7.新たな依頼?
光太郎が無事に自室で眠りについた後――午前8時すぎ。
新宿の街が太陽に照らされ、ごみごみがやがやと沢山の人が集まり、新しい日常が動き出している外とは対称的に、しんと静まり返ったマンションの一室。
音もなく動く、大きく黒い人影が、ルナの部屋に滑り込んだ。
可愛らしいモノに囲まれた、女の子部屋の中央で。もこもこのルームウェアを着たルナが、真剣な表情で作業をしていた。
真っ白な雲の形のローテーブル。可愛らしいその上には、ずらりと分解された銃のパーツが並んでいた。そのひとつひとつを磨いて、点検しているようだ。
ハガネは無言のまま、こちらを見もしないルナの側に座り込んでその手元を見つめた。
ルナの銃は、現代陰陽術を扱うために作られた特注品だ。
術式は弾丸の方に刻まれていて、銃本体のほうは、弾丸へ効率よく霊力を伝えるための回路になっている。爆発的な霊力に耐えうるだけの力があり、流された霊力を逃がすことなく弾丸へ届けるための抑制力もある、特殊な金属を使用して作られている。
現代陰陽術において、この銃の霊具を使える術者というのは数えるほどしかいない。弾丸が撃ち出されるまでのわずかな時間で、とてつもない霊力を銃に流す瞬発力と、発動させる術式に合わせ霊力を調整する繊細な技術力が求められるため、扱いが難しすぎるのだ。
「……どうしたの、ハガネ」
いつの間にか、ルナの手元では銃が元の形に組み上がっていた。
ハガネは小さく頭を振る。
「まだ、部屋の灯り、ついてたから」
「眠れなかっただけだよ」
ルナは素っ気なく言って、銃をぽいっと放り投げた。なんでもない風を装っているルナだが……ずっと寄り添ってきたハガネだけは、彼女が気落ちしていることを悟っていた。
ルナは、兄の話をするのを極端に嫌がる。
今日だって、光太郎に兄の話をするのは……精神的な負担があっただろう。
「何か飲むか?」
「……いらない」
ごろり、と。ハガネの膝の上にルナが寝転ぶ。
「ここで寝る」
むすっとした声がして、ルナは完全に沈黙してしまう。
ハガネは腕を伸ばしてブランケットを引き寄せると、ルナの身体に掛けてやった。もぞもぞとルナが動いて、丸くなる。すぐに微かな寝息が聞こえてきた。
ハガネは、さらりとルナの髪を一房拾い上げ、指の間を滑り落ちる様を見つめていたが……やがて、自身も座ったままの姿勢で、静かに目を閉じた。
――翌日。
ルナとハガネ、光太郎は、昨日捕まえた猫を連れて、ラビットテールのバーへと出勤した。
「お疲れ様です、ルナさん、ハガネさん」
バーテンダーのヤンが、グラスを磨きながら笑顔で出迎えてくれる。
「やほー、ヤンさん。ルナ、お茶飲みたいなー」
「お茶ですか。ハガネさん、頼めますか?」
ハガネはこくんと頷いて、カウンターへ入っていく。
光太郎はきょろきょろと店内を見回すと、窓際の席でパソコンを見つめている、全身ブランド服を纏ったハイヒールの男性――ヨシカズの元へと駆け寄っていった。
「ヨシカズさん!お疲れ様ッス!」
「あら。昨日の……コウタローちゃん、だっけ?」
「はい!昨日連絡頂いた猫、連れてきました!」
光太郎が抱えていたペット用バッグの中で、三毛猫が「にゃあん」と機嫌良さそうに鳴いた。
ヨシカズは口紅で鮮やかな唇に指を当てながら、猫とパソコン画面に表示された写真を見比べる。
「うん。依頼通りね。ありがとコウタローちゃん。バッグごとここの席に置いてくれる?あとで飼い主に返しに行かせるわ」
「はい。……よしよし。良い子で飼い主さん待つんだぞ」
「にゃー」
猫に話し掛けている光太郎の姿に、ヨシカズはふっと笑みを浮かべた。
「ほんとーに、珍しいくらい純情な子が入って来ちゃったわね」
「へ?」
「なんでもないわ。それよりコウタローちゃん。昨日その猫を捕まえた時に、封殺したんだって?」
「はい、ちょっと手こずりましたけど」
「封殺玉持ってるわよね?それ、ヤンに渡しておいて。カウンターでにこにこしてるバーテンダーね」
「あ、はい……!」
ごそごそと、ウエストポーチから絹の巾着を取り出す光太郎。巾着の口を開けると、手のひらにころりと黒い水晶玉が転がった。
墨を固めたようなその玉は、オニを封殺したときに発生するもので、封殺玉、オニ玉などと呼ばれている。
