彼女たちは無邪気
いつもの朝食卓、いつものニュース番組を見ながらトーストをかじっていると、向かいの席に座った兄ちゃんがすぐにスマホを差し出してきて、思わず画面を見下ろしてみると、そこには動画の再生マークがあった。
「見てみろ」
え、何だ急に。
とりあえず牛乳を一口飲み、再生マークをタッチする。すると最初に流れ出したのは風になびく神王会の旗で、それから世界中の能力者によるテロのニュース、そして能力者がテロ鎮圧するシーンが流れ出す。
あ・・・ちらっと僕が居たな。ドレイクと戦ってるとこ。
最後に「戦う為だけに生きる、そんな軽薄な人生で満足か」という文章が出てきて動画は終わった。
「お前、何か神王会と繋がりあるの?」
「ないよ」
「ふーん」
ほんとにちらっとだし。
「ちょっと話題になってるってよ。神王会のプロモーションムービー。短いけど、今まで神王会こういう感じの主張はしてなかったし」
「ふーん。ちょっとだけ話した事はあるけど。でも指定自警団には何か冷たい感じだよ。警察と協力しないで何とかする為に存在するのが神王会だからって」
「ほう、さすがだな神王会。そういうブレないの良いよな」
「あは、兄ちゃんファンなの」
「んー、まあデュナンズ・ナイツか神王会かって言ったら、神王会かな」
「ふーん」
神王会とデュナンズ・ナイツか、昨日も広島で何か激突してたし、何かあったのかな。パトロールで忙しかったからな。向こうの指定自警団の人達から、ノブさん何か聞いてないかな。
ホームルーム前、いつものようにベランダで缶コーヒーを啜っていると究がやって来る。
「聖知ってる?神王会の動画」
「うん、朝兄ちゃんに見せられた」
「何だ。まさかドレイク達、広島に居たなんてな。何かもう、神王会対デュナンズ・ナイツみたいな感じだよな。アリサカのグループに宣戦布告したの自分達も忘れてるんじゃないかな」
「あはは。オトナリ君、神王会の事どう見てるんだろ」
「赤荻君、オトナリと知り合いなの?」
するとベランダに1番近い席で過ごしていた加賀美がそう声をかけてくる。
「顔見知りって程度かな。彼女居るかは知らないよ」
「聞いてないし」
先走って言った事で逆に変な顔をされてしまったので素早く背を向け、缶コーヒーを啜る。
「ねえ赤荻君達」
ん・・・。
そう言って立ち上がると、加賀美は周りに聞こえたくないのか窓までやって来る。
「1つ頼んでいいかな」
「え、うん、どんな?」
「今日の5時から6時まで、渋谷のスマート・ファイブっていうライブハウスを警護して欲しいんだけど」
「ライブハウス?どこら辺?」
「道玄坂。後は調べてくれれば分かるから」
しかし加賀美のその表情は申し訳なさそうなものではなく、何となく変に距離感を感じてしまう。
「いいけど」
「うんありがと」
心がこもってるのかどうか分からないような感じでそう言うと加賀美は席に戻ったので、とりあえず缶コーヒーを啜り、スマホで調べてみる。
ライブハウスの警護か。ん、あった。
「あの」
ベランダから出たついでに加賀美に声をかけるが、本を読んでいる加賀美は一瞬僕を見ただけですぐに本に目線を落とす。
「ん?」
「どういう感じなの?誰を守って欲しいとか」
「ああ、客とか出待ちとか、不審者が居ないかどうかって感じ」
「そっか」
学校が終わって家に帰って着替え、時間が来るまで組織で過ごそうと指定自警団のホールに入る。
あ、居た。今日もパトロールなんだろうし。いいよな。
「ミントさん」
「ん?」
ミントに声をかけると、ライムも凉蘭もふとした表情を向けてくる。
「クラスメイトからライブハウスの警護を頼まれて、正式な依頼じゃないし、とりあえず究と柳菜の3人くらいでいいかなって思うんですけど」
「ライブハウスって、歌うところだよね?どこの?」
「渋谷の道玄坂です」
「警護って事は、パトロールの延長みたいな感じだよね」
「はい。なので、全員行くほどじゃないかなって」
「ライブハウスの規模は?」
「スマート・ファイブっていうとこで、調べてみたら結構大きい感じみたい」
凉蘭にそう応えると、凉蘭は頷きながらも何かを言いたそうな顔で目線を落としていった。
「そうだねぇ、じゃあ何かあったら凉蘭のスマホに連絡するって感じでいいよね?」
ミントがそう言うと凉蘭は頷いたのでドリンクサーバーに向かい、カップにコーヒーを注ぐ。
「おう」
