↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/9

最強スライム、町を一口で包む


 初めての指名依頼だった。


 斡旋所の受付で、エダさんが一枚の紙を差し出す。


「市の揚水場からです。魔石への魔力補充をお願いします」


 揚水場。


 川の水をくみ上げて、町の水路へ流す施設らしい。


 役所で私が魔石を充電した話を聞いて、担当の人が興味を持ったのだそうだ。


「報酬は銀貨一枚」


 私は止まった。


「銀貨って、銅貨何枚?」


「百枚です」


 もう一度止まった。


 百枚。


 蜂蜜パン、百個。


 体の中で、何かの景気がよくなった。


「やります」


「まだ説明が終わっていません」


「聞きながら、やります」


「落ち着いてください。台から垂れています」


 私は慌てて、自分の端っこを引き戻した。


     ◇


 ミナはその日、仕立屋へ行くことになっていた。


 エダさんが紹介してくれた店で、まずはほつれ直しを見てもらうらしい。


「一人で大丈夫?」


 聞くと、ミナは小さな袋を持ち上げた。


 昨日買った針と糸が入っている。


「ひまりこそ、大丈夫?」


「私?」


「魔力、入れすぎないでね」


「そこは信用してほしい」


 役所を半年分充電した実績がある。


 信用を失うには、十分な実績だった。


 町の中央で別れる前に、私たちは約束をした。


 昼の鐘が鳴ったら、噴水で待ち合わせ。


 仕事の話をしながら、お昼を食べる。


「じゃあ、あとで」


「うん。あとで」


 ミナは二度ほど振り返ってから、通りの向こうへ歩いていった。


 私も反対側へ跳ね始めた。


 別々に仕事へ行って、あとで会う。


 何だか、ちゃんと暮らしている人みたいだった。


     ◇


 揚水場は、町の東側にあった。


 石壁のすぐ外を川が流れ、水車が三つ並んでいる。


 中には大きな歯車と、金属の管と、水の音。


 そして、私を見るなり両手を広げるおじいさんがいた。


「来たかね、半年分!」


「ひまりです」


「わしは管理技師のバルツじゃ」


「できれば名前で呼んでください」


 バルツさんは笑いながら、奥の部屋へ案内してくれた。


 台座に、拳くらいの魔石が六つはまっている。


 石の横には、それぞれ細いガラス管がついていた。


「魔力を入れると、管の中の光が上がる。この赤い線で止めること」


「分かりやすい!」


「分からん者にも分かるように作った」


 技術者の優しさだ。


 私は細い触手を伸ばし、魔石に触れた。


 そっと魔力を流す。


 光が上がる。


 赤い線の手前で止める。


「おお」


 バルツさんが感心した。


「早いな。もう一本」


 触れる。


 上がる。


 止める。


 六つ全部終えるまで、十秒くらいだった。


「終わりました」


 バルツさんは、管を一本ずつ確認した。


 それから私を見た。


「……休憩は?」


「いらないです」


「めまいは?」


「ないです」


「何か、甘いものでも食べるかね」


「それはいります」


 お仕事は無事に終わった。


 あとは報酬をもらって、お昼を待つだけ。


 そう思っていた。


 川の底から、鐘みたいな音がするまでは。


     ◇


 ごうん。


 低い音が、足元の石を震わせた。


 水車が止まった。


 続いて、外から叫び声。


「鎖を切れ! 船を離せ!」


 私は窓によじ登った。


 川の真ん中に、平たい船が浮かんでいる。


 何人もの作業員が、岸につながった巻き上げ機から逃げていた。


 船の上には泥まみれの、丸いもの。


 鐘だと思った。


 違った。


 兜だった。


 川幅の半分ほどもある、巨大な兜。


 その目の部分に、赤い光がともった。


「……ありゃ、まずい」


 バルツさんの声が変わった。


「何?」


「川底から引き上げておった古代の残骸じゃ。昨日までは、ただの鉄くずだったんだが」


 水面が盛り上がった。


 泥をまとった肩が出る。


 腕が出る。


 鎖が、糸みたいにちぎれた。


 巨人が立ち上がった。


 揚水場より高い。


