海風と特訓と
「そういえば天風の世界の力って、戦闘に使えるのか?」
このままでは先に進めなさそうなので仕方なくガルジャンカードのホルダーをプロメテウスに差し出した時、キュウがそう問いかけてくる。
「そりゃあ、使おうと思えば。すべては思念次第だよ」
「まぁ、俺も戦闘魔晶も居るからさ、大丈夫だよ」
「うん」
「ところでみんな、空飛べる?」
ライムからの唐突な問いと、さも飛べる事が当たり前かのようなその笑顔に、一瞬空気が止まる。
「飛べ、ませんけど。まさかライムさん、空飛んで猿島行こうとしてたの?」
「う、うん。普通はどうするの?」
「え・・・フェリー、だけど」
「ミントから聞いてなかった?私達、異世界から来てて、この世界の事よく知らないの」
そうだったのか・・・。この2人も。
それでも異世界に来ているという不安や緊張、異世界から来た事を打ち明ける事への抵抗すら感じられない笑顔のライムから、ふとキュウに目線を移すと、キュウはまるで変なものでも飲んじゃったんじゃないかといったような顔で俺を見てくる。
「まじか」
「でも俺もフェリー乗れないよ?お金無いし」
「ああ、そうか。でも天風は島までフェリー無しで行ける?」
「どうかな。行けなくはないかな。例えば、海を凍らせて道を作るとか。万渉術使えば、考えようでは不可能は無いって、学校でも教わるし」
「バンショウ?って?」
「俺の世界の、全ての人間が使える力です」
「へぇーそうなんだぁ。じゃあ、翼を生やしたり出来るんじゃない?」
「んー、そういう時はそもそも、翼を生やす必要性が無くなるような事を考えればいいっていう感じが、万渉術の基本なんです」
「そ、そっかぁ」
そうだなぁ。翼以外の飛行手段は、まぁジェット系だよな。でも、やった事ないし、というかやろうとした事もない。
「じゃあ、天風の世界じゃ、風を操ってジェット的な感じで空飛び放題なのか?」
「いや、生身で飛ぶ人なんか全然居ないよ。俺の世界じゃ普通にバイクとか車で空飛べるし、たまにガルジャンに乗っかってる人もいるし、何にしたって、生身じゃ怪我するでしょ」
「おお、何か逆にリアルだな」
「キュウは?戦闘魔晶に運んで貰うとか?」
「ん!いいねそれ」
キュウがすぐさま戦闘魔晶たちを出現させると、戦闘魔晶たちはまるで団子のように縦にくっついた形で出てきて、ただのクリスタルなだけなのにそれから揃ってくるっと回ったそんな戦闘魔晶たちがふと可愛く思えた。
「それ何?」
「俺の能力だよ。戦闘魔晶っていう相棒で、青いのがスランバー、赤いのがベーグ、黄色いのがシバーだよ」
すると戦闘魔晶たちはライムの周りを飛び、ライムはまるで蝶々でも見ているかのように笑顔を浮かべていく。
「わぁ、可愛いね」
「それじゃあ、とりあえず行ってみる?」
「静かなところだねぇ」
「うん」
独り言かのようなミントの言葉に、何となく距離感の無いような相槌を打つ凉蘭を何となく気にしながら、右手のプール施設、そして左手の生い茂った自然を眺めていく。
やっぱりテロリストの影響かな。プールもやってないし。
ロクに車など通らないきれいな一本道を歩く中、ふと振り返り、何となく意味深な笑顔を見せたミントに、何故か小さな焦りが募る。
「わぁ、あの感じ、私の世界の森に似てるかも」
笑顔だけど、そうやって思い出したりするなら、やっぱり帰りたいんだろうな。
「ねぇミントさんの世界の力って、誰でも使えるの?」
いつもあまり表情に起伏の無い凉蘭のそんな問いに何となく意外な感じがしたが、ミントは特に驚いたりする事なく微笑みのまま凉蘭を見る。
「多分使えると思うよ。ヒョウガも使ってるし」
「へぇ」
「もしかして、凉蘭も使いたいの?」
するとミントの問いに何故か僕を一瞬見てから、凉蘭は小さく頷いた。
「究もアマカゼの世界の力練習してるし、それ見てたら私はミントさんの力がいいなぁって」
「そっかぁ。・・・うん、いいよ?分けてあげるよ」
えぇ!?あっさり・・・。ていうか、今の一瞬の間は?
「ほんと?やった」
「凉蘭は、どうしてテロ鎮圧したいって思ったの?」
あれ、いいよって言ってから面接?