オニが発生する原因となる、負の感情や呪い、祟り……そういった良くないモノを、陰陽術で封印したのがこれだ。
良くないモノの強さや、それを封殺する術者の力量によって、封殺玉の大きさや形が違ってくる。
昨日光太郎が封殺した、猫に憑いていたオニの封殺玉。ビー玉くらいの大きさのそれは、表面がでこぼことしている。……それほど強力なオニではなく、それを封殺した光太郎の力量がいまひとつだということがよくわかる。
封殺玉は、陰陽寮に提出すると換金してもらえる。ラビットテールのような民間の団体は、こうして集めた封殺玉を陰陽寮に提出して資金を得ているのだと、聞いたことがあった。
「あの……ヤンさん?これ……」
カウンターで封殺玉を見せると、ヤンさんは小さなクッションの置かれたトレイを光太郎へと差し出した。
「封殺、お疲れ様でした。光太郎さん。玉はこちらへ」
「はい……」
ころんとクッションの上に落とされた封殺玉はやはり歪で、光太郎は小さく頭を下げた。
「すみません。俺、まだこんなのしか……」
「いいえいいえ。封殺を行える、その術と勇気は称えられるべき、素晴らしいものです。技術を磨くのは、これからいくらでも出来ますから」
「あ!そーだった!ルナのも出さなきゃだね」
すぐ近くからそんな声が聞こえて、光太郎の隣からぬっとルナのツインテールが生えてくる。
「うおっ」
「はい、ヤンさんこれよろしくう~」
ルナがぽいっと放り投げた四角い小箱を、バーテンダーは意外な素早さで正確にキャッチした。
「はい、承りました」
笑顔を崩さないバーテンダーの横で、光太郎は真っ青になっていた。
「え……ルナさん、投げた……?」
傷ひとつで、数万円単位で価値が下がってしまう封殺玉を、投げるなんて……。
しかしルナは肩を竦めただけで、「別にいいっしょ」などとスマホをいじっている。
「そうならないように箱に入れてるんだし、ヤンさんはちゃんとキャッチしてくれるから大丈夫~」
「いいわよコウタローちゃん。その調子でもっと言ってやって頂戴。ルナったら、いつも雑なのよ」
「……」
「ちょ、ヨシカズさん煽らないでください!ハガネさんの無言の殺気が!痛いんですけど……!」
「ふぉっふぉっふぉ。いいんですよ光太郎さん。私がきっちり受け止めていますからね」
「もう。みんなしてルナに甘いんだから」
ぷりぷりしながら自身の作業に戻るヨシカズに、ルナがべーっと舌を出している。
ハガネから向けられる視線にびくびくしていると、バーテンダーが小箱を開け……光太郎は、チラリと見えたその中身に絶句した。
「な……」
完璧な球体が、小箱の中でクッションに包まれていた。
手のひらに乗るくらいの大きさで、艶々とした滑らかな曲面。綺麗な漆黒の球体には、金色の鎖のような模様が箔を押したように輝いていた。
「すごい……こんなの、見たことない」
「柄付きを見るのは初めてですか?こういう模様は、封殺する個人の個性が模様で出るのですよ」
「話には聞いたことがありますが、実物は初めて見ました……。強い術士でないと、模様がつかないんですよね?」
どこからどう見ても、曲面に歪みがない。美しい芸術品のような玉は、見る角度によって、黒の中に赤が混じっているかのような、不思議な色合いをしていた。
舐めるように凝視しながら、光太郎は惚けたように呟く。
「これ、昨日のホストクラブにいたオニの封殺玉ですよね?いくらになるんですか……?」
「ふむ。この大きさでしたら、だいたい300万……良くて350万というところでしょうか」
「さ、三桁……!」
ふらりとカウンターに手をつく光太郎の姿に、バーテンダーはふぉっふぉと笑いながら水を差し出す。
ちょうどその時。カランとドアベルの音が響いて、入り口に上品な着物姿の中年女性が顔を出した。
「こんばんは、皆さん」
「あ!ネネちゃん!」
ぱっと明るい顔をしたルナがぱたぱたと駆けていく。
「あらぁ、こんにちはルナちゃん」
「こっちに来るの珍しいね!何かあった?」
「そうなの。ちょっと厄介そうなことが起きててね……聞いてくれる?」
ネネと呼ばれた着物姿の女性は、上品そうに頬に手を添えて困り顔で首を傾げた。