 石壁より、ずっと高い。


 胸の真ん中で、赤い何かが回っている。


 顔が、こちらを向いた。


 正確には、私の後ろにある六つの魔石を見た。


『稼働魔力、確認』


 ひび割れた声が、川沿いに響いた。


『補給を開始する』


 バルツさんが、私を見た。


 私は魔石を見た。


 光は、ちゃんと赤い線の手前にある。


「規定量です」


「分かっとる!」


     ◇


 警鐘が鳴り始めた。


 作業員たちが走る。


 船に残っていた一人が、足を滑らせて川へ落ちた。


 私は窓から手を伸ばした。


 人間の手の形では間に合わない。


 細い帯になって水面を走り、落ちた人を腰からすくい上げる。


 岸へ置く。


 ついでに、倒れかけていた巻き上げ機も支える。


「バルツさん、外へ」


「おぬしは!」


「ちょっと、あれ止めます」


 巨人が腕を振り上げた。


 手のひらの内側に、赤い光が集まる。


 まずい。


 あの向きには、町がある。


 私は窓から飛び出した。


 空中で体を広げる。


 揚水場の屋根を越える。


 巨人の手が光った。


 赤い光線が、私にぶつかった。


 熱かった。


 少し。


 それから、体の中へ溶けた。


 私は川岸に着地した。


 背後の窓が一枚だけ、かたんと鳴った。


 それ以外は、何も壊れなかった。


「……辛い」


 久しぶりに、味の濃いものを食べた。


     ◇


 巨人が、私を見下ろした。


『障害物を確認』


「会話できる?」


『排除する』


「できない方か」


 拳が落ちてきた。


 私は丸くなって受け止めた。


 地面にめり込むと困るので、下半分を広げて、川岸の石垣全体に力を逃がす。


 ずん、と音がした。


 私の体が、少し平たくなった。


 拳が止まった。


 巨人が腕を引く。


 私はくっついたまま、ついていく。


『排除。排除。排除』


「聞こえてるよ」


 手首に体を巻きつけ、締めた。


 金属が曲がった。


 巨人の右手が、ぽろっと取れた。


「あ」


 予想より、もろかった。


 落ちる手を包んで、そっと川岸へ置く。


 屋台三つ分くらいある鉄の手だった。


 これ、片づけるの大変そう。


 そんなことを考えていたら、手首から黒い糸が伸びた。


 切れた断面が膨らみ、新しい指が生えてくる。


 私はその様子を見た。


「再生するんだ」


『損耗、復旧』


 便利だ。


 でも、これはちょっと面倒かもしれない。


     ◇


「離れろ、スライム!」


 石壁の上で声がした。


 弓を持った衛兵と、杖を持った人たちが並んでいた。


 そのうちの一人が、長い詠唱を始める。


 私は叫んだ。


「待って! たぶん魔法は——」


 大きな火の槍が飛んだ。


 巨人の胸に当たる。


 爆発した。


 煙が晴れた。


 胸の赤い光が、さっきより明るくなっていた。


『補給完了』


「ごはんになるやつ!」


 巨人の肩が開いた。


 中に、同じ赤い光がいくつも並んでいる。


 全部が、町へ向いた。


 石壁の上の人たちが固まった。


 私は、巨人と町の間にいた。


 でも、いまの大きさでは足りない。


 揚水場一つなら守れる。


 壁の一部も守れる。


 あちこちへ撃たれたら、追いかける必要がある。


 追いつけなかった場所に、誰かがいたら。


 ミナがいたら。


「……そっか」


 簡単だった。


 全部、覆えばいい。


     ◇


 私は体を広げた。


 まず、川岸に沿って。


 次に、石壁の上へ。


 そこから、町の空へ。


 青い膜が、屋根を越えて走っていく。


 鐘楼を包まないように、その少し上を通る。


 煙突から昇る煙のために、小さな穴を開ける。


 鳥が一羽、驚いて飛び込んできたので、通してあげる。


 西の門。


 南の畑。


 北の見張り台。


 町の端から端まで、体を伸ばした。


 トルカの空が、薄い青色になった。


 私の中に、町があった。


 通りを走る人の足音。


 戸を閉める音。


 泣く子どもの声。


 全部、伝わってきた。


 巨人の肩が、いっせいに光った。


