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笑顔の味、心のレシピ 〜不器用なバツイチシェフは恋心に気づかないフリをする〜  作者: タルトタタン
東京本大会パティシエコンクール編

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101/105

101 戦いの前の深呼吸

 9時20分。都内。

マナは遠藤製菓専門学校の駐車場に到着した。

ここは料理界で有名な料理評論家・遠藤和夫が立ち上げた学校で、現在も講師として活躍している。

東京で一番有名な製菓学校だ。


「10時受付……かなり早く着いたぁ……渋滞もなくて良かった……」

ふう、と小さくため息をつき、コンビニで買ったホットコーヒーを口にする。


 ふと、コンテナの中から松永のパレットを手に取った。

今までどれだけ松永に頼っていたのか――

そんなことを、改めて思い知らされる。


 マナはコンクールの概要をもう一度確認する。

もう何十回と読み、暗唱できそうなくらい目を通したはずなのに、不安は消えてくれない。

『マナ、何回もイメージトレーニングしろ。時間内で落ち着いてやれる自分をイメージしろ』

(松永さん……)

(開始は11時。審査員や専門学校の在校生が見ていて……作業の様子はユーチューブでライブ配信される……)

(でも、私は集中するだけ……)


 マナはそっと目を閉じる。

頭の中で、手順をなぞる。

(最初にオーブンの予熱設定……オーブンの癖がわからないから、いつもより5度低く……)

(湯煎を用意、計量……)

(大丈夫……何回も練習してきた)


「後は……」

そのとき、三日前の練習後の会話がふっと蘇る。

『マナ、あと一つ審査員の癖だな』

『いろんな審査員がいると思うが……作業中の表情を明るくするようにしろ』

『明るくですか?』


『そうだ。眉間にしわを寄せて苦しそうに作るやつと、表情が柔らかく楽しそうに作ってるやつ……どっちを応援したくなる?』

『楽しそうな方ですかね……』

『だろ?審査員も人間だからな。応援したいと思われるパティシエになれ』

『わかりました』


そしてもう一つ、松永が話していたことを思い出す。

『後は特別審査員の加点方法についてだ』

『特別審査員?』

『簡単に説明すると、特別審査員は大会のスポンサーだな』

『会場費、審査員の人件費を企業が負担し、なるべく出場者に負担させないようにしている』

『特別審査員は通常の審査員より+20点加点出来るようになっている』

『その20点の加点はその特別審査員が決めて良いことになっている』

『ただし、加点基準は事前には伏せられ採点後、わかるようになっている』


『昨年は転職サイトの求人会社が特別審査員で、書類審査、本大会での前向きさから将来性が加点基準だった』

『そんな基準があるんですね……』


『だから、マナは応援されるような人間になれ』


 マナはゆっくりと目を開けた。

バックミラーに映る自分の顔は、思ったより不安げだった。


「笑顔!笑顔!」

慌てて口角を上げる。

(この日の為に頑張ってきたんだ!頑張らないと……)


マナは深く息を吸い込んだ。


 遠くから、製菓学校の門をくぐる車が一台、また一台と増えていく。

同じように夢を抱えたパティシエたちが、ここに集まってくる。



そして、もう一度だけバックミラーの自分に向かって、小さくうなずいた。






続く

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