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シャツは破かれて

午前の講義が終わり、一息つこうと売店で飲み物を買った時、声をかけられたので振り返ると、そこには何かと俺を気にかけてくれる講師のベーレントが居た。

「心は決まったのか?退学するかどうか」

「退学はしません」

そう言うとベーレントはうっすらと表情を明るくさせて頷き、その態度からどことなく嬉しさを伺わせた。

「そうか」

「友人に言われたんです。留年してもいいからやりたい事は続けるべきだって」

「おお、テレサはちゃんと引き留めたようだね」

「え?」

「ウルフ、君の為に悩んでくれる彼女を大事にしないと駄目だよ?」

「・・・はい」

「で、午後は早速サボるのか?」

「両立させるつもりで、どちらにも力を入れたいんで」

「うん、ポジティブなのはいい事だ」

分かりやすい笑みは浮かべないが、どことなく安堵したような頷きを見せるとそしてベーレントは去っていった。それから外に出ようといったところで携帯電話が鳴ったので画面を見ると、それはカミーユからの着信だった。

「カミーユ」

「オレはキャンベラ支部のダニエルのところに行くから、ウルフはディゼルダ派の奴らに直接当たってくれないか?」

「分かった」

最低1時間ごとに報告だったか、タイトだな。ディゼルダ派と言ったらドレイクだが、ドレイクは他のディゼルダ派とは連携してるのか?しているとしたらドレイクのチームだけで日本に来ないよな。

一先ずシールキーでジュネーブ本部の近くに移動し、建物的にも内装的にも教会である本部を目の前にする。未だに規制線は解かれていなくて監視役の警察官も常駐しているのでその場を後にしようかと思った瞬間、教会から出てきた見覚えのある中年警官とふと目が合ってしまう。

証拠品持ち出してくれた人・・・。

「おう、青年。何しに来た」

「様子を見に来た。行き詰まったら正式に頼むって言ってたけど、どうなんだよ」

「どうって、一般人に話せる訳ないだろ」

一般人・・・。

「だがまあ、有益な情報でも持ってきてくれれば、こっちもそれなりのお礼はしてやってもいいがな」

情報か・・・。それにしてもドレイク達はどこに居るんだ。違う支部に居るのか。

何となくロンドン支部に行ってみるが、そこにはクリスティーナの姿は無く、数人がまるで本当にビリヤード&ダーツバーで遊んでいるように過ごしているだけだった。

「おう、本部の。どうかしたか?」

「クリスティーナは?」

「今は・・・おーい、クリスティーナはどこ行った?」

「モスクワ支部だ」

「だとよ、確かヨハンの事調べるって言ってたな」

ヨハンの事で、モスクワ?関係があるのか?行ってみれば分かるか。

モスクワ支部に移動してみると、そこは明るい内装のレストランみたいな空間で、モスクワ支部所属ではない人間が来た事に数人が顔を向けてくる中、その向こうにクリスティーナの姿を捉えたので歩み寄っていく。