「んー、何となく。でもさっきセンゴク達に負けたの見て、何か、もっと、強くなりたいって思ったの。だから後で、力の使い方とか、闘技場で特訓してくれない?」
「うん。いいよ」
凉蘭って、見掛けに依らず熱血なところあるんだなぁ。表情には出ないで、体の芯で燃える感じなのかな。
「ていうか鳥井さん、スナイパーはいいの?」
「だってミントさんの力、空飛べるんだよ?ウォールとスワップでワープは出来るけど、空飛べたらもっと動き回れる」
「それはそうだけど。でもミントさんの力、格闘派だよ?」
「大丈夫だよ。翼の力は同じでも、戦闘スタイルによって力の形はその人に合った形に変わるから」
「そうなんだ」
「聖も分けて貰ったら?空が飛べて、魔法攻撃も・・・あ」
「うん。僕には黒炎の怪鳥の力があるから大丈夫」
「じゃあ凉蘭、ちょっとじっとしててね」
そう言ってミントは凉蘭と向かい合い、両手を繋ぐ。するとその直後、ミントの体から立ち込めた白黒の光は両手を経由して凉蘭の体に伝わっていき、そしてまるでスポンジに水が染み込んでいくかのように体の中へと消えていった。
「はい、終わり」
「ありがと」
その瞬間の、自分の手を見下ろしながら溢す凉蘭の笑顔に、また一瞬ドキッとする。
「どうやって変身するの?」
「体の底から翼の力を湧き上がらせて、体を覆うような意識をしたら、翼解放って言うの」
究も鳥井さんも、異世界の力か・・・。何かもう、ここが地球って事すら思えなくなってきたかも。じゃあ、ここ、どこだ?
「・・・翼解放」
うおっ・・・。
まさにミントと同じく、生え広がった白い翼と白黒の光に覆われる凉蘭だが、ミントと違うのは無くなった翼、そして首から下を包んだ鎧の面積だった。
両肘に両膝と両手だけ、サイクリングでもするのかな?
「うん、いい感じだね」
「え、全然、ミントさんと違うけど」
「それは凉蘭がまだ翼の力を使いこなせてないからだよ。特訓すればちゃんと翼も生えるし、鎧の隙間は無くせるし、戦闘スタイルに合った自分だけの武器も出せるようになるよ」
へぇ、そういう感じなんだ、ミントさんの世界の力。
「特訓って、戦うしかないの?」
「ううん。確かに実際に体を動かすのは大事だけど、翼を解放せずに翼の力を湧き上がらせていくっていう瞑想をすれば、翼の力を高められるよ」
歩きながら、そう応えるミントと納得したように笑みを溢していく凉蘭に目を留めていた時、道の向こうからやって来る1台のバイクにふと気が留まった。
ライムは鎧を纏うと同時に生やした白い翼で、キュウは戦闘魔晶たちに運ばれて、そして俺は操った風に乗ってそれぞれ猿島に降り立つと、直後に目の前にパッとプロメテウスが現れる。
まさか・・・。
「プロメテウス、瞬間移動出来たの?」
「これくらいどうって事ないわ」
あれ、まさかプロメテウスの力で、いや、頼んでも断られるだけか。
いつの間にかガルジャンカードホルダーを腰に着けていたプロメテウスが海に体を向け、髪を掻き上げながら風に吹かれるというそんな雰囲気につい見とれてしまうと、途端にプロメテウスは振り返った。
「あたしの事、エロい目で見てたでしょ」
「・・・・・え」
そう言って無邪気な笑顔を浮かべながらプロメテウスがキュウに歩み寄ると、キュウは途端に動揺した様子で、一瞬俺を見る。
「すいません」
・・・見てたんかい。
「別に良いわよ?キレイって思われるの、嬉しくない訳ないもの、ね?」
「あ、うん」
無理やり同意させるような雰囲気ではあるが、そんな雰囲気など気にも留めず、ただ優しく応えるライムの人の良さに感心する中、プロメテウスは遊びに来たかのように無邪気な笑顔のまま歩き出していく。ちらほらと居る観光客が、どっかのゲームから出てきた美麗キャラかのような風貌のプロメテウス、更には鎧を纏い翼を生やしたライムにちらちらと視線を送ってくるところでふと目に留まったのは、観光客に紛れていても分かるくらい妙に警戒心を醸し出している1人の男性だった。しかし男性はすぐに奥へと去ってしまい、その場は勘違いだったかも知れないという空振り感が残った。
「そういえばライムさん、敵の詳しい情報とか無いの?人数とか、どんな力とか」