振り返ると目の前にはショウジが居て、冷静で大人しい雰囲気の中にある気さくさが、冷静さを悪く感じさせないのが持ち前の空気で微笑みかけてくる。
「暇か?」
「5時まで暇です」
「5時まで?」
「クラスメイトにライブハウスの警護を頼まれたんです、5時から6時まで」
「警護か、そういうのは最低でも30分くらいは前倒して行くもんだ。逃走経路とか把握しといた方がいいからな。ライブハウスなら例えばアーティストの入待ちに不審者が混ざってるかも知れないしな」
「やった事あるんですか?」
「このご時世、能力者のボディーガードは需要があるだろ?結構いい小遣い稼ぎになるよ」
「へえ」
そういう時代か。
「闘技場で戦いながら色々アドバイスするよ」
「え、ショウジさん、戦ってる時、喋らないじゃん」
「いや喋ろうと思えば喋れる。喋らないだけで」
「あは」
それからアドバイス通りに4時半にとりあえずライブハウスの前に行ってみると、その6階建てくらいの大きなライブハウスの前にはすでに入待ちなのか行列なのか結構な人だかりがあった。
大きいな、加賀美さんも来るのかな。いや来るよな、今日出るアーティストのファンなのかな。
「なあ聖、裏口にも誰か行った方がいいよな?」
「そうだね、じゃあ、表口と裏口と中って事で、じゃんけんで決めよう」
最初に勝った究は表口を選び、次に勝った柳菜は中を選んだので裏口がある路地に回っていくと、そこでもやはり入待ちをしているのか人だかりがあったので、とりあえずそんな人達を見渡したり、僕自身が不審者に見られないように姿勢を正して胸を張ったりしていく。
スーツ着たら逆に目立つのかな。ていうかショウジさんも言ってたけど、不審者かどうか、見ただけじゃ分からない・・・。
そんなところで集まってる人達がとある方へ一様に目を向けたので振り返ると、この路地に入って来たのはなんと加賀美とギターケースを背負った脇本だった。
え、楽器・・・。
しかし2人は僕を見ながら僕を通り過ぎていったので、思わず声をかけてしまう。
「別に私達が出る側かなんて関係ないでしょ?不審者を見てくれればいいんだし」
「あ、うん」
通い慣れてるように、そして2人はさっさと裏口から建物に入っていったので、化粧しているとか、クラスメイトが音楽をやっているとかそういう事は特に気にせず、周囲を見渡していく。
「赤荻君」
入待ちしていた人の1人に声をかけられたのでよく見ると、その人は加賀美達と仲の良い杉崎三奈緒だった。
「何してんの?」
「朝、加賀美さんに頼まれたんだよ。ライブハウスの警護」
すると歩み寄ってきた杉崎はおっとりとした優しそうな笑みを浮かべて頷き、サバサバした加賀美にはないその雰囲気に、仕事中の恥ずかしさやら何となく別の緊張感を抱いてしまう。
「あ、あの、何か知ってる?警護を頼みたい理由とか」
「聞いてないの?そういうの」
「不審者を見てくれればいいって」
「まあ乃愛ちゃんらしいけど。確かに警察に言ってもどうしようもない感じだし」
警察・・・。
「もしかしてストーカー?」
「ううん、それほどじゃないよ。でもSNSのDMで、ライブで歌ってる乃愛ちゃんの写メ送って来たり、学校から出てきた乃愛ちゃんの写メ送って来たり、後はポエム送って来たり、総合的にちょっと押しの強いファンみたいな感じ」
うわぁ。でも確かに警察は動けないし、僕達くらいしか・・・。
「でもちょっと迷惑なファン程度だったら、不審者だなんて言っていいのかな」
「とりあえず、今はそれが誰かを知りたいって事で、だから調べて欲しいんだと思う」
「そうだったんだ」
ていうか、加賀美さん、そういうのちゃんと言ってくれないとな。
「私中入るから、じゃ頑張ってね」
「あ、うん」
でも人多いし、ステージが建物の中に幾つかあるんじゃ、誰が加賀美さん達を見に来たかも分からないな。
「あ、ちょっと待って」
「え?」
「加賀美さん達が出るステージってどこ?」
「5階。1番小さなとこ」
ショウジさんの言う通り、情報共有は迅速に、だな。
「・・・もしもし柳菜?」
「何?」
「実は頼んできた加賀美さん、歌う側でさ、それで加賀美さん、ストーカーになる前くらいのファンに困ってるらしくて、加賀美さん達が出るステージは5階なんだけど、さすがに5階まではいけないよね?」
「チケット買わないと。あ、領収書切ってくれるなら買ってもいいよ?」