「ん、お前は、どこの者だ」

モスクワ支部のナンバーワン、ヤロスラフが俺に気が付いてそう口を開くとクリスティーナも振り返ってくる。

「本部だ。ヨハン派のウルフ・グライリッヒ」

その瞬間、眉をしかめたヤロスラフの表情からは少なくとも歓迎は感じなかった。

「ヨハン派か、お前もクリスティーナのようにディゼルダを敵だと決めつけて嗅ぎ回っているのか」

「それはあなたの被害妄想でしょ。私は情報収集しているだけ。ヨハンじゃなくても、ナンバーワン暗殺に関して無関心でいる訳にはいかない」

「妄想だと?そうやってロボットみたいに平静を装っているが、胸の内じゃ正義のヒーロー気取りだろ」

言い争ってはいるが・・・。テーブルを挟んで、2人で飲み物を飲んでいる・・・。

「クリスティーナ、いつからここに?」

「10分くらい前」

「寛いでどうすんだ。ヨハンの事調べてるんだろ?何か分かった事は無いか?」

「特に共有すべき事は無い。それに寛いでいる訳じゃない」

「ドレイク達が今どこに居るか知らないか?」

ヤロスラフに顔を向けてそう聞くが、ヤロスラフはまるで敵には情報を渡さないといったような目つきで俺を見る。

「何故そんな事を聞く」

「・・・他のディゼルダ派が誰か、教えて貰おうと」

「そんな事聞いてどうする。まさか日本の自警団に情報を流すつもりか?」

「何だよその言い方、俺達は敵同士じゃないだろ」

「甘いなお前は。敵意なんてものは、簡単に芽吹く。今のお前がそうだ」

「な、何を言ってる。俺は敵意なんか」

「なら何故ディゼルダを追いかける」

「いやそれは・・・」

「お前の表情は、敵を追いかけている人間のものだ。ディゼルダがヨハンを殺したと決めつけて」

決めつけて・・・・・。

「・・・ウルフ、私と戦え」

「・・・何故」

「弱きものが真実を追えば痛い目を食らう。私がお前の実力を測ってやる」

「何で急にそんな事」

そう聞くと不敵な笑みをうっすらと浮かべながら、ヤロスラフはゆっくりとコーヒーカップを口に運ぶ。

「私は今、暇なんだ」

な・・・。

「俺は暇じゃないっ。何言ってんだ」

「まったく、ディゼルダは熊ではないぞ」

「熊?」

「仕事は熊ではないから森に逃げたりはしない。ロシアの諺だ。お前に実力があるのなら、お前の知りたい事を教えてやる」

「・・・分かった」

モスクワ支部は能力者組織みたいなので仕方なくコロシアムに向かうが、何故かクリスティーナもついてきて、それから向かい合った俺とヤロスラフをまるで審判のように見つめた。

こんな事、してる場合じゃないんだけど、仕方ない。

「何でクリスティーナも来たんだ」

「面白そうだと思って」

そんな凍りついたような顔で・・・。

直後にヤロスラフは上半身だけ肥大させるというアンバランスな変身をし、同時に肥大させた体でシャツを破き、まるでCGのような“膨れ上がった力強い上半身”を見せつけてきた。

「シャツ、今までに何枚無駄にしたんだか」

クリスティーナが呟くが、ヤロスラフはむしろ誇らしげな顔をクリスティーナに向ける。

「パフォーマンスの無い能力など地味なだけだ」

「それ、私への悪口?」

「いや、そんなつもりはない」

5つのリングを出現させ、そして全身とリングをカーボンで覆っていく。

「いくぞ」

そう言ってヤロスラフが拳を振りかぶった瞬間、その拳に“炎のように燃え盛る赤い光”を灯したので、リングを1つ手の前に引き寄せて構える。すると直接殴りかかってくる訳でもなく、ヤロスラフはその場で拳を振り、赤い光の塊を飛ばしてきた。赤い光の塊はリングに当たると爆発はせず、ただ鉄同士が鳴らすような響く衝突音を聞かせた。

筋肉は飾りか・・・。

しかし赤い光の塊が弾けて消えるその一瞬は目眩ましのようにも感じ、ヤロスラフが見えなくなった事に何となく動けずに居ると、直後に目の前にやって来ていたヤロスラフは直接殴りかかってきた。その拳は勝手に動いてくれるリングが自分から動いた事で防がれ、その最中にリングから光の弾を撃ち出し、その爆発でもってヤロスラフを襲う。しかし膨れ上がった筋肉の塊は見た目通りに頑丈らしく、ヤロスラフはすぐさま爆風を振り払って向かってきた。

知りたい事を教えてやる、か。つまりディゼルダ派のナンバーワンにはディゼルダの居場所が共有されてるのか。

その直後、赤い光を灯した拳によって強い衝突音が鳴り、1つのリングが勢いよく地面に落とされる。

「お前は戦わないのか?」

1つのリングに意識を乗せて操り、回転させながらフリスビーのように飛ばしていくとヤロスラフはそれに掴みかかったがその手は弾かれ、掌にはうっすらと切り傷が浮かび上がった。

「これが俺の戦い方だ」

それから2つのリングに意識を移し、縦に列べ、1つのリングから撃ち出した光の弾をリングに通す。すると“リングを通って強化された”光の弾の爆発にヤロスラフは大きく仰け反った。

「くっ・・・なるほど」

ヤロスラフは全身に赤い光を灯したので再び強化した光の弾を撃ち出すが、赤い光に阻まれたのか光の弾の爆発はヤロスラフの動きを鈍らせる事は出来ず、そのまま1つのリングは殴られた。そして直後に先程よりも大きい赤い光の塊は飛ばされ、リングが間に入ったものの俺の体は吹き飛んだ。

ぐっ・・・範囲も威力も上がった。・・・それなら。

起き上がりながら手を伸ばし、3つのリングを引き寄せると同時に再びヤロスラフはその場で拳を振りかぶる。間もなく拳は振り出され、大きな赤い光の塊は飛ばされてきたがこちらも光の弾を撃ち出し、そして2つのリングを通った光の弾と赤い光の塊は衝突した。素早く立ち上がり、3つのリングを列べたまま、1つのリングを足元に引き寄せて足を乗せ、光の弾の爆風が消えない内に高く飛び上がる。

「こっちだ」

宙返りしながらすでに4つのリングを列べていて、爆風を振り払ったヤロスラフが振り返る瞬間に光の弾を撃ち放つと、そしてヤロスラフは再び光の弾の爆風に呑み込まれていった。

直撃した・・・やったか?

