第5話
イェン兄様との再会を果たしたあの日から、一ヶ月ほど経っただろうか。
事務的な連絡ややり取りのみではあるけれど、彼と定期的に会う機会ができていた。
宦官としてわたくしに接するイェン兄様は、相変わらず表情を動かすことなく、声は淡々としていて、仕事のために来ているというのをひしひしと感じさせられた。
けれどめげることなく、たまに「お茶を一緒にどうですか?」と誘ってみたりする。
イェン兄様の返事は「お妃様とそのようなことができる身分ではございませんので」と、淡々としたものだった。
そういった返事をもらうことは、イェン兄様が口を開く前から分かりきっていることだ。
分かっていても、断られたときは落ち込むのだけれど……わたくしは諦めが悪いから、誘い方を変えてみることにした。
「これから庭園を散策しようと思うのですが、ご一緒していただけませんか?」
お茶が無理なら散策をと思い、できるだけ余裕のある笑みを浮かべて尋ねてみる。
後宮内の庭園とは言え、何があるか分からないので護衛として……もしくは草花を共に見る人を求めてなど、何か言い返されても縋る理由もわたくしなりに用意した上での誘いだ。
わたくしの誘いを聞いたイェン兄様は、やはり表情を動かすことなく、いつも通りに淡々と返事をする。
「自分はお妃様とご一緒できるような身分ではございませんので」
いつもの返事。
普段であれば「そうですか……」と落ち込んで諦めるところだけれど、今日のわたくしはさらに言葉を続ける。
「後宮内の庭園とはいえ、いざというときに守ってくださる方がいると安心なのです」
わたくしのそんな言葉にも、イェン兄様は表情を動かすことなく、淡々と口を開く。
「では、護衛専門の宦官をお呼びします。自分は武術の心得がないので、護衛としてお役に立てませんので」
わたくしは諦めず、さらに言い募る。
「いえ、護衛してもらうだけでなく、できれば草花についてのお話も楽しみたいのです」
「ならば、庭師をしている宦官もお呼びします。自分なんかよりも、草花についての話をできると思います」
どう言っても『自分以外の人間と』と返されてしまって、心が折れそうになりながらも、最後の切り札を出す。
「その……わたくしは人見知りなので、できればあなたについてきてほしいのですが」
口元に手をやり、視線をそらして目を伏せながら、できるだけ照れたような困ったような表情で、控えめに、弱々しげに見えるようにそう告げる。
イェン兄様の表情は変わらなかったが、後ろに控えていた女官は、胸に手をやって頬を染め、熱っぽい視線でこちらを見つめていた。
イェン兄様はお優しい方だから、困っている素振りを見せればきっと答えてくださるはず……!
そう思って、望む答えを待っていると、イェン兄様がゆっくりと口を開く。
「……メイリン様は皇帝陛下のお妃様となられた御方。今後は他のお妃様との交流もあるかと思います。なので人見知りは、この機会に克服された方がよろしいかと思います」
最後の切り札にも淡々と、冷たく、『甘えたことを言うな』というような意味合いを含んだ注意を返されてしまった。
そこまで言われてしまっては、これ以上縋る術はなく、わたくしはただ「そうですね……」と力なく答えることしかできなかった。
そしてイェン兄様は「それでは、自分はこれで失礼いたします」と宮を去っていき、代わりに彼に呼ばれたらしい護衛と庭師の宦官がやってきた。
なので数人の女官も引き連れ、護衛の宦官にそばに控えてもらい、庭師の宦官から草花の説明を受けながら美しい庭園を散策するという、わたくしの望んでいない結末を迎えた。
とても天気の良い、昼下がりのことだった。
イェン兄様の傍に少しでもいたいと思っていたのだけれど、それすらも今の立場では難しいのかもしれない。
寂しさを感じながらも自分の宮に戻ると、帰っていった護衛と庭師の宦官と入れ替わるようにして、イェン兄様が再び宮を訪れた。
「イェンにい……いえ、どうされたのですか?」
突然の訪問に驚いて、イェン兄様と呼びそうになってしまったのをぐっとこらえて、何用かと尋ねる。
定期報告は朝の内に済ませていたけれど、何か追加で言うことがあるのだろうか。
そんな風に思いながら、イェン兄様の返事を待つ。
「……庭園の散策はいかがでしたか?」
するとイェン兄様は淡々とではあるけれど、ゆっくりとそう尋ねてきた。
また驚いて目を丸くしながらも、わたくしは慌てて返事をする。
「え、えぇ。あなたが護衛と庭師を手配してくださったおかげで、有意義な時間を過ごせました」
間違ったことは言っていない。
護衛のおかげで危ない目に合うことはなかったし、庭師のおかげで草花への知見を深められたのだから。
その時間を楽しんでいたかと言われると、甚だ疑問ではあるけれど。
そう返すと、イェン兄様から少しだけ安堵したような空気を感じた。
不思議に思っていると、イェン兄様が淡々とした表情で口を開いた。
「それならば良かったです。余計なことかと思いましたが、できる限り人当たりの良い者を手配させていただいたので……」
イェン兄様にしては、少しばかり歯切れの悪い言葉のように思えた。
ただわたくしはそんなことはどうでも良くて……イェン兄様が自分のために配慮してくれたという、ただそれだけのことが、たまらなく嬉しかった。
なので自然と笑みを浮かべながら、わたくしはもう一度口を開いた。
「……心遣いを、ありがとうございます。あなたがいたら、きっともっと楽しい時間を過ごせます。今度は一緒にどうですか?」
「もったいないお言葉。しかし、自分はお妃様とご一緒できるような身分ではございませんので」
イェン兄様は淡々とした表情でいつもの返事をしたけれど、その言葉から冷たさを感じることはもうなかった。
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