恋人たちと変なおじさん
「聖先輩、おはよ」
朝のホームルーム前のベランダにやって来たのはなんと柳菜で、すぐに分かったのは小動物感の無さだった。
「うん、おはよ。いつもこれくらいの時間に来るの?」
「うん」
そういえば究、来ないな。
「究は?」
呼び捨て、まあ彼氏だし呼び捨てでもいいんだけど。
「いつもなら来てるんだけど。あの、もしかしてもう1人の方の柳菜なの?」
「え、違うけど、何で?」
「いや何か、何となくそんな雰囲気だし」
「お母さんにも言われた。変わったねって。多分、あっちの柳菜の性格、混ざっちゃったのかな」
「副作用的なやつか」
「お陰で、あいつも何か近付いて来なくなった」
・・・あいつ。
「ほら究が追い払ってくれた」
「あー、ね。じゃあ、メールでもしてみたら?究に」
「あそうだね」
1年なのに2年の教室にいる事に特に緊張しているような感じでもない柳菜はスマホを取り出し、メールを打っていく。缶コーヒーを啜った時にメールを打ち終わったのか、スマホを下ろすと柳菜はベランダの柵に寄りかかった。
「聖先輩」
「ん?」
「2つ目の力、何がいいかな?」
「そりゃ、柳菜が欲しいって思った力だよ。変身したいとか、何か無いの?」
ほぼコピーだしな・・・。コピーすればいいみたいな感じだし。僕と同じだな・・・。
「んー。あメール来た。熱出たから休むって」
「まじか」
「急じゃない?昨日普通だったのに」
「究、熱から来るタイプだからさ」
「そっか。聖先輩、彼女居ないの?」
「え・・・うん」
「ファンレターとか来ないの?」
「いやでも僕ボスモンスターだし」
「好きな人は好きだよ」
「そうかなぁ」
「知ってる?ヌシって世界中でテロ鎮圧してるの」
もう1人の柳菜の性格っていうより、元々気を許したらお喋りになるってだけなんじゃ。
「知らないけど、調べたの?」
「うん、昨日ね。何か巨大生物が人間の戦いを鎮めるって話、アメリカにもあるよ」
まぁ元々アメリカ発祥だしな。
「りっくん、今日はどこ行く?」
何か吹っ切れたのかな?
「何で?」
自分の部屋でリリコと2人で過ごしていると、スマホを見ていたと思ったらすでに自分の事を見ていて、普通に会話するように心の声に返事をしてきたリリコに、思わずコーヒーで咳き込みそうになる。
「最近、何か生き生きしてるから」
「やっぱりマナライズし始めたら、逆に気持ちが落ち着く」
んー、そういうもんか。
「りっくんの心、24時間読んでるから」
「え、寝てる間も?」
「あ、いや、それは」
するとリリコは小さく笑いを吹き出す。
「それに、今まで生きてきた記憶、全部覗きたい」
うわ。
「それ、リリコの世界じゃ当たり前なの?」
「りっくんだって、好きな人の事全部知りたいって思うでしょ?」
「全部、か。そう言われるとそうかも。でもそれより、秘密も嘘も無いカップルになれるって事の方が、自分はグッと来るけど」
そう言うとリリコは、嬉しがったり照れたりするのはもう通り越したかのように、リラックスした表情で頷く。
でもそれはお互いマナライズ出来ないとな。・・・あ。
「鉱石使えば?」
「・・・リリコ、自分にリリコの事マナライズして欲しい?」
「え、当たり前だよ」
マナライズを鉱石でか。街の観察係の自分には、うってつけだ。心が読めるなら戦闘にも使えるし・・・。
「マサ」
隊長の部屋に入ってそう声をかけると、頬杖を着いていたマサハルは自分を二度見した。
「何だよ」
「鉱石1つ」
「店か」
そう言いながらもマサハルは鍵のかけられた引き出しを開け、取り出した鉱石を差し出してくれた。
「これで3つ目だよな。どんな力だ」
「マナライズだよ。リリコの世界の力。ペアルックにするから」
「見たものを解析、だよな?六事にはぴったりじゃないか」
「まあね」
「60キロ先まで物を見れて、至近距離なら動体視力が強化される『ゴッドスコープ』と、正に相性が抜群だな」
「リリコと出会えたお陰だよ」
自分の部屋に戻るとソファーに座っているリリコは黙って笑顔を見せてきて、そしてリリコの隣に座り、目を閉じながら鉱石を胸に当てる。
マナライズ、マナライズ・・・。見たものを解析・・・。
目を開けて鉱石が無くなってる事を確認してから、とりあえずコーヒーを飲む。