ゆっくり地面に降り立った時にようやくヤロスラフが見えてきたが、深く呼吸しながらもヤロスラフは全身に赤い光を灯したまま立っていた。

さすが、タフだな・・・。

しかしヤロスラフはゆっくりと肩を上下させて俺を見ているが立ち尽くしたままで、その気迫と沈黙に何となくクリスティーナに顔を向けてしまう。

来ないのか?

するとようやくヤロスラフは素早く拳を振りかぶり、赤い光の塊を飛ばしたがその瞬間、突如として現れた自然発生したような粗っぽい氷の壁に阻まれて赤い光の塊は消えた。

・・・クリスティーナ?氷を操るのか。

「実力は十分測れたんじゃない?」

「・・・お前がそう言うなら」

・・・ふう。

コロシアムを出ていき、少しだけ体を動かしたからか何となく気分が落ち着いた気がするので、カウンターから注文したコーヒーを受け取り、ヤロスラフとクリスティーナとテーブルを囲む。

「クリスティーナもディゼルダ派のナンバーワンに話を聞いて回るつもりなのか?」

「そう。でもディゼルダ派ではないナンバーワンに対して、ディゼルダ派の情報が遮断されてる。明らかに意図を感じる」

「意図とは何だ。お前らだって、共有しなくていいと思った情報は共有しないだろ」

「ヨハンの死の真相は、共有しなくていいものじゃない」

「やっぱり、ディゼルダは何か隠してるのか」

「少なくとも、私はお前らに情報を共有しないんじゃない。出来ないんだ。ディゼルダからは何も聞いていない」

「だったらディゼルダに会わせてくれ」

「・・・自分から訪ねろ。と言ってもディゼルダは相変わらず、連絡事項がある時にしか連絡を寄越さないが。ドレイクの居場所を知りたがってたな、あいつらはあれから、日本に居る」

「日本?日本の自警団に負けたのにか」

「いや。日本にはデュナンズ・ナイツの支部は無いからな。隠れるにはちょうどいい。それに次の行動の為にもな」

「次?まさかまだ日本を侵略するのか」

「侵略じゃない。リベンジだ。1度負けただけで諦める、そんな考え方を持つならそいつはデュナンズ・ナイツじゃない。他のディゼルダ派を知りたいならクリスティーナの携帯電話にメンバーリストを送る。私がお前にする事は、以上だ」



「りっくーーん」

気が付くとそこは森の中の小さな草原だった。その真ん中にある切り株の椅子とテーブルというものには違和感が無く、椅子に座っているリリコが呼んでいるので草原を進む。しかしテーブルに置かれたステーキセットにはふと違和感を抱いたものの、リリコは笑顔でステーキを一口大に切り、頬張った。

「りっくんも食べよ」

どこだろ、ここ・・・。

とりあえず切り株の椅子に座り、フォークとナイフを持ち、香ばしい匂いをこれでもかと主張してくるステーキを一口大に切り取る。

空気がキレイで、ステーキの匂いも際立つ・・・。

「いただきま──」

その瞬間に凄まじく速い何かにフォークが取り上げられ、思わず顔を上げる。すると上空にはハイミっぽい鳥が飛んでいて、ふと立ち上がるが、太陽が眩しく、そして体は重力に負けて倒れ込んだ。聞こえていたのは、目覚ましのアラームだった。

・・・びっくりした。

すでに意識ははっきりしていて、倒れ込んだのはベッドで寝ているからだという事を理解しながら、ふと起き上がる。

・・・いい夢だった。

「良かったね」

同じベッドで寝ているリリコが妙にはっきりした声でそう言ってくると、リリコは肘を立てて頭を持ち、笑顔を浮かべた。

「私が見せたの。マナライズで」

「だったらステーキ食べさせてよ」

「あはは」

“それ”は誰が為のものか。ウルフの物語は始まりでもあり終わりでもあります。


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