人間の庭、キツネの庭2
「私、朝ご飯作るよ」
「そう?」
「気付いたんだけど、『マナライズ』は料理にも使えるんだよ」
「へえ。賞味期限とか分かるのかな」
「もっと色んな事分かる」
「だよね」
各部屋にも小さなキッチンがあり、それから出てきたのはいつもの朝食にしているライ麦パンとリリコ特製の豚汁で、“食材の事が分かっても”調理器具の使い方はおっかなびっくりで作られた豚汁を一口啜る。
ん、うん、出汁と味噌のバランス良いな。具の大きさも、バランスが良いし、初めて豚汁作ったとは思えない。
「良く出来てる?」
「すごい良く出来てる」
嬉しそうに照れて笑みを溢したリリコとそれから朝食を終え、食器洗いも済ませて、会議や待機の為の集会場にもなっているリビングに出る。いつものように筋トレしているキョウスケや、朝のジョギングから帰ってきたマミなどに軽く挨拶しながらとりあえずテレビの前のソファーに座る。
「ジンイチロウ、デュナンズ・ナイツのあのドラゴンの目撃情報探してくれる?大体でいいからさ」
「ん、んん・・・・・」
「・・・ジンイチロウ?」
・・・寝てるし。ソファーで。テレビの前で。まいいか。
「じゃ私やってみようかな」
「やるの?」
「私も一応、神王会だし」
そう言うとリリコは神王会から支給されるスマホをパーカーのポケットから取り出し、画面を“ただ見つめた”。すると触ってもないのにスマホはネットブラウザを開き、文字を入力し、出てきた検索結果をスクロールする。
「そんな事出来たんだ」
「私の世界にスマホは無いから最初は手でやってたけど、ネットを直接マナライズしてると思えば簡単だよ」
「へえ」
「なあなあリリコ、それ、セキュリティロック開けられるんじゃね?」
筋トレが終わったのかプロテイン片手にキョウスケが問いかけてくる。
「セキュリティロックって何?」
「え?あのーー、ネットの中の、鍵だよ。もしパスワードを使わずに開けられるなら、リリコ、世界中から狙われるよ、ははっ」
笑い事か・・・。
「セキュリティロックが開けられるとどうなるの?」
「え?いやあの、例えば国の極秘情報とかを見れる訳だからなぁ。情報ってのは直接人を殺す為じゃなく、組織を潰す為の武器にもなるからだよ」
「あ、キョウスケ、別の支部の人からデュナンズ・ナイツの事聞いてない?」
「まだ聞いてないけど、どうした、やけにやる気だな」
「やる気っていうか、気になるんだよナイツナンバー」
「・・・そこかよ。あのドラゴンの?」
「うん」
「確かに気にはなるか。ナイツナンバーは強い順だもんな」
「わぁ、りっくんどうしよ、他人のパソコン乗っ取っちゃった」
「うええっ、帰ってきてよ」
「んー・・・」
人間の手ではあり得ないスピードで画面が変わっていき、そして電源が落ちたように真っ暗になるとリリコはスマホをテーブルに起き、ため息をつく。
「何か分かった?」
「デュナンズ・ナイツの本拠地とか」
その瞬間キョウスケはプロテインを飲みながら声にならない驚きの声を上げ、周りが目を向けてくる。
「あんな短時間で海外旅行したの?」
「うん、しちゃった」
「本拠地って、ど、どこだよ。あ、ちょっと溢れちゃった」
「ジュネーブ」
ん、まぁそりゃそうだよな。
「教会みたいなとこで、私達みたいに集まって過ごしてた」
「まるで見てきたみたいな言い方だな」
「パソコンのカメラから見たの」
「あーそういうことか。はは、でもすげえなリリコその力」
「私の世界じゃ珍しくない」
「ああ、そうだよな」
異世界、かぁ。面白そうな動物いるかな。
キョウスケがキッチンに向かった時にマサハルがリビングに出てくると、何やらみんなに集まるように声をかけた。
「あれ、1人居ないな」
「ルイなら部屋で寝てると思うよ?後で伝えとくけど」
マミがそう言うとマサハルは黙って頷き、手を見せる動作で了解を表した。
「昨日のデュナンズ・ナイツからのメッセージを見て、本部も動きを決めたってよ。本部がワールド・クロスに直接掛け合って聞いたところ、デュナンズ・ナイツの頭数はおよそ50人。世界規模で動いてるし、能力者組織としてはまぁまぁな大きさだからな、神王会も対デュナンズ・ナイツチームを結成する事になった。メンバーには連絡係も兼ねてそれぞれの支部からも1人ずつ選出する。動きは今までと変わらないからな?拠点で生活しながら、召集がかかったら戦いにいく。ってことで、誰行きたい?」