領収書って・・・会社か。
「領収書って、どういうの?」
「よくドラマでやってるじゃん。とりあえず現場の刑事が払っておいて、後でそれを会社から貰うってやつ。私が実際にチケット買うけど、後でお金ちょうだいねって事」
「ああ、い、いくら?」
「えっと、3000円」
まあ、いいか。
「うん、いいよ」
ミントさん達、この世界のお金なんて持ってないしな。・・・僕かぁ。3000円・・・。
「究」
「居たのか?」
「そうじゃなくてさ。今のところ怪しい人は居ないよ。それより加賀美さんと脇本さんが来たよ、5階のステージで歌うって裏口から入ってった」
「え、まじか。自分が出るから警護しろって事だったのか」
「うん。それだけじゃなくて、加賀美さん、今ストーカーになる前くらいのファンに困ってるって。で今さっき柳菜にチケット買って貰って5階に行って貰ったから。お金は後で僕があげるって事で」
「え、いやそれ、加賀美さんから貰えば?それが普通なんじゃないかな」
「あ、そう言われるとそうだね」
それから少なくともライブハウスの周りでは特に何が起こる事もなくスマホの時計は6時を回り、そろそろ加賀美達も出てくるかなと思っていると、それよりも先に出待ちと思われる人達が表口の方からやって来て、再び杉崎が僕の下にやって来る。
「変な人居た?」
「ううん」
「ふーん」
何だろその反応・・・。
杉崎が僕を通り過ぎていき、出待ちの人達も僕を気にする事もない何となく良い意味でひとりぼっちになったそんな時に柳菜がやって来て、真剣な表情で顔を寄せてきた。
「ライブ中に観客の感情を読んでみたんだけど、SNSで困らせてたの、あの人だよ」
あの人・・・。
「ほら、茶色い小さなリュックの」
「え?」
「髪の長めな、スカートの」
いや、杉崎さん・・・。
「いやそれ、杉崎さんだよ。同じクラスだし、加賀美さんとも友達だし」
「うん、だからその人」
「そ、そんな」
「ドラマじゃよくあるよ」
えぇ・・・。でも、それが分かっても、一体どうすれば。
「聖」
究と柳菜もやって来ると、柳菜から聞いたのか、究は何となく犯人を見つめる刑事みたいなそれらしい眼差しを杉崎に向けた。
「まさかクラスメイトが犯人だったとはな」
「依頼者って、どうして欲しいって言ってるの?」
僕の隣に居る柳菜がそう聞いてくるが、別に捕まえて欲しいと言われた訳ではないのでただ何となく杉崎の背中を見つめてしまう。
「加賀美さんにはただ警護して欲しいって言われただけだし。SNSの話をしたのは杉崎さん本人だよ」
「え、何だよそれ、自分で言ったら意味ないだろ」
「見つからない自信があったのかな」
究の隣に居る柳菜がそう言った時、ふとさっきの妙なリアクションを思い出す。
見つからない自信って、そもそもバレない為には言わないのが1番なのに。何の為にそんな事。
「出てきた」
究の言葉に振り返ると開いた扉からは知らない男性達が出てきた。
何だ。
しかし拍子抜けしたのも束の間、その後に出てきたのは加賀美達で、日も沈んだので暗くて分かりづらいが、その後に何やら1人のスーツの男性が加賀美に詰め寄った。
ん、何か受け取ったな。紙っぽい、名刺かな。
その男性が去っていき、加賀美達が僕達の方に向かって来ると同時に杉崎も加賀美達に並んで歩き出す。
「加賀美さん」
声をかけると加賀美達は足を止めるが、やっぱり気になってしまうのは杉崎と顔を見合わせた加賀美の、何も知らないような顔だった。
「今日は何も無かったけど、そもそも何で警護を頼んだの?」
「何でって」
「SNSにストーカー居るからか?」
究がそう聞くと目を丸くした加賀美だが、直後に加賀美は笑いを小さく吹き出した。
「誰から聞いたの?」
えっと。
「・・・杉崎さんが」
「ていうかSNSのストーカー、杉崎さんだぞ?俺ら能力者にかかればすぐに分かる事だ」
すると加賀美は口を半開きにし、脇本と杉崎と顔を見合わせてから笑い出した。
「ミナはストーカーじゃなくてストーカーごっこしてるだけだし。“そういう風”にDMするっていう遊び。ていうかミナ、言わなくてもいいのに」
・・・・・なんじゃこりゃ。はぁ。
ふと思い出したのは、前に自販機の前で話した時の加賀美と脇本の後ろ姿。
基本的に聖は優しいので、微妙な距離感のクラスメイトにも振り回されちゃうんですね。
ありがとうございました




