第6話
イェン兄様との再会を果たした日から一ヶ月ほど、わたくしなりに彼に近づこうとしていた時、皇帝陛下と共に過ごす時間も多かった。
わたくしがそうであるように、皇帝陛下も好いているわたくしと時間を共にしようと、時間を作ってくださっているらしかった。
時には仕事の合間を縫ってわたくしの宮までいらっしゃって、後宮の庭園を散策したり、庭園にある東屋でお茶を飲んだりした。
そんなことが、一週間に何度かある。
あまりにも日中にいらっしゃるので、わたくしはもはや心配を通り越して疑問だった。
「こんな頻繁に、日中、後宮にいらっしゃって王宮でのお仕事は大丈夫なのですか?」
いつものように、わたくしの宮の茶の間でお茶を飲んでいる皇帝陛下にそう尋ねた。
名君と名高い皇帝陛下が、こんなにも自由に動き回っていて良いのかと。
妃とは言え、女性があまり政治に口を出すのは良いものではないので、あくまでも世間話程度に疑問を放る。
すると皇帝陛下は、尋ねられたことを不快に思っている様子も焦っている様子もなく、いつもの調子で口を開く。
「私がやるべきことは済ませてから来ているから大丈夫だ。それに、我がロン国の役人たちは皆優秀だから、安心して任せることができる」
わたくしの宮で過ごしている皇帝陛下は、侍女や女官たちがいないときは、実に自然体で過ごされている。
国を背負って立つ威厳ある皇帝の顔ではなく、ただの年相応の青年のような表情と言動に、最初は少し戸惑ったが、今ではすっかり慣れてしまっていた。
なので「左様でございますか……」とだけ答えて、わたくしもお茶を口に運ぶ。
「そんなことよりも、最近の進捗はどうだ?」
穏やかな時間を過ごしていると、皇帝陛下が本題だとでも言わんばかりに、笑顔で話を振ってくる。
進捗……というのは、イェン兄様との関係性についてのことだ。
皇帝陛下とは天気の話からお茶の話まで、なんてことない世間話をした後、大体イェン兄様との関係性はどうかと尋ねられることが多い。
『贈り物は気に入ってくれているか?』『何か気持ちの変化はあったか?』など、聞き方は日によって変わるが、尋ねてくる内容は一貫してイェン兄様とのことだ。
さすがにわたくしの宮とは言え、侍女だけでなく女官や宦官の出入りもあり、誰が聞いているか分からないので、名称に関しては他の者には分からないようぼかされている。
ただ皇帝陛下の楽しそうな、関係性の進み具合に期待しているような笑顔はいつでも変わらない。
わたくしはその笑顔に少しばかり辟易しながらも、彼に近づく好機をくださったことに関しては感謝しているので、素直にありのままの状況を伝える。
「……特に、変わりはありませんね。何度かお茶にお誘いしているのですが、色よい返事はいただけておりません」
「そうか。中々に苦戦しているようだな」
皇帝陛下は変わらぬ笑顔でそう仰る。
その笑顔が小馬鹿にされているような気がして、少しの苛立ちを感じながらも、否定する言葉を持ち合わせていないので黙ってお茶を口に運ぶ。
そんなわたくしを見て、皇帝陛下はさらに楽しそうにクックックと笑みをこぼす。
「けれど、諦めるつもりはないのだろう?」
「もちろんです。次は誘い方を変えて、ぜひともご一緒できるようにしたいと考えております」
皇帝陛下に問われたわたくしは、即座に肯定の言葉を返す。
すると皇帝陛下は声を抑えるのをやめ、ハッハッハと楽しげな笑顔を浮かべながら嬉しそうに話す。
「良い良い。それでこそ私が気に入った後宮一の美姫だ。次に会うときには、より楽しい話が聞けそうだな」
何度も見ている光景だが、見るたびにわたくしは困惑していた。
自分の妃、それも自分が気に入っている女が他の男に想いを寄せているというのに、この方は裏表なく、本心から楽しそうにわたくしの話を聞いて笑ってらっしゃる。
そんなわたくしを気に入っているからというお言葉は頂いているけれど、複雑な想いはないのだろうか。