「今日デートしながら、ちょっと私も2つ目の力、使う」
「“見たものの遺伝子を改変”って、人間にも使えるのかな」
「どうかな。どう?マナライズ」
リリコを見ながらマナライズを意識した直後、感じたのは脳内に直接流れ込んでくる、まるで脳裏に別の眼球でもあるかのような“視認感”だった。自分が鉱石を貰いに行こうと部屋を出た直後、リリコは扉を見て、どこにデートに行こうかと心を踊らせ、スマホで横浜の事を検索していく。
「赤レンガ倉庫?」
「分かった?デートする場所。いいね。でもダイビングには気を付けてね。好奇心に呑まれてやっちゃうと抜け出すの大変だから」
「うん」
ゴッドスコープ使いながらだと、体力使うのかな。
「行こ?横浜」
「うん」
横浜赤レンガ倉庫のすぐ近くではなく、よこはまコスモワールドの目の前にシールキーを使ってやって来て、ふと一緒に観覧車を見上げる。
「縦だ」
「え、リリコの世界じゃこうじゃないの?」
「私の世界じゃ横だよ。真ん中に柱があって、回転しながら上がっていくの」
「へえ」
観覧車か、何年ぶりかな。
回り続けるゴンドラに合わせて乗り込むという、忘れていたほんのちょっとしたスリルを感じながらそしてゴンドラの中、リリコは黙って笑顔を浮かべて嬉しさやドキドキを見せてくる。
「マナライズが出来る人同士のデートのやり方、教えてあげる」
しかしそう言うとリリコは黙り、ただ見つめてきた。感情を読み取ってみるとその中には“自分の戸惑い”も紛れていて、何となく前後左右を鏡に挟まれたような感覚に陥る。すると直後にリリコの強い愛情が伝わってきて自分の感情は埋もれ、まるで流れの激しい滝壺に膝上まで浸かってるような感覚になった。
「はい私の勝ち」
「想像力で、押し合う感じ?」
「相手を自分のイメージの中に引き込んだ方が勝ち」
んー・・・。読み取る力を利用して逆流させるのか。
「大変じゃない?」
「あら、あんまり好きじゃない?そっか。でもそれ、まだ慣れてないだけだよ?りっくんも恥ずかしがらずに私の中に入って来ていいからね?」
そりゃ、恥ずかしいけど。生まれつきと今さっきじゃ、大分違うし。
「うん、頑張るよ。何年かかかると思うけど」
「ねえもっと積極的になってよ。ずっとスイッチ入れてるくらいじゃないと、戦いの時とか、いざって時に手遅れになる。こういうのは力として使うんじゃなくて、自分の一部として使うくらいじゃないと」
「そう、だね」
ゴッドスコープみたいに、自然に、か。確かに。ずっとスイッチ・・・。
ゴンドラがてっぺんに来た時に街並みを半透明にし、適当にズームしていく。そして見つけたカラスの中を視て、都会の中の公園という長閑さ、人間という動物に抱く距離感を感じ取っていく。
「へえ、カラスって人間の事そんな風に思ってるんだ」
「頭良いからね、過剰に警戒しないんだろうね」
「やっぱり仲間にするの、鳥がいいかな」
それからよこはまコスモワールドを後にして、公園でも行こうかと歩いていた時、向こうから歩いて来た茶色のコートの中年男性がそのまま他人らしく擦れ違っていくと思いきや、その男性は何やら自分の前で立ち止まった。
「神王会の人だね、君。京都で見たよ」
「ああ、はい、どうも」
ファン的な?・・・。
「君は何故神王会に入ったんだい?」
「えーと、神王会で働けば、衣食住を面倒見て貰えるからです。だからって街や人を守りたい気持ちには嘘はないですけど」
「なるほど。神王会の掲げる理念や理想には興味は無いのかい?」
「理念って、街や人を守る事だし。ていうか、仲間から聞いたんですけど、インタビューしてきた変なおじさんって、まさかおじさんですか」
「私が、変なおじさんに見えるかい?いつも、服は一式ラルフローレンだ」
そういう問題?・・・。
「でも夜中にインタビューはどうかな」
「そもそも夜に活動する神王会所属のヒーローとして有名ではあった。インタビューしたいと思うのは当然ではないかな?」
組んでる腕に力を込めてきたリリコに顔を向けると、リリコは男性から読み取ってきた情報を直接脳内に送ってきた。
「何でそんなに日本語上手なんですか。明らかに日本人顔じゃないのに。どこの人ですか」
