孤独なダイヤモンド2
朝のホームルームが始まる前、いつものようにベランダで缶コーヒーを啜っていると究はヌルッと視界に入ってきて、ふとその横顔に神妙さが伺えると、究はまるで野球のボールでも扱うようにベランダから投げ出した手にスランバーを乗せた。
「南原さん、グループメールも抜けちゃったしさ、何だかなって感じだよなぁ」
「うん。まぁ利用されてただけっていうのは事実だけど、南原さんが居なかったら能力者になれなかったし」
「そうなんだよねぇ。多分俺、もう、南原さんより強いと思うし、まぁいいっちゃいいんだけど」
「え、そうなの?」
「へへ、うん。ていうかそれよりさ、全っ然ガルジャン出来ないんだよね。どうなってんだかな、アマカゼは難しくないって言ってたけど」
「プロメさんなら分かるかな?」
「おっそうだな、うん、プロメさんに聞いてみるか」
コーヒーを一口啜ると、スランバーは究の手の周りをゆっくり浮遊する。
「やっぱりさ、能力者になれて良かったよ俺、口だけじゃなくてさ、実際にヒーローになれるんだもん」
「やっぱりヒーローの才能あるよね、究。お金稼げないとか言ってた割りに」
「へへ、いやいや、ヒーローの才能なら聖の方があるよ」
そんな時にシバーが出てくると、スランバーとシバーはまるで小鳥か何かのように追いかけっこする。
「そうかな」
「凉蘭だって言ってたし」
え、鳥井さんが。
「・・・・・え、いつ」
「この前、凉蘭がスランバー達相手に特訓した時だよ。聖がアマカゼのガルジャン相手に特訓してた時」
「へぇ」
「聞いたんだよ、1番最初さ、コクエンにやられた時、よく残ったねって、そしたらそれは聖に説得されたからだって。ていうか聖、そんな事してたんだな」
あれ、何でだっけな。
「何ていうか、チームも出来たばっかりだったし、よく考えずにとりあえずチームの数が減るのはやだなぁって」
「うーん、まぁそうだよな。ていうかさ聖、覚醒したよな?光ってたし」
「まあね」
再びコーヒーを一口を啜りながら、何となく満足げにほくそ笑む究の横顔を見る。
「いいねぇ。いよいよレベル3かぁ、順調だな」
ヒーロー、か。もしヒーローでお金稼げるとして、ヒーロー、これからもやっていくのかな。
ショウ達学校やしな、呼び出すのも悪いかな。
大阪湾沿いに並ぶ、工場地帯と公園が混ざった埋め立て地の1つ、野球場のある埋め立て地を歩いていくと、やがて見えてきたのはその先端で何やら海を眺めている幸与だった。カーバンクルとプロメテウスと一緒に歩いていたからか、その気配を感じて幸与が振り返ってくる。そして目があった瞬間、まるで動物かのように、幸与はその佇まいに警戒やら敵意やらを醸し出した。
「何やねん、お前」
「いや、その・・・ちょっとサーチングして」
「チッ・・・あ?だから何やねん、こんなところまで」
「だからその、何となく」
「あ?ふ、ふざけんな、何やお前、気になるだけやったら放っとけって言ったやろ。ウザいやろ、それ。お前がオレの立場だったらそう思うやろ」
そんな怒んなくても。
「あら、それが心配してくれてる人への態度かしら?」
プロメテウス・・・。
「心配して貰う筋合いが無いやろ。何やお前、ガルジャンか?」
「そうよ」
「はっ。ガルジャン2体も連れて、守って貰って。どうせお前も、親だの友達だの周りにチヤホヤされてバカみたいに生きてるだけやろ」
くっ・・・この──。
「何だよ!自分だけ不幸ぶって、どうせお前も、周りに八つ当たりするのは周りに構って欲しいからやろ!」
「・・・何だとこの野郎」
「何も知らないくせに、結局お前、甘えてるだけやないかっ」
「ぶっ飛ばすぞオラ!」
「俺には、お前みたいに心配してくれる親も居ないのに」
「・・・あ?」
「俺、寺育ちやから。お前みたいに、親に構って欲しいって思う事すら出来ない」
「し、知るかよ!お前の都合なんか。オレにはオレの事情があんだ。お前の尺度で、人の事判断すんなよ。心配だと?目障りなんだよ!」
「だからって、わざわざテロリストみたいな事する必要ないやないかっ」
「好きでしてる訳やないっ。しょうがないやろ、みんな、お前みたいな“普通の人間”なんやから。何もしなくても犯罪者を見るような目でコソコソしやがって、そんでちょっとでも何かすりゃどうせあいつは『ギビナー』やからって」