それとも十何人も妃をお持ちになると、その辺りの感覚が麻痺してくるのだろうか。
皇帝陛下が楽しそうな笑顔を浮かべ、わたくしとイェン兄様との関係が進展することを期待しているような言動をする度に、わたくしは少しの居た堪れなさを感じていた。
少なくとも、今のわたくしはこの方の妃なのだから。
なのに……わたくしは、まだ一度も皇帝陛下と床を共にしたことがない。
『他に好いた男がいる女を抱く趣味はない』と仰っていたけれど、このままで良いのだろうかという不安はある。
後宮という場所は、皇帝陛下の子を成すための場所なのだから。
ある日突然、子どもを成せないのであれば後宮を出て行けと言われ、またイェン兄様と離れ離れになるようなことは避けたい。
だからこそ、わたくしは皇帝陛下と床を共にし、子どもを成すことも覚悟して後宮にやってきたのだ。
ただ実際は、イェン兄様との関係性の進展を期待されるばかりで、わたくしと皇帝陛下の関係は何も進んでいない。
ただ他の男に恋している妃と、妃の恋路を応援する皇帝陛下と……なんとも不思議な関係性のままだ。
このままでいいはずがないと思いながらも、わたくしから夜伽を強請るのも憚られるし……どうしたものか。
「ん? どうしたのだ?」
一人であれこれと考え込んでいると、笑い終えた皇帝陛下が不思議そうに尋ねてきた。
相手に気づかれるほど考え込んでいるとは思っておらず、ハッと慌てて顔を上げる。
皇帝陛下の顔を見やると、わたくしのことを咎める様子もなく不愉快そうにしている様子もなく、ただ不思議そうにゆるく笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
その顔にほっと気が抜けたわたくしは、思い切って疑問をぶつけてみることにした。
「……皇帝陛下は、わたくしと夜伽をなさらないのですか?」
わたくしの言葉に、皇帝陛下は目を丸くして驚いていた。
昼日中、皇帝陛下に投げかける言葉として相応しくないことは分かっていながらも、わたくしは真剣な表情で皇帝陛下を見つめ、じっと答えを待つ。
すると皇帝陛下は先ほどまでと違って、威厳のある目でわたくしを見つめながら、《《皇帝陛下として》》尋ねてくる。
「そなたは私と夜伽がしたいのか?」
「もし夜伽をしないことが後宮を追い出される要因になるのであれば、わたくしは皇帝陛下の子を成す覚悟ができております」
皇帝陛下の威厳ある視線をまっすぐに見つめ返し、本心を込めて返事をする。
すると皇帝陛下はふぅ……とため息をついたかと思うと、威厳ある目元を年相応の青年のものに戻し、片腕で頬杖をついて呆れたような笑顔を浮かべながら口を開く。
「その覚悟は見事だが……安心しろ。夜伽をしてるかどうかなど他の者は知らぬことだし、何よりも私にそなたを追い出すつもりがない。だからそんなことにはならないよ」
そう言われて、覚悟していたはずなのにホッとしている自分がいた。
けれどすぐに本当にそのままで良いのだろうかと、皇帝陛下の寵愛なんて移ろいやすいものを信じてよいのだろうかと、本当に安心していいのだろうかという気持ちも浮かぶ。
さらに疑問を投げかけようとすると、皇帝陛下が頬杖をついたのと反対側の手を口元に運び、人差し指を口に当ててしー……っと息を漏らす。
わたくしが言葉を飲み込んだのを確認すると、口元の手を離してから、皇帝陛下は口を開く。
「それに……他の妃に対しては最低限の《《皇帝としての義務》》を果たしているのだから、私とて想い人といるときくらいは自由でいたいのさ」
困ったような辟易しているような笑顔でそう言われて、わたくしはそれ以上、皇帝陛下に言葉をぶつけることはできなかった。
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