立候補か、んー。
「じゃあオレ行こうかな」
押し付け合うように顔を見合わせる沈黙が訪れる事もなく、キョウスケがすぐに勇敢に声を上げると、仲間の言うことを疑う事も確認する事もなく、マサハルもすぐに頷く。
「昼の12時に本部で顔合わせだからな?」
「おいっす」
マサハルが隊長の部屋に戻っていくと同時にみんなも円を崩していき、そして普通のリビングの空気に戻るとソファーに座っていたリリコは何となく言いたい事があるような顔をふと向けてくる。
「ん?」
「今日も外出る?」
「まぁね、観察は仕事だし。でも観察だけだと退屈だから、ほとんど動物見てるけど」
「私も行く」
「え──」
まるで自分の気持ちを察してそう言って笑みを溢したリリコに、自分もつられて表情が緩んでしまう。
「うん」
いつものようにコンビニで飲み物とお菓子を買ってから拠点のマンションの屋上にシールキーを使って出ていくと、すぐさまそこには高層ビルの屋上らしい風が吹き、リリコが腕を組んでくる。
「風すごい」
「うん」
まだ黒いキツネ来てないか・・・。
とりあえず仕事として街を望んでいき、視界をズームして何となく悪そうなスーツのおじさんとか、チンピラみたいに変な服装の人とか観察していく中、ふと電線に止まるカラスを見た時、リリコが後ろから抱きしめてくる。
「今カラス見てる。もうサボってる?」
「サボってる訳じゃないよ。動物可愛いし。ていうか」
「ううん、りっくんの能力までは共有出来ないよ、脳内をマナライズしただけ」
つまり・・・心が──。
「読めるの」
「そうなんだ、記憶は」
「うん、見れちゃう。昨日のイチャイチャとか見れちゃう」
「いやリリコとの記憶なんだから見たって」
「プレイバック」
「しなくていいから。じゃあさ、黒いキツネ分かる?」
「・・・あ、見えた。でも記憶の中をまたマナライズするのは『ダイビング』って言って、ものすごく疲れる。1時間もやったら1日徹夜したくらいぐったりする」
「そっか。じゃあいいよ。昨日来たし、多分今日も来るかも知れないし」
「うん。りっくん今猫見てる」
「見てます。そういえばデュナンズ・ナイツのドラゴンの情報って何かあったの?」
「あ忘れてた。目撃情報、青いドラゴンが淡路島に降りてくの見たって」
「え、早く言ってよ」
「ごめん忘れてた。キョウスケに電話するのちょっと待ってよ。もう1回ネットをマナライズする」
「うん」
淡路島か、京都から逃げたのか。それとも淡路島から京都にテロリスト狩りに行ったのか。おや、あれは、指定自警団の人。普通に歩いてる、パトロールかな。
リリコがスマホを見つめて動かない間、買ってきたお菓子をつまみながらちょっと歩いて別方向から街を望む。
東京は、今のところ、平和かなぁ・・・。
それからペットボトルのオレンジジュースを一口飲んだところでようやくリリコは顔を上げ、同じく買ったオレンジジュースを一口飲んだ。
「あぁ、この甘さ、何か疲れた脳にいい感じ」
マナライズ、脳を結構使うんだなぁ。でも自分は疲れたりしないな。生まれつきの超能力と、鉱石で得た能力、やっぱり違うのかな。
「りっくん、ドラゴンの人のっぽいスマホ乗っ取っちゃった」
「おおっ、それどストライクを通り過ぎてる。それで何か分かった?」
「メール見ちゃったんだけど、仲間呼ぶみたい。それで淡路島の有名なテロリストを襲うみたい」
「じゃキョウスケに伝えとくね」
キョウスケに電話で伝えた後、リリコの側に座り込むとすぐにリリコは自分に顔を近付けてくる。
「りっくん、私頑張ったよ?ご褒美のキスは?」
うわ・・・。
リリコの唇に自分の唇を近付け始めたその直後、覚えのあるような変な気配を感じ、キスの直前のままちょっとだけ目を向ける。するとそこに居た黒いキツネは自分と目が合った直後、前足で目を隠したので、とりあえずキスをしてから黒いキツネに指を差す。
「リリコ」
「ん・・・」
「(え、何?うわ、鉱石の能力じゃない力?・・・えいっ)」
「あ、ブロックされちゃった。何者?」
ブロックとかアリなのか。
「(この地球生まれのれっきとした動物だけど、何か?異世界からの来訪者さん)」