「でも別に、ギビナーなんて世界で1人だけって訳でもないやろ」
「分かってるわっ!だから何やねん、それでも、怪物を見る目は変わらないんだよ。お前だって、心じゃそう決めつけてるんやろ」
「そんな事、そんなの被害妄想やろ。だから言ってるやないか、ホントは、ヒーローに憧れてるんやないかって。結局お前は、自分自身に負けてるだけやろ。だから逃げてるんや」
「うるせぇよ。ここに居るって事はお前だって逃げてきたって事やろうが」
「それは・・・」
「オレは別に、ヒーローになんかなりたくない。ただ、力を暴力にしたくないだけや」
「だったら『インヘリテンス』なんて取っちゃえばいいじゃないのよ」
取っちゃえば・・・。
「・・・出来なかったんだよ。何か、ランク外とか言われて」
ランク外って。
「すごいね、それ」
思わずそう言ってしまうが、幸与は特に言い返してくる事なく、黄昏るように海に体を向ける。
「別に、だからこそ、周りがバカみたいに色眼鏡なんだ」
「俺だって、孤児だからって周りが変に優しいよ。俺はそんなの望んでないのに」
「はっお前別に帰れない理由なんか無いやろ」
「それは・・・」
「・・・・・・お、お前四宮か」
幸与と共に振り返ると、そこには何故か、生活指導の担当でもある担任の体育教師の榊宮と、同じクラスで学級委員長でもある七雪ヘデラが居た。2人の姿に、思わずただただ周りを見渡してしまう。
あれ?ここ・・・。
幸与を見ると、幸与もこの状況に混乱しているのか、“ここが異世界である事を確認するように”周りを見渡す。
「まいいか、大守、まったく異世界になんか逃げおって」
「な、な、何やねん、ここ異世界やぞ。どうやって」
「そら大守の友達取っ捕まえて、組織ってのに連れてって貰って──」
「強引にね」
「おい、でオーナーってのに大守が逃げた異世界を教えて貰ってだな」
まさか、先生が、来るなんて・・・。
「チッ・・・こんなところまで、バカかよ」
「何がバカだ、不良少年だろうと担任としてこうやって迎えに来とるんや、な?」
筋肉隆々の体育教師が腕を組むというだけですでに汗臭い榊宮先生がそう言って、ヘデラに顔を向ける。
「そうだよ?大守君。指名手配、取り下げられたよ。目撃者が出て疑いが晴れたから」
目撃者、疑い・・・。
「ていうか、何したの大守君」
「四宮君知らないの?」
「だってもう1ヶ月帰ってないし」
「そっか。弓尋駅で放火事件があってね。駆け付けた警官が走っていく大守君を見たから、大守君が犯人って事になったけど、目撃者の証言で、大守君は逃げていく男を追いかけてたって事が分かって、それで真犯人もさっき逮捕されたから」
「そうなんや。大守君だって、帰れない理由なんか無いやん」
しかし溜め息を吐き下ろすと幸与はそれが何やと言わんばかりに海に体を向けていく。
「言ったやろ。オレは、ここで新しい人生を始めるんや」
「大守、出席日数足らんかったら留年やぞ?」
「バカか?ここで生きていくんや。学校なんか知るかよ」
「何がバカだ、自分から逃げれる世界なんぞあるか。大守が不良少年なのは世間がそう言ってるからやない、大守が自分自身をしっかり見つめてへんからやろ」
「チッ・・・うるせぇよ」
「逃げるなら逃げろ。だが何度逃げようと、どんな異世界やろうと先生は必ず捕まえに行くぞ。そんでもって大守の居場所はここやないって、何度でも知らしめたる」
「何度でも?だったら、何度でも追い返してやる」
そう言って振り返り、幸与は今にも飛び掛かろうと榊宮先生を睨みつけるが、榊宮先生はいつものように腕を組んだまま、正にたかが高校生の少年を見るように態度を崩さない。
「やる気か?大守。いくら大守でも、我らが七雪には勝たれへんぞ?」
「は?女に負けるかよ、知ってるよな?ただでさえオレが怪物だって事」
知らないのかな。
「大守君、知らないの?七雪さん、『ガルジャン・ファイトU-18の日本代表』やけど」
「え」
すると明らかに幸与の表情から余裕が消え、疑惑に眉間を寄せる中、代わりに余裕の笑みを浮かべてヘデラが前に出てくると、まるで反射的に警戒するように、幸与はディアベリアルとウイングネイルを発動させる。しかしヘデラはその笑みをむしろ深め、肩を回す。
「いい?先生、本気出して」
「ええで」