 赤い雨が降った。


 私はそれを、全部食べた。


 屋根には、一滴も落ちなかった。


     ◇


 町の中央で、ミナが立ち止まっていた。


 仕立屋らしい女の人が、彼女の腕を引いている。


 ミナは空を見上げた。


「……ひまり?」


 聞こえた。


 私は、噴水のそばまで細い触手を下ろした。


 先を、いつもの丸い形にする。


「はーい」


 女の人が悲鳴を上げた。


 ごめんなさい。


 ミナは私と、空を交互に見た。


「これ、全部?」


「ちょっと広がってる」


「ちょっと?」


 問い返されている間にも、川の方で何かが爆発した。


 少し酸っぱい。


 味が変わった。


 ミナが私に触れた。


「痛くない?」


「平気。そっちは?」


「大丈夫」


「よかった」


 女の人が、ようやく口を開いた。


「知り合いなのかい、あんた」


 ミナは頷いた。


「友達です」


 私は、空の端が少し揺れないように気をつけた。


 うれしくなると、ぷるぷるする癖がある。


 いまやると、町全体の天井が揺れる。


「ミナ、建物の中にいてね。すぐ終わらせるから」


「うん。待ってる」


 触手を戻した。


 川の方へ、意識を集める。


 巨人はまだ、せっせと私に魔力を撃ち込んでいた。


     ◇


 アルジェントの食事は、いつも同じだった。


 地脈の毒を吸い上げる。


 体の中で薄める。


 残ったものを、外へ出す。


 私は三千年、それを食べた。


 火を吐く竜の魔力も。


 山を腐らせる毒も。


 竜自身が消化できなかったものも。


 少しずつ、体の作り方を変えながら。


 だから、こうして目の前で頑張っている古代兵器を見ると、思ってしまう。


 確かに辛い。


 濃いし、熱い。


 でも。


「あんたの攻撃、ちゃんと消化できるんだよね」


 巨人の胸に、細い触手を伸ばした。


 装甲の隙間へ入り込む。


 内部には、金属の筋と、赤い光の流れる管があった。


 触れると分かる。


 ここを通っている。


 ここで増やしている。


 ここから、手足へ送っている。


 私は流れをたどった。


 胸の奥に、黒い球があった。


 その周りを、何重もの文字が回っている。


『侵入を検知』


 金属の棘が伸び、私を貫いた。


 穴が開いた。


 すぐ塞がった。


「核、そこにないので」


 そもそも私に核があるのかも、よく分からない。


 体を千個に分けても、全部私だった。


 千個同時にしゃべったらアルジェントに怒られたので、それ以来やっていない。


 黒い球に触れる。


 細い文字が、体の中へ食い込んできた。


『制御対象を変更』


 何かが、私に命令しようとした。


 ひざまずけ。


 従え。


 所有者を認めろ。


 そういう意味が、ぴりぴりと伝わってくる。


 私は文字ごと包んだ。


「私、もう就職してるので」


 食べた。


     ◇


 巨人が止まった。


 胸の光が消える。


 肩の砲口が閉じる。


 膝が折れた。


 このまま倒れると、川があふれる。


 私は下から支えた。


 ついでに、内側から関節を外した。


 頭。

 腕。

 肩。

 胴体。


 大きすぎる部品は、さらに分ける。


 危なそうな魔力は、残さず吸う。


 川底の泥を巻き上げないように、一つずつ岸へ運ぶ。


 最後に、船へ絡まった鎖をほどいた。


 巨人はいなくなった。


 代わりに、川岸へ鉄くずの山ができた。


 私はそれを見上げた。


 片づいた。


 多分。


     ◇


 町を覆っていた体を、ゆっくり戻した。


 西の門から。


 南の畑から。


 北の見張り台から。


 青い空の下に、元の青い空が現れる。


 変な言い方だけど、本当にそうだった。


 最後に揚水場の屋根から降りて、いつもの大きさに戻った。


 バルツさんが、口を開けて立っていた。


 衛兵たちもいた。


 川から拾った作業員さんは、毛布にくるまっていた。


 誰も何も言わなかった。


 私は少し不安になった。


「……どこか壊れてた?」


 バルツさんが、ゆっくり首を振った。


「いや」