「人には、“人に外国語を話せるようにする”能力がある、と言えば分かるかな?国はドイツだ。と言っても10年くらい前日本に長期滞在していたので、日本語には少し慣れているがね」
「やっぱり、それはおじさんがデュナンズ・ナイツ、ナイツナンバーワンだから、敵情視察しやすくする為に?」
するとその男性は警戒や戸惑い、敵意をこれっぽっちも伺わせる事なく、一瞬リリコを見てからむしろダンディーではあるが不気味な微笑みを浮かべた。
「私は敵情視察だとは思っていない、ただの好奇心だ。しかし驚いたな、何故私がデュナンズ・ナイツだと?しかもナンバーまで」
「それは、そういうのが分かる能力、って事です」
「なるほど」
「じゃあ、ガブリエルにも日本語話せるようにすればいいのに」
「チームが違うので処置は遅れるが、いづれそうなるだろう」
「あの、何で、デュナンズ・ナイツは街の被害を考えないんですか」
すると男性は初めて微笑みを落ち着かせ、神妙な雰囲気で小さく頷く。
「デュナンズ・ナイツがワールド・クロスからの独立組織だという事は知ってるかい?」
「はい」
「ワールド・クロスの母体は赤十字だ。どんな差別にも攻撃にも屈しない、そんな組織に反旗を翻した者達だ。自然の流れだと思わないかい?」
自然の流れ・・・。
「君達の理念は守る事。私達の理念は守るより速く、倒す事。対立するのもまた、自然の流れなのだろうね。では私はこれで。警戒せず話をしてくれた事に感謝する」
「あ、どうも」
本当に敵意も警戒も無く、そして妙にダンディーな男性は振り返る事なく去っていった。
んー、ま、いいか。
「じゃ、行こうか」
「いやいや、ちょっと普通過ぎない?何世間話してんの。もっと聞いた方がいい事あったでしょ」
「でも、ほんとに敵意持ってなかったし」
「そうだけど」
「デュナンズ・ナイツでも色んな人が居るんだよ。ネットで予告したり、ドラゴンになって暴れたり、ああいう変なおじさんが居たり、あ、変なおじさんって言っちゃった」
「もー、りっくん、ほんとそういうとこ変わってるっていうか、りっくんらしいっていうか」
「リリコ、あのカラス、どうかな」
「うん?」
「あ、手前に建物あった」
新港中央広場にやって来ると、リリコは端から見れば普通にカラスに歩み寄り、普通にしゃがみ込む。するとカラスは何となく違和感を感じるくらい、大人しく真っ直ぐリリコを見上げた。
「りっくん、部屋で飼っていいよね?」
「いいけど、鳥籠は?」
「要らないよ、ちゃんと理解出来るようになる」
「何したの?」
「とりあえず、私とテレパシーで会話出来るようにした。知能も底上げしたいんだけど、ちょっと力が働きにくい」
「能力のレベルがまだ低いから?」
「多分、それか、ビジー状態か」
ビジーって・・・。
「同時に多方面の並行変化は出来ないのかな。防衛反応かも」
「何か急に研究者だね」
「そもそも研究者」
「ですよね」
それから何やらそのカラスはリリコを主か何かだと思っているようについて来て、そんな健気なカラスが可愛く思えてくる中、度々カラスはリリコと見つめ合い、そして1時間ほど経ってもうすぐお昼の時間になろうという時、突如カラスは全身の羽毛を落とし、新しく黄色の差しが入った茶色い羽毛で全身を覆った。
「リリコのセンス?」
黄色のアクセントの、茶色いカラス。
「うん」
「最早カラスじゃないね」
「分かりやすくね」
「名前は?」
「ハイミ。私の世界の言葉で、黄色って意味」
「茶色じゃなくて黄色なんだ」
「ハイミは、探偵って意味もあるから」
「へえ」
ハイミが外で待ってる中、赤レンガ倉庫のレストランで昼食を取っている時、ふとデュナンズ・ナイツのさっきのおじさんを思い出す。
デュナンズ・ナイツはヌシの事どう思ってるのかな。
「あのヌシの事があったから、ナンバーワンが偵察に来たんじゃない?」
「そうなのかな」
ナンバーワンか。
「どれくらい強いのかな」
ガブリエルがあれなら、何となく勝てる気がしない。でも。
「戦う気も無い?」
そう言ってリリコは言葉を先取りして微笑み、サラダを口に運ぶ。
「あのおじさん相手ならね」
デュナンズ・ナイツのおじさんも六事も、変人同士だから話せたんでしょうね。
ありがとうございました