榊宮先生が2人に顔を向けながらも俺の方に歩み寄ってくると、その真っ直ぐな姿勢と太い腕にすでに加齢臭が臭ってきたような気がした。
「で、四宮は何でここに」
「え・・・何となく」
「レインフォール!」
そう言ってヘデラが天に手を伸ばした瞬間、ヘデラの頭上に“7つの尖った水玉”が現れ、直後に幸与は飛び掛かるが正に雨のような速度で飛んでいった尖った水玉に、見てるこっちが変身している事を忘れるくらい簡単に突き飛ばされていく。
「グッ・・・」
バスケットボールくらいの大きさからはまるで想像出来ないほどにそれは威力があるらしく、7つ目の尖った水玉を食らった幸与は地面を転がり、完全に失速する。
「ムーンライトフレア!」
そう言ってヘデラは伸ばした手を勢いよく振り下ろすとその瞬間、幸与の足元から“おおよそ直径10メートルくらいの光と炎の柱”が噴き上がり、その派手な万渉術に例え人通りの少ない埋め立て地の端っことは言え何となく周りを見渡してしまう。
技の威力も、派手さも、切り換えの速さも、流石だ。それよりそれ以上に、大守君の鎧、全然ダメージ防げてない・・・。
光と炎の柱が空に消えると、姿が見えた幸与はもうすでに立ち上がるのがやっとなほど疲弊していた。
「クソぉ・・・何でや。ディアベリアルの鎧やのに」
「何言ってんの。ダイヤモンドだろうと何だろうとたかが能力者の能力が万渉術に勝てる訳ないでしょ?」
しかも相手はオリンピック選手。いくら大守君でも・・・。でもオリンピック選手が相手でも、大守君はギビナーやし。こんなに差があるものかな。
「ほら、来なさいよ」
「くっ・・・」
男の意地でも見せるように立ち上がり、幸与が飛び出した瞬間、ヘデラは自身を守らせるように“雪の結晶がモチーフになった大盾”を出現させる。
「オラ!」
しかしダイヤモンドのその拳は鈍い音と共に完全に止まり、直後にヘデラは何やら手に野球ボールほどの金平糖のような光を作り出した。
「スターライトロアー!」
そうかと思いきやヘデラがその小さな光と共に手を幸与の方へ伸ばした瞬間、まるでダムが水を放出するように光は溢れ、“間欠泉のように噴き出していく流星群”となった。
うわぁ・・・。本気かよ・・・。
流星群の1つ1つが可愛らしく音を弾かせて幸与の声も掻き消す中、変身した姿でも抑えきれずに幸与はそのまま海に落っこちていった。直後に水飛沫を上げて幸与は飛び出してくるが、地面に降りるとそのまま膝を落として変身を解いたその姿勢に、その場には何となく決着感が流れ出した。するとヘデラは幸与に闘志無く歩み寄ると、直後にまるで気付けでもするようにその頬に軽くビンタした。
「言っとくけどね、私だってギビナーなの」
・・・えっ。
「そうなの?」
思わずそう言ってしまうとヘデラは俺を見たが、その時ふと気に留まったのは直後に榊宮先生に目線を流したその態度だった。
「秘密にせんでもええのに、な?四宮」
「別に、秘密にしてた訳じゃないけど。でも、私は自分がギビナーである事、後悔した事はないよ。だって、「創造遺伝」は、ママの愛情そのものだから」
直後に幸与は顔を上げるが、言葉に詰まるようにすぐに目線を落とす。
「まったく、あんたのせいでギビナーの評判落ちちゃうじゃん。しっかりしてよね」
「うるせぇよ、人には人の事情があんだ」
「違うよ?」
幸与は再び顔を上げ、「え?」といったような眼差しをヘデラに返す。
「母親の愛情の深さに、人の事情なんか関係無いよ。母親からちゃんと愛情をかけられたなら、それには応えないとダメ。あんたの事情なんか関係無い」
「何やねん、くそ」
「大守、お前の親御さん、お前が居なくなってからどうしてるか知っとるか?・・・教会や。毎日朝から、きっと今日もお前の為に懺悔しとる」
「何でやねん。オレの問題やのに」
「何言っとんねん。それが親ってもんやろ。大守、お前、親御さんがお前に愛情をかけた事を後悔させたいんか?そんな訳ないよな?不良でも少なくとも、お前は自分の母親の事、嫌ってへんもんな?一先ず、学校なんか気にせんでええから、親御さんに言わなきゃいけない事、あるんやないのか?」
たがが能力者の能力が万渉術に勝てる訳ない──。世界は広いですね。物語の世界観そのものがちっぽけなものに見えてきます。
ありがとうございました