キュウの問いに、振り返ったライムはタメ口とかそういう事など気にしていないかのような雰囲気を伺わせる。
「私が知ってるのは、複数って事と、砂浜で戦闘になって、海へ逃げたって事だけだよ」
海から来て海へ逃げるから海賊って事か。
「じゃあ、砂浜で待ってれば来るかな?」
「そうだねぇ、ちょっと様子見ようか」
俺の問いにライムがそう応えた時、ふと気になったのはライムの持ち前であるおっとりとした雰囲気の中の、おっとり感とは対照的なまるで戦いというものに慣れきった冷淡さだった。
ライムさんは、帰りたいって思わないのかな。
「あのぉ」
砂浜を一望出来るテラスに立ち、砂浜と海を眺めていた時に声をかけられたので振り返ると、そこには2人の若い女性が居てライムに緊張した表情を見せていた。
「ライムさん、一緒に写真、いいですか?」
「あ、うん」
うわぁ、すごいな、普通にファンに声をかけられる感じ。指定自警団、さすがだ。
「ここにはテロ鎮圧ですか?」
「うん、もし戦闘が始まったら隠れてね?」
それから女性たちが去っていき、嬉しそうなライムの横顔に何となく目を留めた時、フェリー乗り場周辺の観光客達が何やら一様に海へとざわめきを向け始めた。
「何だ?ん、天風、あれ、海賊かな?」
キュウが差した指の方の沖には何やら海に浮かぶ何かがあり、キュウが砂浜へ降りていく間にもその何かはゆっくりと砂浜に近付いて来るので、キュウに続いて砂浜に降りていくと、海に浮かぶ何かは浮上し、潜水艦のようなものとしてその姿を露にした。
あれ?・・・。
しかしその大きさはまるで1人乗りかのように小さく、更にはそれはそのまま海から上がり、宙に浮かび始めた。
潜水艦が飛んでる・・・。
その直後、フェリー乗り場周辺の観光客達はテロリストだと騒ぎ出し、逃げ始め、その場の空気はただの空飛ぶ小さな潜水艦を相手に緊迫感に染まっていく。
「おーい!」
何やらバイクに乗っている人が叫んでいるみたいで、何となく見ているとカッコイイバイクは僕達の前で止まり、しかもその緊迫感そのものみたいな表情はすぐにテロを連想させた。
「お前ら、展望塔行くならやめた方がいいぞ、テロリストが居る」
「私達テロ鎮圧に来たんです」
ミントがそう応えると、その中年男性は目を見開き、何故か驚いたような表情を僕に向けた。
「おお!?じゃあ急いでくれ、仲間がまだ居るんだ」
「はいっ。2人共急ごう」
「うん」
中年男性がUターンして戻っていくのを見ながら小走りで展望塔に向かっていく中、小走りそのものがもどかしくなってきて思わず黒炎の怪鳥を発動してしまう。翼の羽ばたきの音や風に、鎧をサポーター代わりにしている凉蘭が振り返ると、その羨むように機嫌を損ねた表情にふと地面に降りて見つめ合ってしまう。
「え?」
「あそうだ凉蘭、聖におんぶして貰ってよ」
え・・・。
するとミントも鎧を纏って翼を生やし、まるで急かすように宙に浮いて見せたので、とりあえず凉蘭に背中を向けながら屈んでみる。
そういえば、人をおんぶするの、初めてだな。
首にしがみついてくる感覚を感じながら凉蘭の脚を持ち、そして頷いたミントに続いて翼をはためかせる。
「ねぇ」
「ん?」
「毛皮、犬みたい」
「そう?でも鳥だけど」
「鳥、触った事ないし」
あ~、ね。確かに鳥ってそうそう触んないよな。
まるでバイクにでも乗っているかのようにそれから数分後には見晴らしのいい海を背後にする明治百年記念展望塔が見えてくると、次に目に留まったのは展望塔の手前に転がった数台のバイクだった。
「上だ!」
凉蘭を下ろしながら、知り合いの人達と避難して固まっている先程の中年男性が差した指の先に目を向けると、鳥目のお陰で展望塔の1番上に立つ僕達を見下ろす1人の男性がはっきりと見えた。すると直後、テロリストの男性が手をかざすと同時に力無く横たわっているバイクが軽々と浮き上がる。
「勘弁しろよオレのバイク・・・」
中年男性達の中の1人が悲しげに呟いたところで、バイクはラジコンのように旋回して宙を飛び、そしてその勢いのまま僕達の方へと飛んできたので難無くかわすと、地面を跳ねたバイクは申し訳ないほど破片を散らしていった。
聖に続き、凉蘭もぬるっと異世界の力を手にした訳ですね。
ありがとうございました




