ場のない場所)

一度きりで再現不能(処理不能)

だから悪夢として固定です。


この男ゼッテェ弄んでやる()

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