「けがした人は?」


「船から落ちたやつが、膝を擦った。それだけじゃ」


「よかった」


 そこで、昼の鐘が鳴った。


 私は跳ねた。


「ごめん、待ち合わせがある!」


「待て待て待て!」


 バルツさんが両手を広げた。


「待ち合わせ?」


「お昼、一緒に食べる約束してるの」


 おじいさんは、私を見た。


 鉄くずの山を見た。


 もう一度、私を見た。


 そして何かを諦めたように、腰の袋を開いた。


「……報酬じゃ」


 銀貨を一枚。


 私は丁寧に受け取った。


「ありがとう!」


「そっちの鉄くずの分は、別じゃからな! あとで斡旋所へ来いよ!」


「はーい!」


 私は町へ戻った。


 門を通るとき、門番のおじさんが道を空けてくれた。


 今朝は、普通に挨拶してくれた人だ。


 ちょっとだけ、寂しかった。


     ◇


 ミナは噴水で待っていた。


 私を見つけると、駆け寄ってきた。


 しゃがむ。


 両手で持ち上げる。


 右から見る。


 左から見る。


 ひっくり返す。


「底も無事です」


「本当に、けがしてない?」


「してないよ」


 ミナは、ようやく息を吐いた。


 そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。


 少し平たくなる。


 私は、されるがままになった。


「大きかったね」


「うん」


「びっくりした」


「私も、町って意外と広いなって」


「そうじゃなくて」


 ミナは笑った。


 それから、私を噴水の縁へ置いた。


 周りの人たちが、こちらを見ていた。


 目が合うと、頭を下げる人。


 一歩離れる人。


 子どもを抱き上げる人。


 さっきまで平気だったのに、少しだけ、体が縮んだ。


 ミナが隣に座った。


 膝が、私に触れた。


「ひまり。手、出して」


 言われたとおり、小さな手を作る。


 ミナは袋から何かを取り出した。


 青い布を細く縫った、ひもだった。


 先に、小さな白い花がついている。


「お店で、余った布を使っていいって」


 手首に結ぶ。


 きゅっと引いて、形を整える。


「仕事、見てもらえた?」


「うん。明日も来ていいって」


「やったじゃん!」


 私は跳ねかけて、やめた。


 せっかく結んでくれたものが落ちたら困る。


 ミナが、それを見て笑った。


「戻っても大丈夫なように、長くしてあるよ」


 手を丸い体へ戻す。


 ひもをほどいて、上の方に巻き直してくれた。


 白い花が、ちょこんと乗った。


「似合う?」


「うん」


 噴水の水面をのぞいた。


 青いまんじゅうに、白い花。


 さっき町を覆っていたものと、同じ生き物には見えない。


 でも、私はこっちの方が好きだった。


     ◇


 その日の昼ごはんには、肉をつけた。


 銀貨を出すと、屋台のおじさんが慌ててお釣りを数え始めた。


 ミナは串焼きを持ち、私は小さく切ってもらった肉を、少しずつ食べた。


 香ばしい。


 塩が利いている。


 古代兵器とは、比べものにならないくらいおいしい。


「ひまりは、何でも食べられるの?」


 ミナが聞いた。


「だいたいは」


「今日の、赤い光も?」


「うん」


「どうやったら、そんなふうになれるの?」


 私は肉を取り込むのを止めた。


 ミナが首をかしげる。


 白い花が、風で揺れた。


 この子からもらった、初めての贈り物だ。


 いま、かなり格好いいところも見せた。


 できれば、もうしばらくは、この感じでいたい。


「……好き嫌いをしないこと、かな」


 ミナは自分の皿を見た。


 端によけていた苦そうな青菜を、そっと肉の隣へ戻した。


 違う。


 そういう努力で到達していい場所ではない。


 私は慌てて付け加えた。


「でも、嫌なものまで無理して食べなくていいからね!」


 ミナは不思議そうにしながら、青菜を一口食べた。


 私も肉を一口食べた。


 温かかった。


 もう、ぴりっとするだけのごはんには戻れそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。