「分かるの?」
「(分かるけど?まぁ、異世界からの来訪者は前にも会った事あるし、それに今この地球には割りと居るんだよね)」
割りと居る・・・。この地球に。
「(あなたは何で、この世界に?)」
何だろうこの感じ。仲良くないのに、フレンドリーさが違和感なく心に入ってくる。
するとリリコも同じ事を思ったのか、話そうかどうしようかというような表情を向けてくる。リリコは自分の手の上に手を乗せているので、話せば?と心で問いかけるとリリコは小さく頷いた。
「逃げてきた。私の世界では異次元の研究が進んでて、実験的に異次元へのホールを開いてみようってところまで進んでて、それで夜中に人目を盗んで異次元のホールを開いて、飛び込んだ」
「(逃げたって、何から?)」
「んー、世の中、かな。王子と政略結婚させられる事になって、それで」
「(ふーん、まぁ事情は人それぞれだよね)」
「ていうか、何でここに?」
「(理由なんて無くない?地球で生まれた動物がどこに居ても、それは自分の家に居るって事だよ)」
哲学ギツネ・・・。
「見張ってるみたいよ?」
得意げにリリコがそう言って自分を見てくると、お座りしていた黒いキツネは立ち上がり、首を傾げた。
「(どこまで見たの?)」
「同じような、んー、存在がアメーバみたいに世界中に居る感じ」
「(それだけ?)」
「後は、この場所が気に入ってるって事」
「(何だよその力、くすぐったいし)」
「マナライズ。見たものの中身を解析する。例えばリンゴを見れば賞味期限、栄養素、繊維の向き、遺伝子情報」
「(あなた、ヤバイ人だね)」
「私の世界じゃ珍しくない。世界人口の1割が持ってる。動物を見れば記憶、感情、遺伝子、病気の有無が見れて、言葉の喋れない動物の看病には役に立つ」
「(へー、そりゃいいや)」
「でも、何で解析するだけなのにネットサーフィン出来るのかな」
「サーフィンっていうか、ネットに繋がるものも含めて丸ごと全部解析しちゃってる感じ」
んー、なるほど。
「りっくん、そのキツネに気に入られてるみたいだけど、いつから友達なの?」
「(別に、気に入ってる訳じゃ)」
「友達ってほどじゃないけど、一昨日ね、紅蓮会の人達が邪な気持ちでヌシを探してて、でも自分は別にそのキツネをどうしようかなんて考えてなかったし、だから多分、キツネの方も敵として見ないようになってくれたのかな」
「(面白いって思っただけだよ。自分はただ、力に溺れる人間が嫌いなだけだからね)」
「嫌な想い出とか?」
リリコが問いかけると、黒いキツネは後ろ足で首を掻いた。
「(ま、そんなところ。どうして、能力者になれる鉱石が出てきたか知ってる?)」
え?何だその質問。
「何らかの影響で、予めコアの中で作られてた鉱石がマントルを抜けて地表に出てきたとか、実は宇宙から降り注いだ素粒子が鉱石になったとか、テレビでやってたけど」
「(んー、宇宙か。鉱物には変わりないからね。惑星から出てきたってのは1番有力だよね)」
って事はキツネも知らない。というより、知りたいと思ってる。
「もしかして調査してるの?能力者の事。だからあちこちに現れて、しまいには人間にヌシって呼ばれてる」
するとお座りしていた黒いキツネは自分を真っ直ぐ見た後、静かに立ち上がり、屋上の縁に向かって歩き出した。
「(動物も鉱石の恩恵が受けられてるから、それに関してはいいんだけど。でも人間の能力者が巨大生物を襲ったりするのは我慢出来ないからさ。人間が恐れる象徴を作りながら、調査もね)」
鉱石で知能が高まった系の動物なのかな。このキツネ。
「君もチーム作れば?意識だけでもネットワーク化させて、人間だけじゃなく動物たちにも象徴を作るとか」
「(人間と戦う為に?)」
「防衛本能的な感じで、倒す為じゃなく生き残る為に」
キツネがどれくらいの力があるか分からないけど。少なくとも動物同士のコミュニケーションは出来るでしょ。
「(・・・あなたみたいに、動物に優しい人間ばっかりなら良いんだけどね)」
そう言うと街を望んでいた黒いキツネは陽炎のような黒い光に包まれ、美しく姿を消した。
リリコがこの世界に来た事で、実は世界は大きく変わってしまうのです。
ありがとうございました




